僧侶の話 其のニ
「──確かに我が村の言い伝えに似ておりますな。不思議な事です」
羅羽の話を聞き、村長は感嘆した。
「これは此処から何百里も離れた寺の言い伝えなのです」
「ほう、では妖魔山の様な山が他にもあったのでしょうか?」
村長が尋ねると羅羽は首を左右に振った。
「遙か昔の事なので真実は分かりません。ですが、史実書の記録を辿る限り、妖魔山と呼ばれていたのはこの村のそばにある山のみでしょう」
羅羽がそう言うと村長は思案する。
「もしや、その僧侶はこの村の……? だとしたら、本当に、本当に、何と不思議な事でしょう。矢張り、あの御山には神獣様がいらっしゃるのか」
村長は感極まり、山に向かって手を合わせ、暫く拝んでいた。
「──良い話を伺いました。ありがとうございます」
「此方こそ素晴らしいお話を伺いました」
別れ際、村長に羅羽が礼を言うと村長も満足そうに頷いた。
「ところで、羅さんは本当に山に入られるのですか?」
「はい!」
そう羅羽が勢い良く返事をすると、村長は口をへの字に曲げて思案顔だ。羅羽を止めるべきか迷っているのだろう。
「昨今、妖魔を見た、襲われたとは聞きませんし、村のものも多少なりとも山に出入りします。ですが、険しい山です。足場も悪い。それに、その、羅さんは大丈夫だとは思いますが、少々好奇心がお強い様ですし、万が一神獣様のお怒りに触れる事があるやも……」
──いえ、寧ろお怒りになって私の前に現れてくださるなら大歓迎です!
などという本心は流石に言えず、「気を付けます」と苦笑いを浮かべて言った。
「──これか」
羅羽は村長の家から畦道を真っ直ぐに歩いた先で小さな祠を見つけ、足を止めた。
村長の話によると、これが例の神獣の祠だそうだ。かなり古いものだが、村人達によってきちんと手入れされているのか、そこには真新しい果実も供えられている。
その祠に手を合わせた後、羅羽はその背後に聳える山を見て、一人目を輝かせた。
──あの山が神獣様、或いは紗華の大禍の棲まう山か!




