妖魔討伐戦 其の五
「──張当主いかがなさいますか?」
山の中を進んでいく中で明月は何度か彼に指示を仰いだ。その度、皓然の内心は酷く荒れた。
──クソっ! 自分で決めれば良いものを!!
皓然が指示を出せば彼は黙って彼に粛々と従う。何も問題はない。
しかし、その一方で皓然は内心でひやひやしていた。きっとこの程度彼にとっては容易い事で、皓然がしくじるのを今か今かと待ち望んでいる様に感じたのだ。
そんな事を逐一考えている自分自身にも辟易した。
ちらりと明月に視線をやる。
「何か?」
「いや……」
直ぐに気付かれてしまい、皓然気不味くなって視線を逸らすしかなかった。
──気味が悪い。
皓然は心の底からそう感じていた。
明月の表情はあの仮面のせいで分からないし、その後ろに付き従う者も同じ様な面を着けている。その為、明月だけでなく、明月の隊の者は皆表情を読み取る事ができない。皓然は相手の表情が読めないというだけでこうも不安を感じるものなのだと思い知っていいた。
「張当主、あれを見てください!」
「何だ?」
不意に声を掛けられ、皓然は顔を上げた。明月の指し示した先を見て、目を瞠った。
そこにはぽっかりと大きな穴が開いており、その周辺はひび割れていたのだ。
「陥没か? いや、違うな」
「はい、此処には元々池があったようです。ですが、その池の水が干上がっているようです」
「水が全て?」
その穴の周辺を良く観察してみると確かに干乾びた魚の死骸が彼方此方に転がっているのが見て取れた。
「だが、此処に辿り着くまで川の水は無事であったぞ?」
「水源が違うのでしょう」
「張当主!」
別の者が木の上示した。そちらには3尺程の猿が半分顔を覗かせている。その目は血走っており焦点は合っていない。ただ、此方に対して激しい敵意を向けている。
明月が合図と共に隊員の一人がその奇妙な猿に向かって矢が放つ。猿は木から木へと飛び移り、その矢を軽々と避ける。
その瞬間に猿の全貌が顕になった。
その猿には手足が1本ずつしか無かったのだ。その姿を見て、この奇妙な猿が何であるか皓然は直ぐに理解した。
「魃か!」
魃とは『ひでりがみ』とも呼ばれる火の気の強い妖魔であり、魃の居場所には雨が降らない。恐らくこの魃が住み着いた為に池の水が干上がり、その周辺を住処としていた妖魔たちが人里近くに降りてきたのだろう。
──そうと分かれば対処は決まっている!
皓然は声を張り上げた。
「早急に魃を討伐しろ! 打ち漏らせば、大旱魃が起こるぞ!」
『はっ!!』
皓然の合図に明月の隊の隊員達は一斉に動き出した。彼等は慣れた様子で連携を取り、風の様に早いと言われる魃をあっと言う間に捕縛してしまった。