偵察 其の一
『──いいか、張皓然。相手の懐に潜り込むには相手に気に入られるのが一番大事なんだ』
白楽に言われるまま手土産片手に梁家──正確には梁明鈴の元を訪れていた。
──俺は何をやっているのだ?
そう我に返ったのは明鈴宅の客間に通され庭木の下で手と手を取り合う男女の姿を目にした時だった。
その男女の内の一人は当然この屋敷の主梁明鈴である。
この時皓然は自分でも信じられない程激しく動揺して声を掛けることもできず、ただその二人を見ている事しか出来なかった。
「──明鈴様、張当主がお越しです」
呆然と立ち尽くしている皓然の代わりに声を掛けたのは、彼を応接間に案内した使用人の娘である。異国人の血が混じっているのかやや赤みがかった髪をしていた。
「あら、張当主? 今日はどうされたのですか?」
「ああ、少し此方に用があってな。先客がいたのか」
ぱっと振り返った明鈴は微笑んだが、皓然の方は気不味さからしどろもどろになり、白楽に仕込まれた『貴女に会いたかった』などという言葉諸共──勿論そんな事を言うつもりは毛頭無かったが──すっかり飛んでしまった。
「いえ、彼はもう帰るところですから構いませんわ」
そう言って男の方に視線をやると彼は皓然に軽くお辞儀をして「では、私はこれで失礼いたします」と言ってさっさと部屋を出ていってしまった。
「その、良かったのか?」
──邪魔をしてしまったのでは?
今し方まで逢瀬を交わしていたとは思えない程あっさりと立ち去る姿に皓然の方が困惑してしまった。
「ええ、もう用事は済みましたから」
そう言って微笑む明鈴の表情にも憂いは無い。皓然は内心で安堵した。
「それで張当主は何故此方に?」
「まあ、その、近くに寄ったのだ」
もう一度歯切れ悪く同じ事を言う皓然を流石に訝しんだのか、明鈴はじっと彼を見上げていた。しかし、はっとした様子で声を潜めた。
「もしかして、先の妖魔討伐で何かありましたか? それで、兄上をお尋ねになられたのではありませんが?」
──違うがそう言う事にしておこう!
咄嗟に明鈴の言葉に便乗し、「ああ、そうだ。梁明月殿と約束していたのだ」と口から出任せを言った。
「梁明月とお約束を?」
明鈴はえっ?と目を見開いた。
この反応に皓然は「しまった」と思った。
先日彼女に明月の弱点を教えてくれと言ったばかりで、彼が明月を良く思っていないのを知っていたからだ。
しかし、篤実では、直ぐに嘘がばれると思い、他に知っている者がいなかった為の人選だったのだが、彼女にとっては余程意外に感じた様だ。
だが、引くに引けず「明月殿の屋敷の場所を聞きたかったのだ」と更に嘘を重ねる事となった。




