あっ、私の自転車の鍵が無い~!
このお話は、とある競馬場から数十メートル離れた駐輪場での出来事になります。
競馬場が開催する土日は賑わいを見せますが、平日は至って静かな感じの町になります。
それは、競馬場が開催している土日以外は営業していないお店が数多くあるからなんです。
この地域には無類の競馬好きの方が多く住んでいて、競馬仲間が集う居酒屋も土日だけは繁盛していました。
競馬場の開催中には、キャラクターショーやニューヒロインショーも行うので、内馬場には小さい子供連れの親子が沢山集まって来ます。
食堂やキッチンカーも充実しているので、競馬をしない人達の間でも憩いの場でした。
ここから先は、そこに訪れた1人の幼女のお話になります。
私は、小学1年生の臼井小夜といいます。
あっ、でも1年生といってもあと半年もしないうちに2年生になるんだよ。
そうそう、ここ最近で自転車を乗りこなせるなったんだよ。
今迄は、自転車で坂道を上るのだけは苦手だったのよ。
だって、スピードも出ないしふらふらするから危ないじゃない。
だから、自転車を降りて押して歩いていたんだけど、それが坂の度に続くのが嫌だったのね。
そこで、夏休みを利用して毎日のように自転車で坂道を上る練習をしていたら、急な坂道じゃなければ上れるようになったんだよ。
へへっ、凄いでしょう~。
夏休み中は、お友達の斉藤百々代ちゃんと小堀清海ちゃんと一緒に自転車でお出掛けしたんだよ。
自転車でお出かけした目的は、一部のコンビニエンスストアでやっていたニューヒロインのスタンプラリーなんだけどね。
お店によって置いてあるスタンプが違うから、インターネットで調べてから行くんだけどね、ダブり無しで台紙が一杯になると限定版のシールが貰えるんですよ。
スタンプラリーは第1弾と第2弾があって、同じお店でもスタンプが変わるんだよ。
だから、シール欲しさについついスタンプを集めちゃうんだよねー。
それで、自転車で走っているうちに体力も脚力もついたんだよ。
夏休みの前半は、いっぱい自転車に乗ったから3人共けっこう日焼けしたんだよ。
だけど、後半は宿題に追われているうちに夏休みが終わっちゃったんだよなぁ。
でも、小学校で皆と会えるからそれはそれで楽しみなんだよ。
私が自転車を乗り回せるようになるとママが言ってきました。
「小夜ちゃん、今度競馬場でニューヒロインショーをやるから行ってみない?」
「うん、行きたい!」
「最近は坂道も上れるようになったみたいだから自転車で行ってみる?」
「うん、自転車でも大丈夫だよ」
「この辺に住んでいる子も来るかも知れないね」
「百々代ちゃんと清海ちゃんも行くって言ってたよ」
「それは楽しみね」
今日は、ママと一緒に自転車に乗って競馬場に行く事になりました。
去年迄は、ママの自転車の後ろ乗せチャイルドシートで行ったんだよなぁ。
小夜はこの1年で目を見張る上達なのかな?うんうん。
競馬場に行くと、スロープを下ったり上ったりで内馬場に直行したんだよね。
ニューヒロインショーはあと30分以上も後なのに、ステージ中央の後ろ側にある見やすい場所はもう無くなっていたんですよ…。
う~ん、さすがにこれは予想外…。
子供向けのショーは、男の子向けより女の子向けの方が集まるっていうけど本当なのね…。
とりあえず、ステージ中央の後ろ側にレジャーシートを敷いてママと一緒に座っていたのよね。
ここじゃあんまり見えないし、一番後ろに行って立っていようと思った時に百々代ちゃんから声を掛けられたのよ。
「ねえ、私達は早く来たから子供だけなら前に行って見られるよ」
「えっ、そうなの」
「清海ちゃんも一緒だよ!小夜ちゃんもおいでよ!」
「うん、ありがとう!」
ニューヒロインショーは、テレビでの内容を踏まえていて子供達には大人気でした。
子供達のお父さんにとっては、ショーの動きに合わせて効果音を入れているスタッフ(フォーリーアーティスト)の作業を興味深く見ていたなぁ。
いつもながらにベタな展開だけど、これがまた面白いんだよね~。
ショーが終わると握手会があって、列に並んだ子供達は嬉しそうに手を握っていたなぁ。
小夜の手も両手でしっかりと握ってくれたんだよ。
ショーの後は、百々代ちゃんと清海ちゃんと3人で夢中になって内馬場にある遊具で遊んでいたのよね。
やっぱり、子供は活発に遊ばないとね。
内馬場には16時迄いて、ここで皆とお別れをしました。
「ばいばーい、また学校でね~」
「まったね~」
うんうん、今日は実に楽しかったな~。
でも、気分が良かったのはここまでだったのよ。
ママと競馬場近くにある駐輪場に行ったら、私の自転車の鍵が無くなっていた事に気が付いたのよ…。
「あれ…、あれあれ~?」
衣服のポケットを探しても、デイバックの中身を全部出してもどこにも見付からないのです。
「何やってんのよ、早く行くよ!」
ママが急かしたものの、自転車の鍵はどこにもありませんでした。
「ママ…、どこかで自転車の鍵を落としちゃったみたい」
「えっ、どうすんのよ!だからママが預かろうかって言ったじゃない!」
「ごめ~ん…」
お家までは自転車で15分以上あり、後輪側のシャフトを持ち上げたまま歩いて帰るのは、私にとってはとても困難でした。
ママは、近くに自転車屋さんがないかとスマホで検索し始めました。
「あった!」
そう思ったものの、近くの自転車屋は土日祝日が定休日でした。
そうこうしているうちに、駐輪場を管理しているおじさんが声を張り上げました。
「当駐輪場のご利用は16時30分迄になりまーす!お時間が迫っておりますので速やかに移動願いまーす!」
16時30分といったらあと5分しかないじゃない…。
その頃になると、駐輪場は出場専用になっていました。
ママは意を決して駐輪場のおじさんに尋ねました。
「あの~、後で主人と車で自転車を取りに来ますので、あと1時間位ここに置いて行ってもいいですか?」
「あ~ダメダメ!あと5分でここを封鎖するからすぐに持って帰ってよ!」
「それと、駐輪場の周りに停めるのもダメだからね!この辺は取り締まりが厳しいから!」
「どうしてもここに置いていくって言うんだったら来週の開放時間に来なよ!来週もやっているから停めた場所を覚えておきなよ」
おじさんも勤務時間内に仕事を終わらせないといけないので、16時30分迄に駐輪場に入っていない人に対しては容赦しない構えでした。
小夜は後悔と悲しみから泣きそうになっていました。
そこに、もう1人のおじさんが詰所から出て来て言いました。
「お嬢ちゃんおいくつ?お名前は何て言うの?」
「臼井小夜です、6才です…」
「おやおや、どうしたのかな?もしかして自転車の鍵でも無くしちゃった?」
「うん…」
「鍵の形は覚えている?」
「うん、大体なら…」
「そう、じゃあ小夜ちゃん、詰所に来て落とし物の手続きをしようか」
ママと一緒に、落としたと思われる場所、連絡先、自転車の鍵の特徴と付けてあるキーホルダーを記入して詰所を出ようとしました。
すると、おじさんは辺りを見回してから、
「あっ、ちょっと待ってね」
と、言ってきました。
「えっ、どうしたの?」
おじさんは、机の引き出しに掛かっている鍵を開けると、スチール製の箱を取り出しました。
「小夜ちゃんが落とした鍵はどんな形なのかな?」
箱の中には、落とし主不在で預かっていたであろう自転車の鍵が大量にありました。
「あっ、こんなような形だよ!」
私が夢中になって指を差すと、鍵の柄の穴には1本1本ビニール紐が取り付けられていて、それを大きなリングで纏めていました。
「そうかそうか、この種類ならいっぱいあるぞ」
おじさんはそう言うと、徐にリングの繋ぎ目を外して鍵を容器に流し込みました。
「あわよくば合うかもしれないけど期待はしないでね」
そう言うと、おじさんは大量にある鍵を1本1本鍵穴に差して解錠しようと試みたのです。
それを見てママは唖然としていたのよね…。
そして、何十本か鍵を刺したところでママは叫んだのです。
「もういいですから!鍵が壊れたらどうするんですか!」
おじさんは怪訝そうな表情をしましたが、
「まあ見てなさい、あと何本かで止めるから」
と、言ってママの事をを宥めました。
すると、20本目の鍵を差し込んだところで、
「カチャン」
と音がしました。
「やった~!開いた~!おじさんありがとう~」
「いえいえ、これでやっと帰れるね」
「本当にありがとうございました」
「お母さん、勘違いしないで下さいよ!いつもこんな事をしているん訳じゃないんですから!」
「この箱も机の引き出しに鍵を掛けて保管していますから」
「はぁ…、そんな事は思いもよらなかったのですが…」
「いいかい、この事は皆には内緒だよ」
「うん、誰にも言わない!」
「でも不思議ねぇ、何で開いたのかしら?」
「ああこれかい、おじさん達は定期的に何か月も放置している自転車を移動しないとならないんだけど、重いし骨が折れてね」
「それで、鍵の掛かった自転車を何十台も持ち上げるのが大変なんで、ここにある大量の鍵で開かないかって試してみたんだよ」
「そうしたら、偶然にも何台かの自転車の鍵が開いたんだよね」
「全部じゃないのね」
「そうそう、やったところで鍵が開くのはラッキーな事なんだよ」
「何百本刺しても開かないものは開かないからね」
「え~、何百本も刺したの~、ウケる~」
「もっといっぱい開いたら、おじさん達の作業も楽になるんだけどなぁ」
「そんなにうまい話はないんだろうな~」
「ガッハッハッハ~」
「あの~、この鍵はどうしたらいいんでしょうか?」
「あげるあげる!こんな事でもないと使う事なんてないんだから持って行ってよ!」
「小夜の鍵と同じ形だったのかな~?」
「それは多分違うと思うよ、でも何でか分からないけど開くんだよなぁ」
「お家に帰ってスペアキーがあったらお返しした方がいいんでしょうか?」
「どっちでもいいよ、どうしても返しに来たかったら開催日にここの詰所に来なさいな」
「受け取りはするけど、他ではほとんど役に立たないけどね」
「おじさんはね~、小夜ちゃんに使って欲しいな~って思っているけどね」
「ほら、もう遅くなるから気を付けて帰ってよ」
「今、ここのバリケードを退かすからさ」
心が晴れやかになったところで、ママと一緒に自転車でお家に帰ったんだよ。
「あ~、おじさんのお陰で助かった~」
「小夜ちゃん、今度は落とさないでね」
「はぁ~い、今度はママに預けるね」
私は、夕食の前に気になった事を確かめようと思いました。
果たして、おじさんから貰った鍵と私の鍵が同じ形なのかどうか…。
2つの鍵を並べてみると一目瞭然でした。
「違う…、全然違う、なのに何で鍵が開いたの?」
鍵を重ねてみたものの、同じ形をした箇所は一部分でした。
私は外に出て、もう一度おじさんから貰った鍵を刺してみました。
「カチャン」
鍵は難なく開きました。
小夜のスペアキーでも試してみました。
「カチャン」
うん、これは開いて当然か…。
何だか、不思議な事をしているような感じでしたが、あの時に助かった事だけは確かでした。
数日後、小夜の自転車の鍵が見付かったって競馬場の職員の方から連絡がありました。
内馬場の遊具の近くに落とした鍵は、ニューヒロインのキーホルダーが付いていたからすぐに分かったんだって。
これで、小夜の自転車の鍵は無事に戻って来るのね。
「よかった~!」
えっ?それで、おじさんから貰った鍵を返しに行ったかですって?
それは、皆様のご想像にお任せしますね。
それでもやっぱり、貰える物は貰っとけって言うじゃ…、
あっ、この辺にしとかないとね。
にっ、ひひひ~。 <終わり>
今回のお話はいかがだったでしょうか。
最後までお読み下さいましてありがとうございました。