山中の宿 其のニ
荒れた山道を歩いて来た疲れもあったので、林辰の申し出を羅羽は快く受け入れる事にした。
「──此方は食堂、あちらは鍛錬場です。厠はそちらにございます」
通された屋敷の中は見た目よりも広かった。
「──此処にはこの宿を訪れた修験者の手記を収蔵しています。中には古い時代のものもございます。羅羽殿には非常に興味深いものでしょう。是非ともご覧になって下さい」
「私も閲覧しても良いのですか!?」
目を見開いて驚く羅羽に「ええ、勿論」と林辰は鷹揚に頷いた。
「此処を訪れた者達は皆、御覧頂けるものですから、羅羽殿も例外ではありません」
「そうでしたか! では、さっ……」
「先ずは客間にお通し致します。大丈夫、書物は逃げたり致しません。後でゆっくり御覧になって下さい」
早速書庫に入って行こうとする羅羽に林辰は静かな圧を掛けて静止した。
宿の管理人というだけあってか、柔和な雰囲気とは別に不思議な威圧感があり、勝手な行動をする者には厳しい一面のある人の様だった。
羅羽は林辰の雰囲気に気圧されながらも、書庫に眠る書物に心を踊らせていた。
──どんな書物が有るのだろうか? 修験者達の記録という事は単なる修行の記録か。もしかすると、まだ私の知らない奇々怪々な出来事が書かれているやもしれない。ああ、だとすれば何と素晴らしい事だろう。
客間に通された羅羽は荷物を置いて、先程の書庫に向かうおうと、林辰が部屋から出て行くのを待った。しかし、林辰は部屋から出て行くどころか、羅羽に茶を淹れると対面にそっと腰掛けた。
「羅羽殿、少しばかり宜しいですか?」
「何でしょうか?」
羅羽は何を聞かれるのだろうか、と身構える。
「私は、この宿の管理人をしておりますが、以前はとある寺の僧侶でございました。その経験から見ても、羅羽殿、貴方は少々危なっかしく感じるのですよ」
「林辰さん?」
林辰は神妙な顔で、羅羽を見る。
「羅羽殿は奇々怪々に興味があるというよりも、魅入られていると様に思えるのです。貴方が奇々怪々に興味を持たれたのは何か切っ掛けがあった筈。その切っ掛けを私にお話頂けませんか? 私にも何かお力になれる事があるやもしれません」
林辰にそう言われ、羅羽は「確かに」と自嘲した。似たような事を他にも言われた事があったからだ。
「あれは私の子供の頃の話なのですが……」
羅羽は自身が奇々怪々に興味を持ち始めた切っ掛けを話始めた。




