勇者と魔王
「ねぇ、ゆうしゃぁ」
「なんだ、魔王」
魔王上の一室では、勇者と魔王が二人でゆっくりとお茶を飲んでいた。
勇者の方は十代後半黒髪に蒼い瞳の青年。勇者とは思えないほど普通の農民のような服に伝説の剣を腰から下げている。
魔王の方は、勇者より少し年上で、真っ黒なドレスに身を包んでいる美少女だった。人間とさほど外見は変わらず、勇者の膝の上に座り、テーブルの上に置かれたクッキーを勇者に口の中に運んでもらっていた。
「うーん、ただよんだだけぇ」
そういうと魔王は勇者の胸にもたれかかる。
酒が入っているからその呂律は回っておらず、顔は真っ赤に染まっていた。
二人の間には穏やかな空気が流れており、さっきまで血を流す殺し合いをしていた二人とは思えなかった。
「なぁ、魔王」
「なにー?」
「ねむいのか?」
「うん。ねむいー。ねたいー。でも、寝たら勇者いっちゃう?」
今にも寝てしまいそうなほどか細い声で少し不安そうに勇者に問いかける。
「寝てもいいんだぞ?」
そういって勇者の手が魔王の金髪を優しくなで始めると、少し驚いたように目を開いた後、気持ちよさそうに目を閉じると、数秒後にはすぅすぅと寝息を立て始めた。
しばらくの間魔王の頭をなで続けていた勇者だったが、魔王が夢の中に旅立ったことを確認すると、そのまま抱え上げてベッドまで運んでいく。
「んー、勇者ぁ」
そのわずかな衝撃で起きたのか、魔王が甘えたような声を発しながら目を開ける。
「起きたのか?」
「ねむたくないぃ」
まるで子供のようにいやいやと首を振る魔王。
「なぁ、魔王」
「なあにぃ?」
「何で家出なんかしたんだ?」
「いえでぇ?」
「皆で探していたんだぞ?」
「んー、わかんなーい」
魔王ののほほんとした雰囲気に勇者はため息をついた。
この幼馴染はなぜ、魔王になどなっているのだろうか。それを知るために勇者になったのに、理由すらも教えてもらうことが出来ないのだろうか。
「でもねぇ」
勇者がベッドに魔王を座らせた時、少し考え込んでいた魔王が口を開いた。
「勇者と結婚したかったんだぁ」
なにも意識せずに出た魔王の言葉に勇者は一瞬黙り込んでしまう。
ケッコン、けっこん、結婚……。
勇者の頭の中でその言葉が反響する。
「でも、一応婚約してたよな?」
「うー、してたけどぉ、わかんないぃ」
魔王は手足をバタバタさせながら、大きな声で叫んだ。
「じゃあ、何で魔王になんてなったんだ?」
「あ、それはねー、勇者と結婚できると思ってぇ」
「だから、婚約……」
「お父さんがはんたいしたのぉ」
勇者の声に魔王が声を荒げた。
「だから、わたしがんばったのぉ。魔王になって、勇者が来るように仕向けて。そのためにうちの国に戦争を仕掛けて。ほんと大変だったんだから」
「姫……。酔ってないですよね?」
「あら? ばれたかしら?」
少しつまらなそうに魔王は呟いた。
「バレバレですよ。何年幼馴染をやってると思ってるんですか」
呆れたようにいう勇者を見て、魔王はクスクスと楽しそうに笑った。
「で、どこまで本当なんですか」
「どこまでって。どこまでもよ?」
さっきまでの酔っている演技から、勇者の知っている魔王の姿に戻る。
「結婚も?」
「ええ、そうよ」
「結婚しますか?」
「ええ、もちろ……え?」
一度、頷きかけた魔王が驚いたような顔で、勇者を見つめる。
「だから、結婚しますか?」
「いい、の?」
「もちろん、僕は最初からそのつもりなんですが」
「私魔王よ?」
「そうですね」
「自分の国と戦争するような女よ?」
「僕と結婚したかったんですよね?」
「人を傷つけたのよ?」
「誰も傷ついてませんよ?」
「えっと、えっと」
何かを言おうと必死に言葉を考える魔王を勇者は勢いよく抱きしめた。
「魔王になっても、世界を滅ぼそうとかしないで、僕と結婚したいとかいう魔王が僕は案外好きですよ?」
「ゆ、勇者……」
「結婚しますか」
そう勇者が言うと、魔王はコクコクと頷いて泣き始める。
そんな魔王を抱きしめながら勇者は優しく背中をさすっていたのだった。