奪還
「──良くぞ、お越しになりました」
月のない夜、羅秀は明鈴を連れて密かに関家へとやって来ていた。 出迎えた関氏は明鈴に恭しく頭を下げる。
「──本当に良いのですか?」
明鈴は関氏に確かめるように尋ねた。
「私はもう老い先短い。私の命一つで家族が守れるのならお安いものです」
「貴方の生命一つで治まらなかったら? 家族の生命まで奪う結果になったら……」
この話は此処に来るまで何度もした。その匣がどういうものか、それでも関氏の考えは意外な程揺らがなかった。もしかすると関氏は何か感じていたのかもしれない。
「はい、それは何度も考えました。そうなったらもうそれは運命でしょう。貴女のせいではありません。恨まれるとしたら私です。私の我儘に家族を巻き込んだ私の責任です」
そう言って関氏は目を伏せた。それから真っ直ぐに明鈴を見た。
「それでも私は賭けてみたいと思ったのです。私の家族が救われる可能性に。私は思うのです。今は無事でもいつか今得ているものの代償を支払う時はきっと来ると。なら、今その代償を支払いたい。未来の者達に遺したくはないのです。あの匣の犠牲になった人々の気が治まるのなら、私は私の生命を差出しましょう」
「閑さん」
関氏は匣のある場所に視線をやった。複雑な心境だろう。あの匣がどんなものであったとしても関の家の人間を守り続けて来たのだ。
圧縮された憎悪、怨念、怨嗟ありとあらゆる負のものがあの匣に集まり、呪具となり、今、関氏の一族を守っている。
──呪は呪いにも呪いにもなり得る。元は一つの同じものなのだ。
そう言ったのは明鈴の師匠である李老師だ。興味本位で彼の講義に参加した時に聞いた。
羅秀にとっては遥か遠い世界の話だと思っていた。何せ羅秀には法術や呪術の才能は皆無だったからだ。
けれど、それが今とても間近に感じている。
「さぁ、案内します」
関氏は一つ深呼吸をしてから言った。
「羅秀は此処で待っていて」
明鈴が羅秀を振り返って言った。
「あれ、私を置いていくんですか?」
態とらしく戯けて見せたが、それを後悔する程彼女の表情は険しいかった。
「ええ。だって、どうせ入れないでしょうから」
そう言った彼女は蔵の方の何か、羅秀の見ることの出来ないものをじっと見ていた。