番と買い物
お久しぶりです。
「エデュアルド、お前さぁ」
「なんだ」
「さっきすっげえ口元ゆるんでたぞ」
「…しかたねぇだろ、番にはそんなもんだ、獣人なんて」
「は? つがい?! あのこが?!」
アルトルが驚きの声を上げる。まあ、長年の友人が番と言いながら幼女を連れて来たらそうもなるだろう。
「俺だって驚いて――」
「よかったなぁ!」
アルトルの手放しの祝福に、今度はエデュアルドが驚いた。
「お前、ずっと探してたもんな、ほんとに良かったなぁ、親父も喜ぶよ」
「あんな子どもが番なんて、って思わねーのか?」
「そりゃびっくりしたけどさ、獣人にとって番が見つかるなんて何より幸せなことなんだろ? だったら俺は一緒にそれを喜ぶよ」
「…お前らしいな」
ありがとう、とは照れくさくて口に出せず、それだけを口にした。
しきりによかったなぁ、よかったなぁと繰り返すアルトルについて行った先に、書類を睨むようにして読み込むルトマールがいた。エデュアルドとアルトルを見つけて、破顔する。
「あぁ、エデュアルド。どうしたんだ? まだ出立までは日があるぞ」
「番を見つけたんだ。まだ幼くて、商隊には連れて行けねぇ。この街で護衛の仕事を最後に――」
「なに、番?! 本当か、よかったなぁ!」
エデュアルドの言葉を遮って、ルトマールがアルトルそっくりの反応を示した。親子だな、と思わず感心する。
「そうなんだよ、さっき見たけどいい子そうだった」
「お前はもうあったのか、どこにいるんだ?」
「あっちの露店で買い物してるよ」
「なに、それはたっぷりサービスしておけよ」
「わかってるって」
ぽんぽんと繰り広げられる親子の会話を見守っていると、不意にルトマールがエデュアルドに話を振った。
「それで、これからどうするんだ?」
これから、どうするか。昨日から考えていたことだ。
「…番が、まだ8歳なんだ。人間は弱っちいし、ましてや子どもだ。それなりの教育もしてやりてぇし、国に――ランドラックに帰るつもりだ」
「…番のご両親はなんと?」
「それが、アズ…番は片割れ――異世界から来たみてぇなんだ」
「なんと、落ち人か! 二重にめでたいな」
番が8歳と言うことに軽く驚いた様だが、特に言及されなかった。素直に何度も祝福され、こそばゆいがありがたい気持ちになる。
それから、正式に辞める手筈を進めてもらい、ここまでの給金と祝いだ、とかなりの額の金銭を渡された。さすがに多すぎる、と辞退したが働きに見合ったものだし祝いの気持ちを無下にするなと言われてなし崩し的に受け取ることになった。ありがとう、と礼を述べると、幸せになれよ、と言われた。
3人でアズの元にもどると、エデュアルドを見た瞬間、アズが駆け寄ってきて足に抱きついてきた。あまりにも可愛らしく、思わず人目を忘れてアズを抱き締め返した。
はっと我に帰った時には周りから生暖かい視線を向けられていた。誤魔化すように咳払いをしながらアズを離して立ち上がるが、既に手遅れだったようで、アルトルはかなりニヤニヤしていた。
気にしないようにして、アズになにか気に入ったものがあったか確認する。
「…よくわかんない」
「……そうか」
この世界の服はアズの元々来ていた服とはかなり違う系統のものだ。いきなり選べと言われても難しかったかもしれない。
反省しながら、アズに似合いそうなもの――正直全て似合いそうで困るが――特に似合いそうなものを選んでいく。
アルトルとルトマールに選別代わりだからとアズの身の回りの品をかなり用意してもらった。
アズと2人でお礼をいって、またいつでも遊びにこいよ、と見送られながら帰路についた。
▷▶︎▷
たっぷりのサービスを受け、装飾品がランクアップしたアズが真新しい靴でぽてぽてと歩く。
エデュアルドはその手を引きながらこれからのことを考えていた。まだ幼いアズにとって、何が最善か。
(まあ、教育はしてやりてーよなぁ)
エデュアルドの生まれ育ったランドラックも、この国も、学校に通うことは義務ではないし、実際通う子供は多くはない。
しかし、ランドラックでは金銭的に余裕があれば数年は学校に通って読み書きや簡単な計算を学ぶことで将来的につける職業が増えるし、働かないとしても生活も豊かになるのは自明である。エデュアルドとしても、アズを働かせるつもりはないが読み書きと計算くらいは出来た方がいいだろう。
「アズ、学校てわかるか?」
「! あず、しょうがっこうにねんせい!」
「向こうで学校に行ってたのか?」
「しょうがっこう、まいにちいってたよ?」
「何を習ってたんだ?」
「んー、と、さんすうと、こくごとかー、あとたいいくとかー」
思ったより高度な教育を受けていたようで驚く。最初に着ていた服も仕立てがよかったし、家柄の良い家の子供だったのかもしれない。――急に娘がいなくなったアズの両親を思って、胸の奥がチクリと傷んだ。
そんなエデュアルドをよそに、アズは言葉をつむぎ続ける。
「あのね、あずはさんすうとくい!
さんしがじゅうに!」
「乗算ができるのか! すごいな」
ふふーん、とアズが得意そうに笑う。
…もうこの手は離せない。知らなかった頃には戻れない。――例え、アズが嫌がったとしても。
アズはエデュアルドの番であるためにこの世界に呼ばれて、両親だけではなく学ぶ機会も奪われた。せめて、エデュアルドに出来る範囲だけでも返していかなくてはいかない。
「アズ、学校いきたいか?」
「うん、あずがっこうすき!」
ニコニコとアズが答える。
番がなにか願うなら、その願いを叶えるのが、エデュアルドの幸せだ。
「よし、ランドラックにもどるか」
「らんどらっく?」
「あー、俺の家だよ」
「おにーちゃんの、おうち…」
しまった、と思った時には遅かった。
エデュアルドの無神経な一言でアズは自分の家に帰られないという事実をありありと思い出してしまったようで、暗い顔をして俯いた。
「あ、アズ……、あのな、」
なにか気の利いたことを言おうとするが、上手く言葉がでない。道の端によって、しゃがんでアズと目線を合わせた。
「ままぁ、ぱぱぁ〜…」
みるみるうちに瞳に溜まった雫は、すぐに実を結んで滑らかな頬を次々に滑っていく。涙を零すアズをみて、胸が締め付けられるようだった。嘆く番の為に何も出来ないことがもどかしくてたまらない。
エデュアルドはアズを抱き上げて背中を軽くたたきながら、宿へと足を進めた。
ご無沙汰してしまいすみません。