付喪神 其の五
──パリン
何かが割れる音が響いた。
劈くような悲鳴に郭凌は最悪の事態を想定し真っ青になった。しかし、次に目に入ったのは意外な物だった。
──あれは?
花嫁の紅の婚礼衣装を縁取る金の刺繍が僅かに光を放っていたのである。
──婚礼衣装に呪いが施されていたのか?
その光を見た巨大な般若の顔は梓晴に近づく事が出来ない様子であった。一方の梓晴は気を失っているのかその場に蹲って動かない。
そこで郭凌ははっとする。
──梓晴お嬢様をお守りしなくては!
目的を思い出した郭凌は梓晴の側まで来ると祓魔の符を飛ばした。光に怯んでいた巨大な般若の顔は悲鳴を上げると直ぐに萎んで消えてしまった。
その後、意識を取り戻した梓晴は婚儀を無事に終えた。
「──この度は本当にどうなる事かと。本当に有り難う御座います。しかし、あれは何だったのでしょうか?」
「あれは生霊です。呪符の効果で本人にも影響がでているでしょうから、もう襲われることは無いでしょう」
「そうですか。本当に有り難うございます!」
「いえ、梓晴お嬢様が無傷で本当良かったです」
一時はどうなる事かと思ったが、幸い梓晴には傷一つ無かった。あの婚礼衣装が守ったのだ。
「にしても、素晴らしい婚礼衣装ですね」
郭凌はそう言ってまじまじと梓晴の婚礼衣装を見た。素人目にも分かるほど上質な絹出て来ており、あの様な事があったにも関わらず汚れ一つ無かった。
「ええ、夫が特別に仕立てて下さったの」
嬉しそうに語る梓晴の顔は憂いもなく晴れやかだ。
──あれは道士の衣装に施される悪鬼を退ける呪いの類だ。まさか、婚礼衣装にその呪いを仕込んでいたとは夫君は余程花嫁を思っているのだろう。
郭凌は穏やかな雰囲気の青年を見て感心していた。梓晴はすっと真顔になると郭凌の前に一つの包を差し出した。
「それと、道士様にこれを見ていただきたいのです」
そう言って差し出されたのはあの付喪神の古茶碗である。
「これは!?」
その古茶碗を見て、郭凌も他の弟子達も目を瞠った。古茶碗は粉々に割れていたのだ。
──あの音はこの古茶碗が割れる音だったのか!
「この付喪神が貴女の代わりになったのでしょう」
郭清海が弟子達の後ろから声をかけた。
「私の代わり?」
目を瞬かせる。
「真の意味でそれは貴女への結婚祝の品だったということでしょう」
郭清海がそう言うと梓晴の方は何かに気が付いたのか粉々に崩れた古茶碗を胸元で強く抱き締めていた。
その後、郭家の子弟達の間では古茶碗の贈り主と婚礼衣装の作り手は何者なのかという議論が暫く続いたのだった。




