人攫い 其の二
孫紫苑はひんやりとした床の上でで目を覚ました。薬でも嗅がされたのか頭は朦朧として上手く回らない上に体は縛られて動くことすらままならない。
それでもどうにか視線だけを動かして薄暗い室内を見渡せば同じ様に囚われている者の姿があった。その中には人攫いにあった者の顔を見つけた。
そこで紫苑は今自分がどんな状況なのかを理解した。
──これは手柄になるかしら。
そんな事を頭の隅で考え、内心自嘲した。
──馬鹿馬鹿しい。私が手柄を立ててどうしようっていうの。
紫苑は先々代梁家の当主に仕え右腕になるとまで言われた男と当主の妻に仕える女の子供として生まれた。
だというのに、そんな両親は今や下男や下女の様な仕事までしている。
父は何故か先々代当主の姪に酷く心酔しており、自らの主として扱っているし、母は母で先々代梁家当主の妻となった女に恩義があり、下女の様に扱われようと文句一つ言わずその姪に尽くしている。
義理堅い両親の元に生まれた自分も当然その姪に仕えている。
──ちゃんとした家臣の娘だったらなんて考える私は孫家の血が薄いのかしら。
扱いは決して悪くないし、寧ろ良いくらいで、彼女は紫苑を実の妹の様に可愛がってくれている。それが理解出来ている分のそんな事を考える自身に嫌気が差した。
孫家の血筋の者はこれと見定めた主に破滅しようと付き従う。主に重用される事を誉れとし、自身の悦びとし人生をかけるのだ。
3つ離れた弟は今の生活に不満は無いようで、それが余計に罪悪感に苛まれる原因だ。
似たのは母親譲りの激しい気性だけらしい。父の穏やかさすべて弟に受け継がれたようだ。
──こんなところにいるせいね。
紫苑は仄暗い感情を振り払う。
がやがやと騒がしい声が部屋の外からしてきた。紫苑は朦朧としながらも聞き耳を立てる。
「──こんなに人を攫って当主は何がしたいんだ?」
「俺等下っ端に分かるわけないだろう黙って従え」
「アレと関係あるんじゃないか?」
「アレ?」
「ほら、少し前は占術師共を片っ端から集めてただろう?」
──占術師を集めていた?
紫苑には何のことか分からなかったが、ただ怪しい動きを事をしているということだけは理解出来た。
そして、それよりも会話する一団の中に一人聞き覚えのある声が含まれている事が気にかかった。
しかし、その声の主が誰なのか朦朧とする頭では直ぐに思い出すことは出来なかった。