第四話 優しい思い出
カシューさんに手を引かれ着いた場所は町外れにある森だった。
外れと言っても人里の近くだからか虫のようなものは見えても動物の姿は見えない。
「この森は町長さんの領地でもあるからね、僕達グローフォエバーのハンター達の練習場にも使ってるんだ」
「グローフォエバー…って、あのギルドの名前ですか?」
「そうだよ、いつまでも成長していくように、って皆と一緒に決めたんだ」
グローフォエバー、私がいた世界の言葉で訳すなら''永遠に育て''とかそんな意味かな、英語あんま得意じゃないからわからないけど。
そんな事を考えてる間もカシューさんは周りを見渡し森を観察している。
辺りを見回した後瞼を閉じ聴覚に集中させたりもしていた。
それを見ながらふいに私も真似するように辺りを見回したりお互いを擦り合う木の葉の音を聞いているとカシューさんは私を見てくすっと笑った。
少し歩いていくと大きな木の側にたどり着いた、その木の肌に触れてカシューさんは呟いた。
「球根はこの大木の足元に落ちていたんだ」
「落ちていた…?でもこの木の回りには花が咲いてませんよね、誰かが落としたのかな…」
「あはは、そうかもね」
笑いながら頭上を向いたカシューさんを見て私も釣られて木の上を見る。
するとそこから大きなドングリのような木の実が落ちてきた。
カシューさんの頭に落ちそうでわっと短い声をあげたときカシューさんはさっと手のひらで掴んだ。
木の上をよく見てみると色んな方向に木の実を落としてるリスのような生き物が見えた。
「あの子達は木の実を食べて生きてるんだけど形が似てるものはなんでも拾ってくるんだ、それで食べれないと決めたらこうやって落とすんだ」
カシューさんが持つ木の実をチラッと見てみれば割れ目から虫が顔を出していて納得した。
そして同時にどうして球根がここに落ちてたのかもわかってスッキリもした。
「あの子達は採取のルートも決めているんだ、沢山木の実が落ちてるはずの森にキレイな道があったら大体はあの子達の採取ルートだ」
「…あっ!あれがその道ですか?」
大木の後ろに丁度キレイに一直線に木の実がない道があったからそれを伝えればカシューさんはお見事と言うように朗らかな笑顔を見せた。
「アオイちゃんは観察眼が優れてるね、さっき木の実に虫がいたのにも気付いただろう?十分ハンターの素質があるよ、勿論農家のもね」
「農家のも?」
「山に住んでるなら尚更だよ、ちゃんと整地されてなければ足場を探す必要があるし動物達の動きで天気を察したりとか観察眼は自然の側で暮らす農家にも必要なんだ」
急にそう褒められても、空見ても天気なんてわかりっこないのにな…なんて思いながらもカシューさんの言葉に内心喜んでいた。
こんな些細なことで褒められることが無かったし、それに純粋に褒められることが嬉しいのは当然だよね。
思わず笑みが溢れていたのかカシューさんはまた微笑んだ。
小道を歩いている途中、カシューさんは優しい顔をしながら話しかけてきた。
「アオイちゃんはどうして農家になりたいと思ったの?」
「え?えっ、と……」
理由を改めて聞かれてしどろもどろしてしまう。
ゲームで憧れていた、じゃ通じもしないし本当にやりたかった訳じゃない。
けれどシロに与えられたものがジョウロとクワとここで生きることだったとしたら必然的に農家を始めるしかなかった。
改めて考えたら、私っていい加減なやつだな。
やりたいことじゃなくて、やらなくちゃいけないことだから農家をやってるんだ。
そんなやつがこの場所で生きられるのかな…。
「あっ、無理して話さなくて良いよ、君みたいな若い子が働くのにはきっと深い理由があるんだろうね」
「あぁ…すみません……」
「僕はね、家族を助けたくてハンターになったんだ」
え?とカシューさんの方を見れば彼は何か思いに更けるように空を見つめ話し続けた。
「僕は元々孤児でね、町の教会に拾われて育ったんだ、そこには僕以外の子供もいて…神官様はとても優しい人だったから色んな所で彼らを拾って育ててたんだ、でもそれでお金が尽きそうになってね…それを助けてくれたのがハンターだったんだ」
背中にかけている弓を持ちぐっと握ったカシューさんの手は力強く見えた。
「ここ花の大地は他の地と比べて比較的に魔物や事件とかが少ないからハンターは町に数人ぐらいしかいなくてね、それでもお金や物資を援助してくれたり襲ってくる魔物達を追い払ってくれたんだ、だから僕もそんな皆を守れるハンターになりたくて始めたんだ」
強くてかっこいいハンターへの憧れもあるんだけどね、と照れくさそうにそう付け足せばまたカシューさんは優しく笑った。
そんな立派な理由を聞いて私は感心する一方とても羨ましいと言う気持ちがあった。
人の為に始めたことを輝かしく誇らしげに話すカシューさんはとてもキラキラしていた。
それがとても羨ましくて…眩しかった。
「君も理由は違くとも憧れて農家を始めたんじゃないかな?」
「え…?」
「だって、本当に嫌なら今頃別の職を探してるとこだろう?わざわざ農業なんて大変な仕事しなくてもお金は稼げるだろうし、ってね」
カシューさんはそう言うと優しい笑顔を浮かべた。
「誰かに、若しくは何かに憧れて君は今ここにいるんだよ、それはとても立派だし素敵なことだ」
辺りに吹いてきた優しい風がカシューさんと私の髪をなびかせた。
その風、私を見下ろす太陽の光、全て心地よいものだった。
この世界に来る前はそこまで植物に興味なんてなかった、花を見て単純にキレイと思ったり時々花言葉を調べる程度だった、葉っぱや木なんて1ミリも興味がなかった。
でも今、私を歓迎してくれる植物達と触れ合うと何かから解放されそうな気がした。
新鮮な空気を吸ったり吐きながらカシューさんに着いていくと彼が歩みを止めたので私も止めた。
するとカシューさんはその場でしゃがみだし、気になり前を見てみればそこには木の実の採取をしている動物達がいた。
木の実をくるくると撫で回し軽く口で咥えれば頬袋に放り込み他の木の実も探し始めた。
「あっちに彼らの仲間の巣がある、そっちへ向かおう」
カシューさんの言葉にしたがって私は彼についていく。
確かに先程あそこで採取していた動物達の一部が同じ方向へ向かっていくのが見えた。
途中さっきの巣でもよく探したら種あったんじゃないか?なんて思ったけど見知らぬ森で迷うぐらい怖いことはそうそう無いからカシューさんについていった。
動物達が一足早く自分達の巣に帰り木の枝に登れば選別の時間が始まった。
木に掘られた巣穴に今回採取した分を一旦入れてから複数体で各々一つずつ持ちながらコンコンと拳で叩いたりすんすんと匂いを嗅いでいた。
その姿は私が知るリスと言う生き物にとても酷似していて愛らしかった。
その内選別し終えたものから地面に落としたり同じ木に空いた別の巣穴に放り込んだりし始めた。
やがて全ての選別が終わればカシューさんは木の側へ近寄り落ちた木の実達を見つめた。
私も側に寄って見てみれば、ほとんど虫に食われた果てに巣になってしまったものやまだ熟してないものばかりだった。
球根らしきものもなく収穫はないように見えた。
「アオイちゃん、こっちおいで」
そんなカシューさんの声が聞こえたとき、先程よりも少し強めに手を引っ張られ慌ててついていく。
リスみたいな生き物が住む大木の横を抜けて草むらをかき分けたすぐ向こう側を見たとき、私は息を呑んだ。
そこには視界の端から端まで、そして地平線の彼方まで花畑が広がっていた。
色鮮やかな花が地面から顔を出しその隙間からいろんな動物や虫が顔を出していた。
「わぁ…!」
思わずそんな声が漏れればカシューさんは花畑を見渡しながらこう言ってきた。
「この景色を見せたかったんだ、未来の農家の君にね」
カシューさんは花と花の隙間をひょいひょいと歩きながら前に進んでいく。
私も置いてかれないように着いていった。
「君はこれから色んな植物を育てていくだろう、野菜は勿論花も育てる日が来るだろう」
歩みを止めたカシューさんと私の目の前には、私たちの身長を遥かに越え伸びる花が咲いていた。
そのスイートピーに似た花は他と違って周りにオーブのような光をまとい凛と咲いていた。
「これは大昔、この花の大地を治める花の女王が植えた花なんだ」
「花の女王…?」
「花の女王は妖精でね、花の国を創立してからずっとこの大地を治めてる方なんだけどその創立記念にこの大地の至るところに自分の魔力を込めて育てた花を植えたんだ、女王の魔力が込もったこの花があるからこそ花の大地は緑豊かな大地として保ててるも同然なんだ」
カシューさんはそう話しながら花の根本を撫でた。
花は先程の風と同じように私達を歓迎するようにゆらゆらと揺れた。
「この花の種はからっぽの種と言ってね、普通の植物みたいに植えて水をあげるだけじゃ育たないんだ、女王が魔力を込めて育てたように強い思いを込めなきゃ花を咲かせない、おまけにそよ思いによって咲く花は変わる、まぁ今までこの種から咲いた花を見たのは女王のだけだけどね」
花を見上げながらカシューさんは「種を所有する権利は女王にあるから」と付け加えた。
スイートピーのような大きいその花が微かに光ったとき、お金をいれてる袋から光が漏れ暖かくなるのを感じた。
まさかと思い取り出してみれば先程受け取った球根が大きな花と似た光を放っていた。
あんぐりと口を開けてそれを見たあとカシューさんの方を見れば特に驚いてる様子もなく納得したような顔を見せた。
「そうか、やっぱりそう言うことか」
「えっ?これ、どう言うことですか??」
「見ての通り、その球根はこの花の種だ、恐らく先月の冬にこの花が落としたんだろうね」
スイートピーから球根が??ヒマワリみたいな花が冬に種を落とすのは知ってるけどそんなの聞いたことない。
やっぱり異世界だしこの花自体スイートピーとは別の花だから私の常識が通用しないのだろうか、頭がこんがらがりそう…って、それよりも。
「あの…これ」
「ん?」
「その女王って人に返した方が良いんですかね…?」
私の問いにカシューさんは目を丸くさせまじまじと私の顔を見たあと、少し間を置きやっと口を開いた。
「良いんじゃない?別に」
「えっ」
「月末に従者の人たちが来て落ちた種を回収しに来るけど、まあ一つぐらい拾ってもバレないよ、それに」
細い人差し指でトントンっと球根を突っつきながらカシューさんは少しいたずらっ子のような笑みを浮かべ私の顔を見つめてきた。
「君だって、この種を育ててみたいだろう?」
カシューさんのその言葉に私の脳裏であることがフラッシュバックする。
それは以前住んでた世界でゲームをしてた記憶だった。
暇なときや辛いとき、親に内緒でこっそり買ったゲームが私の生き甲斐同然だった。
上手いも下手も関係なくて、自分のペースで出来る、終わりのないスローライフゲーム。
何回も世界を廻ったり、魚を釣ったり、鉱脈を削ったり、住民と話したり、畑を耕して種を植えて収穫したっけ。
説明書にも攻略サイトにも載ってない、住民の台詞でしか読み解けないやり込み要素もやってたな。
ここは確かに現実、ゲームの世界なんかじゃない。
でも、この種がまた私の中のワクワクと沸き上がる思いを引き戻してくれた。
「ありがとうございます、カシューさん、大事に育てます。」
ペコリと頭を下げても、カシューさんが自分に対して微笑んでくれてるのはなんとなくわかった。
きっとこの人は私にこの花の存在と種の正体を教えてくれるためにこの森に連れてきてくれたのだろう。
私の進むべき道を示してくれるために。
プルーンさんやグレイプさん、マルムさんやリアリスちゃん、それに町長さん。
これからも色んな人と会ってくだろう。
一体これからどんな人生を歩めるんだろう。
きっと、いや絶対前よりも良くなる。
そんな自信が確かに私の中にあった。
「よいしょっ…こんなもんでいいかな。」
土で汚れた自分の頬を手で拭うもそれも汚れてたから余計頬は汚れてしまった。
しかしそんな事今は気にしなかった。
ボロボロの家の中、たまたま家の隅にあった植木鉢に外の土を入れ種を植えた。
正直球根と種の違いはわからないけど多分種ってことで良いと思う、カシューさんがそう言ってたし。
種を植えた植木鉢を見つめ私は満足そうにしながらジョウロの水を注いだ。
まだ芽も出てないのに植木鉢がキラキラと光って見えた。
(どんな花が生えるんだろう…?現実で見たことある花?それともあの大きなスイートピーみたいな不思議な花?)
どんなのだろうと私はこの花をちゃんと育てよう、そう決意した。
その為にはまず昨日植えたブブカを育てなければ話にならない。
(三日でなるって聞いたし、明後日辺りに収穫かな?虫に食われたり腐らないように気を付けないと)
ゲームみたいに虫とか出ないでほしいな、なんて考えながら私はブブカの様子を一通り見たあとベッドに入った。
その時ふと本棚に目をやって起き上がった。
(折角だし日記を書いてみよう、元の世界では書いたことなかったから新鮮だな)
そんなことを思いながら落ちてたペンと本棚にあった白紙のノートを手に取って手を動かす。
『今日はプルーンさんとギルドに行って、その後カシューさんに誘われからっぽの種を貰いました。どんな花が育つかな。』
「こんな感じかな…?あまり長く書けなかったから空いたスペースは絵を描こう。」
拙い文章の下に種の絵や植木鉢の絵、今日見た大きなスイートピーの絵。
描いていけばすぐにページは埋まってしまった。
書き終えれば私は改めてベッドに潜った、お金を稼ぐ期限があるのに冷静になれるもんなんだな、なんて呑気な言葉も思い浮かんだけどそれよりも明日が待ち遠しく思った。
(明日は何をしようかな、種やブブカに水をあげたら町に行こうかな、町に行って皆と話して、また森に行こうかな)
やりたいことを考えればキリがなく興奮すれば眠れなくなりそうだった。
こんなに朝が楽しみに感じるのは初めてだった。
(これから何回もこんな楽しい夜や朝が来るんだ)
そう思えば更に嬉しい感情が沸き上がった。
めっっちゃくちゃ遅くなっちゃいましたが更新しました!!(6ヶ月ぶり?7ヶ月ぶりかな?)
アオイが改めて決心を固める回になりましたね、あと個人的にファンタジー世界あるあるの固有名詞的なの大好きなんでからっぽの種ってネーミングめちゃくちゃ気に入ってます
そう言えばお気づきの方もいると思うのですが今アオイが住む花の大地と他四つの大地(炎、水、風、雷)、合計五つの属性の名前は私が大好きな作品からとってます、そうです、某戦隊のメンバーの属性ですね!
知らなくても良い情報なんですが私はあの作品がめちゃくちゃ大好きで多分これからもそれやまた別の作品のオマージュ(パクリじゃないよ汗)的な要素が出てくると思います!
豆知識を載せたとこで、次回をお楽しみに~。