村の伝承 其の三
子供の話に村人達は皆、首を傾げた。
子供が彷徨っていたであろう山は妖魔の跋扈していた山である。人など住める筈もなく、また、妖魔の姿を見なくなってから、密かに屋敷を建てたのだとしても、村を通らずに山に入り屋敷を建てるなど出来なかったからだ。
村人達は歩き疲れた子供が夢でも見たのだろうと思いもしたが、それでは子供の抱えている山の様な果物の説明がつかなかった。
「だが、この話が本当ならば、この子が帰って来られたのはその方のおかげだ。礼の一つも言わないのは気が引ける。もし、その方が山の中に住めているのならば、妖魔に襲われる事もないだろう」
子供の両親はそう考え、恐る恐るではあるが山に入ってみる事にした。結局、山の中で妖魔に出会う事もなく無事に帰っては来れはしたが、子供の言う女の屋敷へとは辿り着けなかったそうだ。
暫くの間、村ではその話でもちきりとなった。
その後、その話がどう伝わったのか分からないが、不届き者達が次々と山へと入って行くようになった。彼等の話を聞いた者によると、彼等は山に財宝があると信じていた様だった。
村人達は村が荒らされるのではないかと怯えていたが、そんな者達も直ぐに来なくなった。
それは何故か。
山に入った不届き者達は皆、翌日には屍となって山の麓に転がっていたからだ。そして、その屍には獣にでも食い荒らされた様な跡があったという。
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「──実に興味深いお話です」
羅羽がほっと息を吐くと村長は神妙に頷いた。
「これが我が村の言い伝えです。子供を助けたのは山の主である神獣様で、不届き者達は邪な心を持って山に入ったが為に罰を受けたのだ、と。『邪心を持って山に入ってはならぬ』という言い伝えなのです」
そう言って村長は羅羽がやって来た方向とは反対の山の方を見た。その視線は何処か物憂げであった。
「──村長様は山の中でその様なお屋敷を見た事があるのですか?」
少しばかり期待を持って羅羽が尋ねると村長は残念そうに首を左右に振った。
「いいえ。子供心に一度は見てみたいと思っていましたが、神獣様はそんな私の邪心を見透かしていらっしゃったのでしょう。屋敷を見つける事は出来ませんでした」
──では、私にも無理だろうなぁ。邪心ばかりだから。
村長の言葉に羅羽はちょっと残念に思った。
「旅のお方、こんな話で良かったしょうか?」
村長に尋ねられ、羅羽は大きく頷いた。羅羽にとっては初めて聞く話であったので、大収穫であったのだ。
「ええ、勿論。神獣様が一部で子の守り神として崇められているのを以前から不思議に思っていましたが、こういった話から来ているのでしょうね」
「そう言われれば、そうですね。我が村でも子が病にかかると神獣様に祈ります」
羅羽の言葉に村長は一瞬目を見開いたが、直ぐに納得した。当たり前過ぎて気が付かなかったのであろう。
「旅のお方が満足する話が出来て良かった。余所から来られる方は田舎の老いぼれより物知りでしょう。何か面白い話を教えて下さいませんかな?」
村長に問われ羅羽は少し考えた。話が沢山有り過ぎて、どれを話すか迷ったからだ。羅羽は暫く考えて、口を開いた。
「実は、少しこの話に似た話を聞いた事があります」
「ほう、どんな話ですかな?」
「はい、此処から何百里も離れた高名な僧侶の話なのですが──」
そう言って羅羽は話始めた。