村の伝承 其のニ
両親が田畑を耕していた時、子供は近くで一人遊びをしていた。いい加減一人遊びに飽きてきた時、目の前をひらひらと舞う蝶が通り過ぎた。
子供の興味はすぐにその蝶に移り、捕まえようとその後を追いかけた。草木を掻き分けて暫く追いかけていたが、蝶はひらひらと舞い上がると空の彼方に消えてしまった。
そこで、ふと我に返り周囲を見渡すと、自身が山の中にいる事に漸く気が付いた。蝶を追うのに夢中になるあまり山の中にまで入って来てしまったらしい。
──早く帰らなきゃ!!
子供は慌てた。日頃から両親に山に入ってはいけないときつく言われていたからだ。
子供は急いで山を降りようとした。しかし、どれ程歩いても、山の麓には降りる事が出来ない。その内何方に行ったら良いかも分からなくなり、薄暗い山の中、その場に蹲り一人途方に暮れていた。
「──坊や、どうしたの?」
不意に女の声がした。
子供が顔を上げるとそこには身形の良い女が立っている。村の者では無いのは直ぐに分かった。
「迷子なの?」
女にそう問われ、子供は小さく頷いた。
「村まで送るわ」
女はそう言って、手を差し出す。子供は少し迷ったものの、他にどうすることも出来無いので、女の手を掴もうと手を伸ばした。
──ぐぅぅう
人に会えてほっとしたのもあるのだろう。子供の腹が盛大に音を立てて鳴った。
「あらあら、お腹を空かせているのね? 村に戻る前に腹ごしらえをしましょう」
女は一瞬目丸くしたものの、直ぐに微笑んでそう言った。
「家が、近くにあるの?」
子供は不思議に思い尋ねたが、女は微笑んだだけで何も答えなかった。
あれ程迷っていたのが、嘘の様に女の家に辿り着くのまで然程時間は掛からなかった。
女の家を見て子供は目を見張った。現れた女の家は色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭園のある屋敷だったのだ。
──こんな大きなお屋敷が山の中にあったんだ!
「さぁ、お入り」
家の前で呆然としていると、女が手招きをする。
少し躊躇しながらも女の屋敷へと入ると、客間へと通された。
客間には、何故か既に豪勢な料理が用意されていた。どれも子供が見たことも無いような料理ばかりだった。
「さあ、好きなものをお食べ」
女にそう言われ、子供は目を丸くした。
「あれを食べていいの?」
「ええ、勿論」
女に言われるがまま、子供は料理に手を伸ばしたが、ふと脳裏に両親の姿が浮かび、手を止めた。
「どうしたの? どれでも好きなものを食べていいのよ」
「僕だけこんな豪華なご飯を食べるなんて何だか良くない気がして」
子供がそう言うと女は微笑んだ。
「優しい子ね。では、坊やが村に帰る時に土産を持たせてあげるわ。だから、安心して食べなさい」
「うん」
そう言われ子供は安心して料理を口にする事が出来た。子供がお腹いっぱいになった後、女は約束通り子供に沢山の果物を持たせてくれた。そして、女の案内通りに山を下りるとあっさりと村に戻る事が出来たのだ。