偵察 其の三
ただ呆然としながら辿り着いた梁明月の屋敷の前で修練着を来た彼が待っていた。修練中だったのか、彼の額は僅かに汗ばんでいる。
「──張当主、何か問題が起きましたか?お約束などしていませんでしたが?」
「いや、違う」
彼にしては珍しく緊張と少しの焦りを滲ませていた。
「違う? 違うとは?」
「何も問題は起きていない」
「起きていない? 本当に、何も?」
重ねて尋ねる彼に「ああ」とだけ頷いた。どんな顔をしていいか分からず、彼の顔も見れなかった。
「なら、良かったです。てっきり何か起きたのかとばかり」
ほっと息をつく彼を皓然は盗み見た。彼は皓然を訝しがる様子はなく本当に安堵しているだけの様だった。
「──実は、本当は明鈴嬢に会いに来たのだ」
「え? 先程まで彼女のところにいたのでは? そう言えば案内をしていた彼女の使用人はの姿が見えないようですが?」
「ああ、そうなのだが。その、彼女の……」
「逢瀬の場に居合わせてしまった」とい言いそうになりぐっと堪えた。身内とはいえ流石に言うべきではないと思ったからだ。
「間の悪い時に訪れてしまった様で、つい気不味くて咄嗟に浮かんだ貴殿の名を出したのだ。その申し訳ない」
「お気になさらずに。ですが、私の名を思い浮かべて頂けるのは大変光栄です」
そう言われ皓然は頬が熱くなるのを感じた。勝手に敵視して弱みを探ったり、かと思えば言い訳に使った自分に対して恥ずかしくなったからだ。
──それもこれも白楽にのせられたせいだ!
皓然は今ここにいない兄弟子のせいにして自身の尊厳を保った。そこで元の目的を思い出した。
──別に明鈴嬢じゃなくても良いのでは?
そんな事が頭を過った。
──寧ろ隊に所属している梁明月の方が多くの情報を持っている。
尋ねるなら今しかない。そう思い皓然は口を開いた。
「その現状、張家の領内では何も起きてはいない。だが、梁家は何もないのか?」
「どういう意味ですか?」
明月が温度のない声で問い返す。
「私の思い過ごしなら良いのだが。妖魔孔が原因であるならば、その影響を受けるのは梁家領と黄家領の筈。他の領に比べて被害が少ない気がしてな」
「そういう事、ですか……」
急に剣呑な雰囲気を漂わせ始めた明月に皓然はぎょっとして息を呑んだ。
「つまり、我々をお疑いを持たれていると」
「いや、そう言う事ではない! 黄家は兎も角、梁家が隠すのは妙だ。何かそうせざるを得ない理由があるのではないかと思ってな。梁家と張家の領地は隣同士何かあるのならば共有したい」
剣呑な気配を引っ込めたものの、尚も訝しがる明月に皓然は言い募る。此処で警戒されては意味がない。
「もし何かあれば、張家も協力する。そう仰るのですか?」
「協力出来る事ならば、だがな。何にせよ事情を知らねば協力しようがない。そうだろう?」
この言い分には明月も納得したのか「確かに」と頷いた。
「では、その前に一つお聞きしたい事が」
「何だ?」
明月の鋭い視線を感じ皓然は全身を強張らせた。
「貴方にその事を吹き込んだのは何方です?」