交渉
「どうするのです?」
羅秀が尋ねると明鈴は額に手を当てて項垂れた。
「どうするもこうするもその匣は手に入れるしかないでしょう。それが剣の霊とした約束。その誓いを破ればどうなるか分からない」
そう答える明鈴は珍しく顔色が悪かった。
──道義に反するからなぁ。
と羅秀は目を細めた。
明鈴の理想は月と呼ばれていた頃から変わっていない。兄・篤明の様に質実剛健、温厚篤実である事だ。
その身に見ただけで人殺める邪眼を宿しているからこそ、その境界を破れば人でなくなるかもしれないという恐怖があるのかもしれない。人として生きる為に規律を破る事を良しとしていないのだ。
そうでなければきっと本当の化け物になってしまうとそんな危うさを持っている自身を戒めているのだ。
──ただ、今回の相手は妖魔でもなく、八名家でも無く、ただの商人。
本来なら彼女が守る立場の相手なのだ。
しかも、匣を手に入れたという先々代は知らないが、諜報部隊に探らせても関氏には後暗いところは無かった。
──彼が悪人であったなら、思い悩むことも無いだろうに。
羅秀は残りの茶を一気に飲み干した。
「私は何をすれば良いですか?」
「え?」
明鈴がきょとんとした顔で聞き返す。羅秀は呆れ顔で続ける。
「毒を喰らわば皿まで、です。この件は私と貴女だけで進めて来たのです。在処が分かったら、用済みなんて事はないでしょう?」
羅秀とてただの商人である自分自身がこれ以上何も出来ないのは承知の上だ。
──それでも、此処ですんなり引き下がったら後悔する。
羅秀は彼女のお陰で一度命拾いをした。だから、いざとなれば他の諜報部隊の面々同様命をかけても良いとは思っている。
「足手纏でも連れて行って下さいよ」
「守れないかもしれないわ」
珍しく気弱な彼女に羅秀は態とらしく眉を寄せた。
「えぇー、それは困ります。俺はまだ生きていたいです。だから、全力で守ってください!」
「なら、ついて来るなんて言わないでよ」
「それは嫌です」
唖然とする明鈴に羅秀は子供の様に駄々を捏ねる。彼女の表情もどんどん渋いものとなっていくが、羅秀は止めない。
「どうなっても知らないわ!」
結局、羅秀の粘り勝ちで明鈴が折れて話は収まった。




