番が異世界人だった。
気を取り直して、少女に続けて話しかける。
「あー、お前、今まで何してたかわかるか?」
「あのね、さっききがついたら、ここにいたの。おうちわかんなくなっちゃった」
「…」
「おにーちゃん、いぬのおみみついてるの?」
「あー、みたことねーか? 俺みたいなやつ」
「ないよー! へんなのー!」
律儀におじちゃん呼びからおにーちゃん呼びに変更した少女が、エデュアルドの耳に手を伸ばした。
ギュッ、と容赦なく握られて背筋がゾクリとした。…いや待て待て、番とは言え8歳だぞ。
「…耳を触るのは辞めような、俺みたいなのは獣人つーんだけど、みたことないかー」
この国だってランドラックほどではないが、獣人を見たことがないというのはおかしい。
加えて服も見たことの無い仕立てに布質だ。
疑問が確信に変わる。少女は《片割れ》のようだ。
――《片割れ》。異世界からきた獣人の番のことだ。
何かの手違いで異世界に生まれてしまった番が、獣人に出会うためにこの世界に呼ばれることがあるという。その番のことを、《片割れ》と呼ぶのだ。
「おにーちゃん」
呼ばれて、服の裾を掴まれたことで思考が途切れる。現実に引き戻された。
茶色の瞳が不安そうにエデュアルドを見ている。番が不安がっている、その事実に焦る。
「おにーちゃんていうか、エデュアルドな。お前は?」
「あず。おにーちゃん、しっぽもあるの? さわっていい?」
「だめ、あとおにーちゃんじゃなくてエデュアルドって呼んでくれ」
「えである…、えじゅ…、くちゅん」
言いづらそうに名前を口にしていたが、くしゃみで中断された。
無理もない、いつからそうしていたかはわからないが、髪や服の濡れ具合からしてかなりの時間そうしていたのだろう。
少女を持ち上げた。
「うわ、つめたっ! アズさむくねーか?」
「さむい」
「あーだよなあ、さっさと宿かえるか」
アズを一旦おろし、エデュアルドは来ていたローブを脱いだ。
「これ着とけ。 ないよりはましだろ?」
そう言いつつローブを着せる。少女はされるがままで大人しい。
体格差がありすぎて、着るというかローブを乗せているような状態だが仕方がない。
「まあ、これでいいか。さっさといくぞ」
もう1度少女を抱き上げると、今度こそエデュアルドは路地裏から出ようと足を進めた。
「どこいくの?」
「とりあえず宿かな」
「あず、おうちかえらないと」
《片割れ》が、異世界に戻ったなど聞いたことは無い。エデュアルドも1度手に入れた番が居なくなるなど到底看過できない。知らず知らずのうちに腕に力がこもる。
…けれど。帰られない、といったらきっとアズは泣くだろうな、と思った。
「…まずあったまってからな」
問題の先送りをして、根本的な解決から目を背ける。アズは素直な性分なのか、はーい、と間延びした返事をした。
(とりあえず風呂にいれて… 飯準備しねーとな……)
エデュアルドに緊張しながらも全身を預けるアズに気を良くしながら、理央の頭の中はこれからの生活のことで埋め尽くされていった。
▷▶︎▷
「あんま綺麗なとこじゃなくてわりぃな」
宿の部屋について、アズに謝る。
エデュアルド1人であれば問題はないし、無駄に金を使う気にもならなかったので、宿は最低限の設備のある安いところばかりに泊まってきた。そのお陰でそれなりに金も溜まったし、不満は無かったが、番に出会えると知っていたらもっといい所に泊まっていたのに、と後悔した。今から宿を取り直すのも考えたが、濡れた番を風呂に入れることを優先したのだ。
「よし、風呂入るぞ」
「うん!」
アズが、勢いよく手を上にあげて、いわゆる万歳の姿勢になった。
「…アズ、普段風呂はどうやってはいってる?」
「パパかママとはいるの!」
「……。今日は1人で入れるか?」
「や! はいれない!」
…番と出会って1時間もせずに風呂に入るのはいいのか? いや、会ったらそのままそういう事になる場合も少なくは無いというが、相手は番とはいえ8歳の子どもだ。
「くちゅん」
またひとつ、アズがくしゃみをした。
「…風呂入るか」
難しいことではない。弟妹を風呂に入れるのと同じだ。エデュアルドは長男だし、弟妹が4人いるので散々面倒を見てきた。風呂だって数え切れないくらい入れてきたのだ。それと変わらない。
エデュアルドは断じて子どもに劣情するような男ではないし、なんの問題もないはずだ。
▷▶︎▷
無心で服をぬがして、2人で風呂に入る。
エデュアルドも脱ぐか悩んだが、コートをアズに着せて帰ったためエデュアルドの服も水びたしだ。乾かさないといけないし、しかたないか、と脱ぐことにした。一応、下着だけは身につけて。
雨の多いこの国は、そのお陰で水が豊富だ。その恩恵かシャワーだけでなく湯槽に湯を入れてつかる文化が浸透している。この安宿にも各部屋に小さいながらに湯槽が用意されていた。昨日まではシャワーだけ使っていたので無用の長物であったが今日は素直にありがたい。水代は追加で支払いになるようだったがなんの問題でもなかった。
シャワーから湯を出しながら、アズにかける。
「あつくねーか?」
「だいじょーぶ!」
顔にかかった水を小さな手で拭いながらアズが言う。両手あわせてもエデュアルドの手より小さいだろう。
(かわいいな)
自然にそう思う。その感情が、幼い弟妹達に抱いていたものとは違うものであることには、気づかないようにした。
「おにーちゃん、しっぽあらってあげる!」
「おなかかたーい」
緊張がほぐれてきたのかアズの距離が近くなってきた。ペタペタとなんの警戒心もなくエデュアルドに触れてくる。…だめだ。
「さっさと洗ったらでるぞ。もうあったまったろ」
「えー、やだぁ、もっと!」
「いいから」
口を尖らせたアズの不満を相手にせず、石鹸を手に出して頭を洗う。…。
「おい、体は自分で洗え」
「なんでー? パパもママも洗ってくれるよ?」
「俺はお前のパパとママじゃねぇ」
「あず、あらえないもん」
見ないようにしていたアズの体へ一瞬視線を走らせて、すぐに逸らした。興奮はしない、と思うが万一がある。幼い番の望まぬことはしたくないし、泣かせたり嫌われたりしたくない。
「今日はいいか…」
忙しい時は風呂にはいれない時もあるし、濡れた布で体を拭くだけの時もある。今日は頭からしっかりお湯で流したのだから十分だろう。
そう考えて、体を洗うのは諦めて風呂からあがることにした。
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