山中にて
「──確かに険しい道だな」
羅羽は荒れた山道で足を止め、手を膝に当てて荒い息を整える。
祠の裏手にあった小道から山に入ったのだが、暫くは人一人が通る事のできる道があった。しかし、その道も山奥に行けば行くほど、傾斜もきつく、足元もかなり悪くなってきている。おまけに崖になっている場所もあり、足を踏み外せば下に真っ逆さまだ。羅羽が村に来るまでに通った山道も険しい道であったが、あちらの方がマシな程である。
羅羽は彼方此方放浪している事もあり、体力面にはそこそこ自信はあったのだが、殆ど人の入らない山道の厳しさを改めて痛感していた。
「これは、妖魔や神獣様に遭わずとも一歩間違えば滑落死するのでは?」
──いや、それは困る。せめてひと目見てから……いやいやいや……。
不穏な考えが頭を過ぎり、羅羽は首を左右に振った。
「一先ず、休もうか」
羅羽は軽く草を掻き分けて、そこにあった石に腰掛けた。
顔を上げると、木々の隙間から青い空が覗いていた。しかし、山の中は手入れがなされていない為、鬱蒼としており、薄暗い。普通の人の感覚ならば、気味が悪いと感じるだろうが、幸い羅羽はある意味普通の人では無いので、逆に好奇心を刺激され、わくわくと心踊らせていた。
薄暗い山奥で、嬉々とした表情を浮かべる羅羽の姿を人が見れば、それこそ妖魔の類と疑うのではないだろうか。
「──ん?」
ふわりと風が通り過ぎ、芳しい花の香りが羅羽の鼻腔を刺激した。
──花の香り? 何処から流れて来ているのだろう?
周囲には木々はあれど、芳しい香りのする花は咲いていない。不思議に思った羅羽はその香りの元を辿った。
「これは……!」
香りを辿る内に羅羽は暗い山の中を抜け、気付けば開けた場所に出ていた。
目の前の光景に羅羽は目を見張った。
そこには美しい花々が咲き乱れる庭園と小さな屋敷が現れたのだ。
──美しい庭園のある屋敷!!
村の言い伝え通りの屋敷である。あまりの事に羅羽は呆然とその場に立ち尽くしていた。
「本当に、あった……?」
羅羽の口から僅かに言葉が漏れた。奇々怪々に出会えた感激と、未だ信じられないという思いに羅羽は胸を熱くした。
羅羽は高鳴る心臓を沈めながら、きゅっと唇を引き結ぶと、屋敷の方へ向かって意を決して一歩踏み出そうとした。




