真夜中の足音 其の一
──白楽が皓然を連れて梁家を訪れる少し前の事。
「──少し前から夜中に家の走り回る足音がするのです」
郭清海は弟子とともにとある商人から依頼を受けていた。依頼主はそれなりの大きさがある商家陳花楼の主である。
道士の名門郭家を訪れた陳花楼の主は眠れていないのか目の下に隈を作っていた。
「詳しい話をお伺いしてもよろしいですか?」
弟子の郭凌が尋ねると商家の主・陳氏は重い口を開いた。
「毎夜家の中を走り回る足音がするのです。軽い足音だったので最初は鼠か鼬が入り込んだのだろうと思っていたのです。しかし、覗いて見ても何もおらず、その内に娘の具合が悪くなって……」
「怪異は足音だけなのですか?」
「ええ」と陳氏は頷く。
「それが逆に気味が悪く。日に日に音も大きくなっているような気もするのですよ。娘の具合が悪くなっているのも怪異の仕業か、何かが起こる前触れなのでは無いかと毎日不安で不安で眠れません」
悲痛な顔で語る陳氏に凌は眉尻を下げた。
「胸中お察しします。足音が聞こえ始めたのは何時からですか?」
「1週間程前から……いえ、もっと前からでしょうか……」
陳氏は言葉を濁した。時期がはっきりしないのだろう。
それから凌は幾つかの質問をして、師である清海の顔を見た。彼が静かに頷くのを確認すると陳氏に向き直る。
「では、一度お屋敷に伺わせていただけますか?」
「ええ、お願い致します」
郭凌がそう伝えると彼は勢いよく頭を下げた。
──数日後
早速、郭清海は弟子達を連れて郭家のある伊州から陳氏宅のある甲州に向った。伊州から甲州までの距離は馬車で半日程の距離である。
「──随分と大きなお屋敷ですね」
「ええ、滅相も御座いません」
弟子の一人が陳氏の邸宅を見上げて感嘆の声を漏らしてしまう。それを受け陳氏は謙遜すが流石、甲州きっての大店である。
いざ店内に入って見れば、怪異を受けて陰鬱とした空気が漂っているかと思えばそんな事はなく、何処か皆忙しそうであった。
「皆さん忙しそうですね。何かあるのですか?」
弟子の一人が尋ねると陳氏は答えた。
「実は娘の婚礼が控えているのです」
「婚礼ですか……」
「破断になってもおかしくは無いというのに相手方は怪異が落ち着くまで待って下さると仰言って。商人にとって評判は命と言っても良いのに、何と有り難い事か。娘には何としてでも幸せなってもらわねばなりません。どうか道士の皆様よろしくお願いします」
そう言って彼は目頭に涙を浮かべていた。




