第二話 信頼
「…もしかして、これ夢じゃないんじゃ…」
そんなことを呟くと一気に鳥肌が立った気がした。
いやいやだってただ自室で寝てただけの私がなんで異世界に飛んでるの。
異世界転生とか言われても私は死んだ覚えがない。
でも神様的な人に出会ったし、お婆さんに投げられたときについた傷は痛いし。
なにより心臓の鼓動が自分がここにいるってことを教えてるようだった。
そんな感覚から私はこれが現実だと知らされるのだった。
…こう言うときって一回冷静になって頭の中で整理するんだよな。
そんなことを思いながら私は頭の中で情報の整理を始める。
まず私は部屋で寝ていた、何故か寝る寸前の時とかの記憶はないけど雨が降ってたのは覚えてる。
寝てたらシロに出会った、シロって名前を付けたのは服が白かったから。
でこの世界、ナチュリオンの事を教えられてそこの山で農業始めろって言われて飛ばされて。
それで自由だー!と思ったらそこの地主みたいなお婆さんが来て私を吹っ飛ばして。
住む場所をなくしたくなくて粘ったら春の間に100ゴールドこと百万円(正確には1000000カッパー)稼げれば良いって言われて一応山に住んで良いことにされて…。
「…ダメだ、全く整理できない」
ごろごろと草原に転がりながらそんなことを心の中で呟いた。
お婆さんに言い渡されてから数分間ずっと草原に体を伸ばしていた。
最初は新しい世界で二度目の人生送れるとかゲームみたいな世界で暮らせるとか魔法使えるようになるとかで浮かれていた私の頭が冷めていくのを感じた。
春の間、つまり一ヶ月の間に1000000カッパーこと百万円を稼ぐ。
そんなこと出来るのか、初心者でも一ヶ月に百万も稼げるならこの世界の人達は皆裕福か単にデフレって可能性もある。
しかし私からすれば完全にお婆さんが私を諦めさせようとしてるようにしか思えなかった。
(いや、弱音なんか吐いてらんないよな
自分が選んだ道なんだから、ちゃんとやんなきゃ。)
心の中でそう思いながら私は仰向けから起き上がり立つと小屋の方へ向かった。
小屋の中にある木製のテーブルの上にシロから渡されたクワとジョウロと白い本とお婆さんから貰った袋(因みに中身は10000カッパーだった、ありがたいし申し訳ない)があった。
最初に白い本を手に取る。
ページを捲ると直筆のような文章の羅列が見えた。
『この本には僕が話したことや話し足りなかったことを書いてるから何かわからなくなったこととかあったら読んでね。』
「最初にこの土地が人の物だってこと教えてほしかったんだけど…」
少し小言を漏らしながら本を捲る。
最初に書かれてたのはこの世界についてのことだった。
炎の国とかの、五つの大国を中心に世界の説明がされていた。
どうやら大陸が分かれていて今私がいる花の国と炎の国と水の国の領土が隣接し合う大陸と風の国と雷の国の領土が隣接し合う大陸、そして世界地図の端の方にあった魔物の巣窟と呼ばれる終わりの大陸があるらしい。
「炎の国の領土は炎の大地って呼ぶんだ…単純な名前付けだけど普通にカッコいいな」
ゲーム好きな心が少し揺さぶられながらページを進めていく。
次のページから大国やその中にある村や町などの説明が端的に載っていた。
(まるでゲームの攻略本だな…いやいや、ゲーム脳は捨てて、今は生活のためにこの世界の情報を拾うのに集中しなきゃ。)
現実逃避をいい加減やめて本に集中する。
まず今自分がいる花の国のページを開いた。
そこにこんな文章があった。
『花の国は動植物が豊富な国、その要因はなんと言っても国を支える花の大地の土の良さ!栄養たっぷりで君がいた世界で畑の土台として使うような立派な土と同じ役割を最初から持ってるからクワで耕すだけですぐに畑を始められる!だからこの国には農家が多いよ。』
そんな観光ガイドの文章のようなものが書かれていて文体に少し呆れたがこの大地が農業にふさわしいことを知ると何となくシロが言ってたことを理解できた。
他は花の国の文化や伝統、首都以外の小さな町や村が載っていた。
そして自分がいる山を見つけ見てみるとかなり大きく今まで買い手がつかなかったことが不思議だった。
(もしかして本当は百万よりも高かったり…?どうしよう、百万払ったあとも分割払い的なので払うようになったら…)
そんな嫌な妄想が頭の中を回り気が滅入りそうだったから今日その本を読むのはやめにしようと考えた。
読み終える前にペラペラと捲っているとこの世界の言語のことも書かれていた。
本来知らない言語らしいけどシロのお陰で耳に届いた相手の声や相手にかけるときの私の声、そして目で見た言語が翻訳されてるらしい。(そこら辺はちゃんとやってて少し安心した。)
本を置いたあと、とりあえず体を動かそうとクワを手に取る。
やはり力を強くしてもらったお陰か白い空間で持った時より軽く感じた。
外に出て土にクワを軽く振るう、すると楽に土を耕すことが出来た。
畑のような力仕事なんて前の世界では考えられないことだった。
ゲームの世界では楽しめるけど現実では畑の土を作るところから始めて野菜も水は勿論肥料を毎日あげなきゃいけないだろうし実ったあとも土から出してキレイになるまで洗う。
そんな汗水流す作業を(簡略はされてるだろうけど)自分が実際することになるとは思わなかった。
黙々とクワを扱えばいつの間にか十分なほどに農地が出来た。
クワの刃を置いてふぅと息つく。
見渡せば自分がやったことを信じられない気持ちと満足感が心を満たせた。
「…あっ!種買う前にやっちゃった」
突然それに気づいて一瞬戸惑ったがすぐに心を落ち着かせる。
こんな時こそ落ち着いて行動しなきゃ、慌てて行動しても失敗して取り返しがつかなくなってしまう。
そう考えながら小屋の方に戻る。
花の国の住民は殆ど農家だと言うならこの小屋に住んでた人も農家だったかもしれない。
そう考え棚を漁っていると膨らんだ袋を見つけた。
手に置いて見てみればカブのようなマークがついていた。
中を見れば種が入っていた。
すると
「よし!これを蒔こう…ん?」
種を見つけた棚の上からガタッと音がして見上げた途端、埃が被った布に包まれていた何かの大群が私の身体に落ちてきた。
「えっ、ちょっ」
しかし気づいた頃には遅く、見事私の頭や腹に直撃しそれに続いて大量の何かが襲ってきた。
「うわあぁぁ!!」
何かが落ちたり転がったりする音と私の叫び声が小屋中に響く。
種は何とか守ったがお陰で身体に浅い程度だが傷がついた。
「いたたた…何これ…」
なんとか起き上がって手に取ったそれは本だった。
どれも分厚くもっと量が多ければ圧死してたかもしれない。
「あっぶな~…えーっと、"農業のすべて"?」
適当に手に取った本は農業について書かれてるものだった。
他の本を見てみると地理学の本やシロの説明よりもう少し詳しく真面目にしたような国の情報が載った本やモンスターや動植物の図鑑があった。
そしてなんと魔導書も見つけた。
魔法の基本と書いてある表紙は私のゲーム好きの血を騒がせるものだった。
しかし今は農業の本が目当てなので魔導書はあとで読もうとテーブルに置き農業のすべてと書かれるどれよりも分厚い本を持つ。
ついでに植物図鑑らしい本も取り、勿論種も忘れずに外に出た。
「えーっと…?私が見つけたこの種は、っと…」
まず植物の本で袋のマークと似たような植物を探し始める。
ページを捲ると所々メモのような直筆の文章が書かれていた。
キツイ赤が多くて一瞬お婆さんを思い出しブンブンと首を振る。
(そういやあのお婆さんの名前聞き忘れたなぁ…あまりにも慌て過ぎてて、こんな私に条件付きでも山と小屋を貸してくれたから)
今度会ったらちゃんと名前を聞こう、そう考えたときやっと似たような野菜を見つけられた
名前は"ブブカ"と言うものだった
「ブブカ……?見た目カブみたいだなと思ったけど名前も似てるな」
袋のマークと図鑑の写真を見比べる。
繊毛が生えた真っ白な球体と頭に青緑な長い葉っぱ。
それを見れば同じだと思い今度は農業のすべてを捲る。
題名通り農業について本格的に書かれている、が花の大地では準備段階などを飛ばしても植えられるとも書いてあった。
そして捲っていけばブブカのページもあった。
ブブカのような作物のページにはその作物の特徴や育ちやすい季節、植える方法などが書かれている。
ブブカの植え方を見ながら種の袋を持つ。
「なになに…軽く穴を掘って種を多めに穴に蒔く…えーっ、そんなに一気に蒔くの?まぁこんなにあるし残るか」
作った畑に全部植えれると思ったので少し不安になりながらしゃがんで穴を掘りそこに種を蒔く作業を始める。
結果、袋の種はすぐに底尽き農地は半分しか埋められなかった。
何も考えずただ広く作ってしまった畑を見渡すと少しため息を漏らしてしまった。
「残らなかったかあ…まぁでも、その為にお婆さんからお金をもらったんだし」
腰にかけたお金が入った袋がチャリチャリと鳴った。
「惜しまずに有り難く使わなきゃ、あとご飯も食べないといけないし…」
ゲームでは食事しなくても働いてたな、なんて平和ボケした考えを浮かべながら私は山から降りていった。
山に送ったのは私にとって都合が良いから、なんてシロは言ってたけど実際は町に行かせると住居がないから捨てられてた(実際は売られてたけど)山に行かせたと思ってる。
それはそれで人の声を聞いたり雑踏に揉まれたりしないから有り難いけど家に帰るときが大変だ。
まず足が痛くなる、何より体力が持たない。
身体能力をあげてもらったからそこは大丈夫かもしれないけどとにかく町と山の往復に時間をかけすぎてしまう。
あとは野生の動物とか、このファンタジーな世界では魔物とかかな?とにかく危険な生物が山に棲んでる可能性も十分ある。
山から町に行く事は沢山あるだろうし敵から身を守れる安全且つ楽で早い移動手段が必要だ。
元の世界ではロープウェイとかケーブルカーとかがあったけどこの世界に機械があるかわからないし…。
シロからもらった本とかちゃんと読めばなんかわかるかな?とか考えているとあっという間に町に着いた。
町は賑わってるもののそこまで人は多くなかった。
服装はゲームで見るような服装で、それに加えて茶色や紺色と落ち着いた色のと各々花の刺繍やら果実を模したような装飾品を付けていた。
見回してみれば町並みもゲームで見るような中性風の建物が並んでいた。
(すごーい、やっぱファンタジーなんだなぁ…っていやいや、浮かれてる場合じゃないんだ、早くブブカの種を買わなきゃ、あとご飯…)
そんなことを考えながら町を見回し店を探し続ける。
その時、ドンッと誰かとぶつかり倒れてしまう。
「いたた…あっ、ごめんなさっ」
すぐに謝ろうと見上げたとき一瞬言葉を失った。
目の前にいたのはムキムキの巨体を持った大柄の男で私が当たったのなんて無かったかのように立っていた。
暗い紫色の薄いマントの下には筋肉が浮き出たタンクトップのようなものを着ていた。
男の人は私の顔をじいっと見つめてくる。
強面も含めてその人に恐怖を感じ私の身体は固まってしまい「あ…あ…」としか声を出せなかった。
男の人は私の方へ腕を伸ばしてくる。
思わずキュッと目を瞑る、その時
「コラッ!」
男の方から声が聞こえたかと思うとゴチンッと重い音が響く。
すると男の人が静かに前に倒れた、そしてその後ろから私よりも小さな桃色のバンダナと白いエプロンのようなワンピースを身に纏ったふくよかな女の人がいた。
真ん丸い顔の頬を膨らまして男の人の四角い顔の頬をつねった。
「あんた人様にぶつかっといてなんだいその態度は!ちゃんと謝りな!!」
「あっ違うんです!私がよそ見したせいで…」
「ほら!何女の子に謝らせてんだい!全くあんたってやつは…!!」
女の人は男の人の頬に何発もビンタを食らわし始めた。
私は一気に青ざめて何度も説得してるうちに女の人はビンタを止めた。
ふんっと女の人が鼻を鳴らすと頭を抱えながら男の人は起き立ち上がった。
「…すまん」
男の人がそう言うと女の人はまた鼻を鳴らした。
冷や汗を垂らす私に女の人は「ごめんなさいね」と一言付けた。
「あんた確か最近あの山に住み出した子だろ?」
「えっ!どうして知ってるんですか?」
「町長さんから聞いたんだよ、お金稼ぎをナメてる娘が山に住み着いたって」
「……」
町長と言うのはあの紫のお婆さんの事だろうけど随分酷い言われようだなと思った。(実際そうだけど……)
勢いで言ってしまったあの言葉、もう少し別の言い方があったんじゃないかと今さら反省してしまう。
だがそれでも自分が選んだ道だ、本当に異世界に来てしまった以上受け入れなくちゃならない。
「にしても本当に若いねぇアンタ!二十代後半ぐらいかと思ったけど…いくつ?」
「あっえっと…16です」
「じゅーろく!?成人したばっかじゃない!」
どうやらこの世界では16歳から成人らしい。
私の話を聞くと女の人は涙ぐみ出した。
男の人は隣でボーッと立っている。
「親はどこにいんの!?」
「あー…その」
答えに困るその質問に少し息を詰まらせるも何と言えば言いかわからない。
とりあえず正直に話してみる。
「いま、せん」
「……」
私の言葉に女の人は呆気に取られたように口を大きく開ける。
そして何か決心したような顔をすると肩に手を置いてきた。
私が少しビクッと震えるもお構いなしに両肩を強く掴んできた。
「よし!何かあれば私に頼りな!」
「えっ!」
「私達夫婦なんだけどあそこで店やってるから、いつでもおいで!」
そう言われ指された方向を見ると周りより一際大きな建物があった。
一目見ただけでこの区画の長のような建物で、看板はフォークやスプーンみたいな食器の絵が描かれたのと剣と盾の絵が描かれた看板があった。
恐らく食堂と鍛治屋かな、と考えながら再度二人の方を見る。
ムキムキの男と、家庭的な女
なんとなく納得しながらお礼を込めて頭を下げた。
「丁度ご飯食べるとこ探してたんです、お邪魔しても良いですか?」
「良いよ!と言いたいところだけどさ、材料が足りなくて今から買い出しに行くとこだったんだよ」
「あっそうなんですね、実は私もお店探してて…」
「ん?あぁ種買いに行くのかい?雑貨屋なら八百屋や精肉屋の近くにあるしわかるよ、一緒に行くかい?」
「あっ、ありがとうございます!」
また頭を下げようとすると女の人の人差し指がぴっと私の額に指された。
それに驚いてピタッと止まると女の人は指を揺らした。
「お礼ってのはね、一気に沢山するもんじゃないんだよ」
「え…?」
「ここぞ!と言うところで使うんだ、何回も使ってたら笑われちまうよ」
そう言うと女の人はニカッと明るく笑った。
正直女の人の話はあまり理解できなかったがそれでも笑顔につられて私も顔がにやけた。
「…さあて、開店前に買いに行かなきゃねぇ!ほら!着いてきな!」
そう言うと女の人は私の腕を引っ張る。
同時に欠伸をしていた男の人の方も引っ張り一気に走っていった。
紫のお婆さんほどではないけどこの人も結構歳いってそうなのに元気だなぁ、と思いながら何とか女の人に付いていった。
着いた先は商店街のような場所で先程来た道とは違って人通りが多かった。
女の人はすいすいと私の手を引きあっという間に雑貨屋へ連れてってくれた。
チリンチリンとベルを鳴らしながら開けた扉の先に見えたのはコンビニやスーパーのように隙間を埋めて品物が並ぶ棚だった。
そのあまりの大きさに驚き見上げていると奥から声が聞こえてきた。
「あれ?プルーンさんだけかと思ったら…なんだか可愛い子がいるね」
聞こえたあと顔を出してきたのはポニーテールにした茶髪の女の人だった。
私よりも年上そうで白と赤色の上品そうなワンピースの胸元にリンゴの花の刺繍が入れられていた。
真っ赤なリボンで後ろ髪を止めていて綺麗な顔立ちをしていた。
「マルムちゃん!この子だよ、最近あの山に住み始めた…」
「あぁアオイちゃんね、初めまして」
「えっ、なんで私の名前を…?」
「町長さんから聞いたの、不思議な文字を使う女の子がいるって」
「へ?」
文字は自動的に翻訳されてるんじゃ…と思ったときマルムと呼ばれるお姉さんはそこら辺にあった紙にすらすらと私の名前を書いた。
それにドキッとすると私をここに連れてきてくれた人ことプルーンさんはそれを見て首をかしげさせる。
「なんだいこの文字?見たことないよ」
「あはは難しいですよね、町長さんも困ってましたよ」
「にしてもやっぱマルムちゃん博識だねぇこんな文字読めるなんて…えーっと、アオイってことはこれをアオイって読むのかい?」
「あぁいや、そっちじゃなくてこっちをアオイって読むんです」
目の前の二人がわいわいと話してるのを見て自分の誤りに気付く。
(書いた言語は翻訳されないの…!?)
相変わらずシロのツメの甘さに悶絶しそうになるも歯を食いしばったり拳を握って堪える。
これからは翻訳に頼らず文字の勉強もしなくてはならないのか、と新たな課題に頭を悩ませたとき「ねえ」とマルムさんから声をかけられ反射的に「はい!」と声を出すとクスクスと笑われた。
「な、なんでしょう…?」
「この文字は色んな読み方があるけど、よかったら教えてくれないかな」
そう言って日向と書かれた方を指差した。
体を固まらせたまま私はなんとか声を振り絞って「ヒナタです」と返した。
「ヒナタアオイね…」
「なんで後から来た方が名前なんだい?姓じゃないのかい?」
「こういう文字の場合は逆なんですよ」
「へぇ~不思議だねぇ、と言うよりこれどこの文字だい?なんとなく首都の文字に似てるけど」
「私も昔勉強してたぐらいですからそこまでは…あっ、それよりも」
なにか思い付いたようにパンッと両手を合わせるとマルムさんは顔を上げてプルーンさんと顔を合わせた。
「プルーンさん隣の八百屋行くんじゃないんですか?」
「あぁそうだったよ!ごめんね長話させちゃって、アオイちゃんの事頼むよ!」
そう言うとプルーンさんは外に出ていった。
ベルが鳴る扉の隙間にボーッと立っていた夫さんを引っ張っていくプルーンさんが見えた。
それを苦笑いで見送っているとマルムさんに声をかけられる。
振り向いてみると何かを含めた笑顔を浮かべていた
「大変だったねぇ」
「え?」
「そんな若いのにねぇ」
「あ、あの…」
「あぁごめんなさい、昔の自分思い出してね、さぁ品物見ていって」
私に有無も言わせずマルムさんは髪をなびかせ奥へ行った。
マルムさんの言動を理解できないまま私は彼女について行く。
歩いていくと並んでる棚と棚の間に会計のレジみたいな台を見つけた。
やっぱりコンビニみたいだなぁと思いながら台の前に行くとマルムさんは向かい側に立った。
「農業してるんでしょ?服に土埃が付いてるよ」
「あっ、ほんとだ…」
「ふふ、種を買う前に服を買ったらどう?うちは服も取り扱ってるの」
そう言われハッと服を見る。
よく考えればこれは寝る前と変わらないパジャマだった。
その途端今まで人と話した時も自分がこの服を着てたことに恥ずかしさが沸き上がってくる。
それが可笑しかったのかマルムさんはまた笑った。
「プルーンさんや町長さんやこの町の人達は本人の好きにさせるから特に気にしないけど、花の国自体は身だしなみに厳しいんだ」
「そ、そうなんですか…じゃあ、種選んだら服も見ます…」
「うんうん」
ニコニコと笑うマルムさんの顔を直視できないまま私は立ち上がり種のコーナーに向かう。
マルムさんに教えられた棚に行くと恐らく今の季節に植えられる作物の種の袋がずらっと置いてあった。
その中からなんとかブブカを探そうと名前を呟きながら人差し指を滑らせているとマルムさんが後ろから腕を伸ばして取ってくれた。
突然背後に来られて驚いたが取ってくれたことにお礼しなきゃと思いペコリと頭を下げた。
「ブブカ育てるの?」
「はい、小屋にあったんですが途中で切れちゃって…」
「借金してるんでしょ?もうちょっと稼げる作物とか買ったら?その分値段も高くなっちゃうけど」
そう言って色々袋を見せてきたがどれも難しそうで頭を悩ませた。
「あーまずは基本かなぁと思いまして…」
「そっかそっか、まぁでもブブカは三日で育つし練習には丁度良いかな」
「三日!?作物が!!?」
「あれ?知らなかった?」
確かに四ヶ月しかないからそれぐらい短くしないとバランス的にあれだけど…。
だとしてもあまりにもゲーム過ぎて驚いてしまう。
「べっ、勉強します……」
「ゆっくり覚えていこうねぇ」
顔を俯かせるとマルムさんが優しくそう言ってくれた。
因みに服を見せてくれたけどどれも高くて買えなかった、安くしてくれるみたいだったけどそれでもすぐにお金が尽きてしまうから諦めた。
「勿体無いなぁ、アオイちゃん絶対似合うのに」
「いやいや…そんな真っ赤なワンピース似合いませんって」
いつかお金に余裕持てたらな、と思いながら断るとブブカの種の代金だけ払って外に出た。
すると同じタイミングで八百屋から移動したのか精肉屋らしき店からプルーンさん達が現れた。
「アオイちゃん色々買えた?」
「はいお陰さまで…プルーンさんも材料買えましたか?」
「買えたよ!…ん?私名前教えたっけ?」
「あっマルムさんとの会話で聞きました」
「おっ!ちゃんと周りを見てるんだねぇ!ほら、あんたも見習いな!」
ドンッと隣の夫さんに肘をぶつける。
夫婦と知った後にそれを見ればなんとなく痴話喧嘩と言う感じでなんだか微笑ましくなってしまう。
そしてなんとなく父親と、母親を思い出した。
「……」
「あっそうだ、開店前にアオイちゃんに御馳走してあげるよ」
「…えっ、あっ良いんですか?」
「良いの良いの!二人とも食べに来て!」
「え?二人とも…?」
少し冷や汗を垂らして後ろを見る。
しかし何も見えなくてサーッと背筋を凍らすも下に服をぐいぐいと引っ張られた。
ゆっくり足元を見るとでっかい真っ赤な鈴蘭の帽子を被った女の子がじいっとこちらを覗いていた。
「うわっ!」
「えへへ」
「リアちゃんも食べに来るかい?」
「うん、たべる」
その返事と一緒に私の服を再度ぐいぐいと引っ張った。
プルーンさんとその夫さんに連れられてる最中も女の子は私の服にくっついていた。
何度も引っ張ってはきゃっきゃっと笑っている。
「この子は…?」
「リアリスちゃん、マルムちゃんとこの娘だよ」
「えぇっ!?マルムさん結婚してたんですか!?」
「ビックリだよねぇ、私も知らなくてさ」
「あたしもしらない」
リアと呼ばれるリアリスちゃんの言葉を聞いて少し冷や汗を垂らす。
養子かな…この子茶髪と言っても殆ど赤だし、それとも父親がバツイチでその子供とか。
いやいや何考えてんだ私、人の家庭事情なんて知らなくて良いことだ。
そんなことを思いながらリアリスちゃんの方を向くと真ん丸い目を合わせてきてにぃーっと笑った。
「…んー、ねぇリアリスちゃん」
「なに?」
「どうして私の服にくっつくの?」
「あのねぇ、リアのママとにたにおいするからー」
「似た匂い…?」
リアリスちゃんの言葉に首をかしげたその時、「着いたよ!」と声をかけられハッとし夫婦に続いて入っていった。
リアリスちゃんも入ってきて未だに私の服にくっついて来ている。
建物の中はテーブルやイスが無秩序に並んだ広い部屋で上に行ける大きな階段が二つ真ん中を軸にして対照的にあった。
キョロキョロと見回し席につく私をプルーンさんはニコニコと微笑みながら眺めていた。
「じゃ、後は頼んだよ、私は仕事があるから」
「え?」
プルーンさんが料理するんじゃ…?と思いきや、プルーンさんに声をかけられた夫さんが厨房の方へ向かっていた。
そしてプルーンさんは隣の建物に続く扉に入っていった。
「…まさか」
そう呟いた矢先、厨房からシュババっと鳴るはずのない効果音が溢れたかと思いきや扉から裸エプロンの夫さんが料理が乗った木製のトレイを片手に一つずつ運んで来ていた。
あまりの衝撃に声が引っ込んでしまった。
まさか夫さんの方が食堂担当だったなんて。
それに裸エプロンだなんて。
裸エプロンを前の世界ではネットとかで見たことあったけどまさかこの世界でも、しかも実際に見ることになるとは思わなかった。
驚く私とは違いもう一人の客であるリアリスちゃんが驚かず顎をテーブルに置き「まだー?」と言ってるのを見るといつもこうなのだろうか。
夫さんはトレイをテーブルに下ろすと丁寧にその上に並べた。
私の前には何かのステーキのようなもの、リアリスちゃんの前にはほぼ焦げてる大きなパンが並ばれた。
「わーい!いただきまーす!」
リアリスちゃんは満面の笑みを浮かべてパンの両端をつまみがぶりと食らいついた。
頬を膨らまして食べるその様子を夫さんはじっと突っ立って眺めていた。
そして私の方にも目線を差してきた。
(こ、これなんだろ…肉でもないし魚でもないし…いや肉かな?異世界だし…)
そう思いながら、そして夫さんの目線に少し怯えながらも木製のフォークのような食器で小さく切って刺して口に入れた。
すると口内に酸味と甘味が一気にぶわっと広がった。
柔らかい酸味の何かと甘いタレが絶妙に合わさっていた。
そしてなんとなく何かの正体をわかった。
「これ…野菜…?」
「正解」
ずっと喋らなかった夫さんから声が聞こえハッとそちらを見る。
「長時間茹でたブブカをバターで軽く炒めて細かく刻んだマルギネールと果物を合わせて作ったタレをかけたブブカのソテー、ここの定番メニューの一つだ」
先程のすまん以降喋らなかった反動で沢山喋られて少し調子が狂うも図鑑でいかにも固そうに見えたブブカが柔らかいのと果物(あとマルギネール、多分味や語感的に玉ねぎ)でこんな美味しいタレを作れることに驚いた。
私の顔を見るや夫さんは満足そうに腕を組んだ。
「このブブカやマルギネール、タレに使った果物達は全てこの国の農家、君の先輩達が育てたものだ、毎日俺達に美味しい幸せをくれる」
「美味しい、幸せ…」
「お前のブブカもうまく育てば良いな、そしたら俺達に見せてくれ」
そう言うと夫さんは背中を向けて厨房に歩いていった、エプロンとズボンとパンツ以外着てないのか背中は素肌だった。
(流石にタンクトップは着てるだろうと思った私がバカだった…)
「ぐれーぷおじさんのそてーおいしい?」
隣にいたリアリスちゃんにそう聞かれハッとし顔をそちらに向けた
「ぐれーぷさん…って、あの人のこと?」
「うん、しらなかったの?」
「うーんあんま名前聞く気も起きなかったからなぁ、出会いが出会いだから…」
雑踏でぶつかった相手の名前なんて普通知る必要ない、普通は謝って別れる。
なのに今こうしてその人の店でご飯を食べてる、うん、なんでこうなった。
口の隙間にあったブブカの欠片が喉を通っていった。
「ねえねえ、リアもそてーたべたい」
「あっいいよ、はい」
フォークで刺して上げるとリアリスちゃんはあーんと口を大きく開けてブブカの欠片を食べた。
その後むにゅむにゅと頬や口を動かしゴクンと喉に通る音がするとうんうんと頷いた。
「ぐれーぷさんのりょうりはこうでなくちゃ」
「いつも美味しい?」
「そこそこ、ぱんはおいしい」
リアリスちゃんの言葉に私もそこそこの苦笑が漏れる。
リアリスちゃんはまたパンにかぶりついた、でっかいパンは焼き目がついてると言うよりかは焦げている。
「ねえ、それ何?」
「んーこれ?かまどぱん」
「(あれ?パンは普通にパンなんだ…)釜戸パン…って?」
「ここのていばんめにゅー、ぷるーんさんがおみせでつかってるかまどをつかってやいたぱん、おいしい」
「それって…溶鉱炉じゃ?」
「かまどぱんになの」
そう言うとリアリスちゃんはパンをちぎって「はい」と渡してきた。
少し抵抗感を感じるも無下にしてはいけないと私はその黒い物体を手に取る。
見ると中まで真っ黒で、前にネットで見た炭パンを思い出した。
恐る恐る齧ると口の中に鉄や炭の味が広がり吐きそうになる。
吐きたい、けどこれが好きなリアリスちゃんの前でそんなことはできない…!
そう思った私はなんとか一口一口齧っていく、ゆっくり食べるせいで味がさらに伝わってくる。
「(うわぁ~苦い!)んんん…んぅ…」
なんとか食べ終え水で喉に流す。
それを見てるリアリスちゃんは私の顔が面白かったのか笑ってる。
「おいしいよねそれ、てつのあじがして」
「鉄食べたことあるの…?」
「ない」
そう言うとまたケラケラと笑い出した。
するといつの間にか厨房から顔を出していたぐれーぷさんこと夫さんが私のことを信じられなさそうな目で見ていた。
「な、なんですか…」
「いや…お前すごいなって」
「え?」
「それ、リアリスしか食べないんだ、不味くて」
後から聞くとぐれーぷさんことグレイプさんが興味本位で作ったパンを食べたリアリスちゃんが気に入ってしまったらしい。
私は一瞬リアリスちゃんを恨めしく思ったが本人は食べてほしかったのだと思うと複雑な気持ちになった。
ソテーを食べ終えた後グレイプさんとプルーンさんにお礼を言いに行った。
「ありがとうございます、美味しいご飯食べさせてくれて」
「うちの旦那の飯ウマイだろ!私も毎日食ってるお陰で鍛治仕事ができるよ!」
プルーンさんは自分の二の腕を出しパンパンと叩いた。
確かに見た目はふくよかだけど腕の筋肉はすごい、どうなってんだこれ。
隣を見るとリアリスちゃんも真似して腕をパンパンと叩いていた。
「またいつでもおいで、アンタも良いだろ?」
「あぁ、良い野菜待ってる」
「なんだいアンタ催促なんかしちゃってぇ、アオイちゃんが困るだろ?」
「いえ…私、頑張ります」
プルーンさんとグレイプさんが私の顔を見る。
リアリスちゃんも私の服に引っ付きながら顔を見上げていた。
「頑張って育てて、皆に幸せをあげれる農家になるよう頑張ります」
そう言ってペコリと頭を下げその場を後にした。
後ろからちょこちょことリアリスちゃんが引っ付きながら付いてくる感覚を感じ頭を撫でてあげた。
「…アンタ、なんかアオイちゃんに吹き込んだかい?」
「……別に」
そんな会話が聞こえて少しにやけた。
山に帰る前にリアリスちゃんをマルムさんのとこへ送ろうと雑貨屋へ向かう。
その間もリアリスちゃんは私の服を嗅ぐように鼻を動かして引っ付いていた。
「リアリスちゃーん、ちょっと歩きにくいから手繋ごうねー…」
「ねえねえアオイおねえちゃん」
「ん…!?な、なあにー?」
自分より下の子供と触れあったことが殆どない私にとって子供と話すのは本当に苦手だ。
リアリスちゃんのペースに付いていけるか悩み始めるとリアリスちゃんの赤い目が私の顔を射抜く。
「おねえちゃん、いつかふくかうでしょ?」
「え、あー…うん、そうだね」
「じゃあかったらそのふくもらっていい?」
「えっ!?」
衝撃の質問に目を丸くすればリアリスちゃんも真似するように目を丸くした。
その目は早くもおねだりする目になりキラキラと赤い目をこちらに見せた。
(どうしよう…このパジャマお気に入りだしなぁ……)
結構高かったし…とか思っちゃってる間もリアリスちゃんは見てくる。
少し悩んだ挙げ句、「必要なくなったらあげるよ」と言ったらリアリスちゃんは多いに喜んでその場で踊り出した。
その時マルムさんが来てリアリスちゃんを連れていってくれた。
その親子の背中を見つめ少し息を吐いた後私は山に帰っていった。
「ふぅー……」
山を登るのはやはり降りてくるときより長く感じ疲労も感じた。
シロに身体能力を上げてもらったお陰で少し息が荒いだけで済むが前の私なら途中でバタリと息絶えてたであろう。
そう考えると私はマイナスからゼロになっただけじゃ…?なんて思ってしまったが、それは置いといて
「早速買ったブブカの種を植えよう」
そう呟き私は耕した地に種を植えていく。
そしてやっと耕した分植えられた。
達成感と疲労感が身体を支配し私は草原に倒れた。
汚れたワンピースのパジャマが更に汚れる。
「んー…確かに、この世界用の服が必要だな……町に行かなきゃならないし…」
マルムさんの言葉を思い出しながら自分の服に触れ立ち上がる。
種を植えた畑にジョウロで水を注ぎ小屋に帰る。
小屋の中は昼の時片付けなかった本が床を散乱していた。
「あーー…んー、片付けるか」
重い本を二三冊両手で持ち元々置いてあった棚の上に並べていく。
全て並べ終えた後そのままベッドに行こうとしたとき部屋の隅にあったクローゼットが目に入った。
(なんか服とかないかなぁ…まあ勿論使用済みだろうけど、洗えば使えるだろ)
そう思いながらクローゼットの扉の取っ手に手を付け引っ張る。
建て付けが悪い扉は大きい音と埃を飛ばし開いた。
「ごほっ!ごほっごほっ…」
埃があまりにも多くて咳が漏れる。
少し涙目でクローゼットの中を見ると、淡い茶色の麦わら帽子が視界に入る。
そしてその後ろに白いシャツと青色のロングスカートがあるのをわかった。
「…よし、明日からこれを着よう、作業着ってだけだし町には行かないし」
そう呟けば全てから解放された気がしてゆらゆらと身体を揺らしベッドに倒れる。
一気に身体が重くなりもう起き上がれなくなってしまった。
(今日は色んな人に出会ったな…プルーンさんにグレイプさん、そしてマルムさんとリアリスちゃん、これからも色んな人と会うのかな)
そう思いながら穴の空いた天井を見つめる。
作業が長かったせいか、空は既に暗くなっていた。
(農業…始めといてなんだけど私に出来るかな)
そう考えたとき、グレイプさんの言葉を思い出す。
『お前のブブカもうまく育てば良いな、そしたら俺達に見せてくれ』
「…うん、そうだよね、私が育てた野菜が人の幸せになるなら…」
そう呟き拳を穴に、空に向けて挙げる。
「頑張らなきゃ、この世界で」
その後拳をゆっくりと下ろし私は眠りについた。
第二話やっと書けました。
今まで趣味で小説いくつか書いてたんですが一万文字の小説を書いて公開するのは初めてです、いやーすごい書きましたね、ビックリしました。
そして登場人物も多いです、こんなに出といてまだ町長さんこと紫お婆さんの名前明かされないとかあります?
描写とかも色々省略しちゃってますが、まぁ察してください()
こんな感じでほのぼの進んでいきたいね、アオイの庭園。(全然庭園みたいな優雅なもんじゃないけど)
あと名前明かされないときプルーンさん女の人って描写してますけど十分おばさんです、先に見た紫お婆さんの方があまりにもお婆さんだったからアオイにとってマシに見えてるだけです。(錯覚)
次回、紫お婆さんの名前が明かされる!?お楽しみに。