第一話 幸福
「やぁやぁ、調子はどう?」
男か女かわからない声が脳に響く。
ゆっくりと目を開けてみれば目の前に声のように中性的な見た目ののっぽな人が顔を覗かせていた。
服装は白い布と金属のアクセサリーだけが付いたもので肌や骨格がくっきり見えるもののそれでも男か女かわからなかった。
「もう、僕ばっか見てないで周りも見てよね」
頬を膨らまし白い服の人はそう言った。
言われるがままに私は辺りを見回した。
するとお気に入りの素朴なベッドで寝てたはずの私は天蓋付の高級そうなベッドで眠っていて薄い布越しに見えるのは白い空間にポツンとオシャレなカフェに置いてるようなテーブルと椅子だけだった。
「驚いた?」
白い服の人は起き上がった私の顔を覗いてはニヤニヤ笑っていた。
反応を見るに私の顔は相当驚いていたらしい。
でも実際驚いてる、寝る前まで家にいた筈なのに…まさか
「あっ!言っとくけど誘拐とかじゃないからね」
私が思い付いたことを白い服の人はそう指摘した。
まるで心を読まれてるようで少し嫌な感じだ。
白い服の人は少し顎に手を置き考える素振りをしてる間、私は体をベッドの外に出した。
天蓋を捲ってもやはり景色は変わらず白い床が無限に続いていた。
ベッドから出た私を見ると白い服の人は私の手を掴んだ。
そして私が何か言う前に引っ張り椅子に座らせた。
それは冷たくてあまり座り心地が良いものじゃなかった。
白い服の人はそんな私の様子を見ながら向かい側の椅子に座り私の顔を見始める。
「その顔を見るに緊張してるね~」
「緊張と言うか…」
「あっ、やっと喋ってくれた」
私が言い終える前に相手は勝手に喋り笑顔を浮かべる。
完全に自分のペースに乗らせてるように見え気分が悪かった。
「あーごめんごめん、そういや名乗ってなかったね、と言っても僕に決まった名前は…んー、君名前付けてくれない?」
「え?」
「普段名前なんて必要ないからね、その時の相手の呼びやすい名前でいっかなって」
意味がわからない事を言われ私は再度戸惑った。
その顔を見て白い服の人はまた愉快そうに笑顔を浮かべた。
それを見ているのは辛かったから目を反らしながら適当に考えた名前を上げた。
「シロ…とか?」
「なんか子犬みたいだね、可愛いから良いよ」
そう言うとシロは何か取り出した。
それは私の両腕でも包みきれないほど分厚く大きな本だった。
シロはそれのページをペラペラと捲りながら私に話し出した。
「君、ラノベとか読む?」
「…あーいや、私小説読むの苦手で…」
「そうだよねー、ゲームばっかやってて本もテレビも見ないんだから」
シロのその言葉にドキリと心臓が鳴った。
確かに家にいるときもっぱらゲームばっかしてて、ここに来る前もベッドの上でずっとゲーム機をいじっていた。
まるで今まで行動を見ていたと言うようなシロの一言に戸惑いを隠せずにいるとシロがあるページに目を留めた。
「あったあった、はい」
シロは本をテーブルの上に広げた。
それに目をやると世界地図のような絵が目に入った。
しかしそれは私が今まで見てきた世界地図とは違かった。
「あの…これって…?」
「今から君はここに住んでもらいまーす!」
戸惑う私をそっち退けでシロがそう腕を広げて言うと静かだった空間の至るところからクラッカーが鳴り響きリボンを舞わせた。
そして私の上から大量の紙吹雪が降り注いだ。
紙吹雪に埋もれそうになり私はすぐに掻き分けてシロと目を合わせる。
「な、なに…?」
「んー?異世界転生って知らない?」
異世界転生、それは聞いたことある。
そう言う系の本を読んだことはないけど良くも悪くもネットで流行ってる小説のジャンルと言うのは知っていた。
「まさか…私がそれをしたって事…?」
「なになに?あんま嬉しくない感じ?」
「……」
シロにそう聞かれ言葉が詰まる。
戸惑ってはいる、だが嬉しくないと言われたら嘘になってしまう気がした。
つまらない学校に通って、言動で人に笑われ、家に帰れば父親に怒鳴られる。
今だって目覚めたのが自分の部屋だったら嫌いな学校に行かなきゃならない。
シロの話を断ればまたその世界に帰る気がした。
「…いや」
「そっかそっか!じゃあ良いんだ!それじゃ今からこの世界の話するからちゃんと聞くんだよ?」
そう言うとシロは丁寧且つ素早く説明し出した。
私が今行こうとしてる世界の名前は"ナチュリオン"
剣士も魔法使いもいるゲームのような世界らしく聞いてる間少し興奮してしまったが何とか落ち着かせシロの話を聞く。
このナチュリオンと言う世界は五人の王がいて一人ずつ一つの領土を治めている。
炎の国、水の国、風の国、雷の国、花の国と五つの大国がある中所々小さな国や村などがあるらしい。
私は花の国にある山で暮らしてもらうと言われた。
「山なんですか?町とかじゃなくて…」
「町はどこも住民埋まってるからね~、それに君にとっても山の方が都合が良いと思うんだ」
首をかしげた私にシロは本と同じところから何か取り出した。
それはクワとジョウロだった。
ジョウロは昔家族とやった家庭菜園で触ったことがあったがクワは実際に見るのは初めてだった。
シロは私に二つを手渡した。
「あ、あのこれって…」
「君好きだったでしょ?ゲーム」
「そうだと思うなら杖とか剣とかだと思うんですけど…」
「君が好きなゲームは必ずしもバトルではなかったはずだけどなぁ」
そう言われたとき、私はハッと思い出す。
そうだった、私が寝る前にもやっていた大好きなゲームは…農業のゲームだった。
無限に広がる草原の上とボロい家をもらって、土をクワで耕して、その上に種を蒔いて水を上げて、収穫しては町に売る。
単純作業の繰り返しだったが楽しかったしそれ以外でも牧場や釣りやお祭りや町の人の交流も楽しかった。
「そんな君にとっても都合が良い世界なんだなここは、なんとこの世界もそのゲームと同じく一年が四ヶ月なんだ」
「えっ、すごい短い…」
「そうだよねー、楽しいことばっかだからすぐに過ぎちゃうかもねぇ」
ヘラヘラと笑ってるシロはそう話すと真っ白な表紙の本を渡してきた。
「僕が話したことや他の大事なことはそこに書いてあるからあっちの世界でも役立ててね」
「あっ、はい」
「他に何か質問はある?」
シロの言葉を聞き少し考えたあと、いくつか思い浮かんだことを聞こうと思った。
「どうして世界に名前があるんですか?」
「僕や僕の仲間がそう名前つけてるだけだよ、他にも色んな世界があるし区別させた方がいいだろ?あと仲間がそこの住民にそう教えたから神話とか見ればナチュリオンって名前はよく書かれてるし住民に聞いてもちゃんと伝わるよ」
「貴方は何者なんですか?他に貴方みたいな人がいるんですか?」
「もーそんな敬語使わなくて良いのに~、うーん僕が何者かか…まあ君達がよく本とかフィクションで見る神ってことで良いよ、他の仲間もそうだ、でもここには僕と君しかいないから安心してね」
二つ質問して、三つ目の質問をするとき多分私の顔はにやけてたんだと思う。
少し顔を前に出してシロに近づきこう聞いた。
「…魔法とか、使えるようになれますか?」
「…勿論」
私に合わせてシロも顔を近づけてニヤリとそう返した。
すると私の心に火が付き俄然行きたくなった。
最初は元の生活を離れると言うことに抵抗を感じたがよくよく考えればこれは夢の中なんだ。
だって転生って普通あり得ないし、第一私は死んでいない。
だからきっと全部夢なんだ、夢なら楽しまなきゃ損だ。
そんな現実逃避に近い考えを抱きながら私はシロに「その世界に行きたい」と伝えた。
「今から君が行く山には捨てられた小屋と農場があるからそこで暮らしてもらうよ、あと力仕事出来るようにある程度力は強くさせてあげるから、サービスだよー?」
シロがそう話したとき、私の身体が光に包まれた。
これはテレポートのようなものだろうか?
何にしろワクワクしてきた。
本当に夢なら覚めないでほしい。
そう思ったとき、視界が完全に真っ白になり意識を落とした。
目が覚めると肌にわさわさと何かが擦れる感覚がする。
流石に二度目の目覚めはすぐに目が冴えて身体を動かしすぐに立ち上がった。
すると私の腕と腰の隙間に暖かい風が吹き抜いた。
靡く前髪の隙間に見えたのは、桃色に包まれた森と緑の草原だった。
桜よりも色鮮やかなその花達は風に花びらを乗せゆらゆらと揺れていた。
草原も今までいた世界では見れないほど鮮やかな緑でここが異世界の地だと知らせてるようだった。
「はは…こんな良い夢見れたの、久しぶりかも」
そんなことを呟いたとき視界が歪み草原に立つ素足に雫がこぼれた。
気付けば私は泣いていた。
今まで泣いたのは悲しいときだった、なのに今悲しくなんてない。
「嬉し涙って…本当にあるんだ」
なに考えてんだろ私、ここは夢なのに
次意識がなくなって起きるときはあの息苦しい世界なのに。
鼓動の音が脳にまで響いた、泣いてしまったせいで少し頭がぐわんぐわん揺れる。
少し休もうにも服はワンピース型のパジャマでズボン履いてないし草原で寝るのもどうかと思ったから近くに見えた小屋に入った。
小屋は昔から放っておかれたみたいで埃が溜まっていたり床の板が軋んでいた。
それでも構わない、と私は隅にあったベッドに身体を横たわらせた。
置かれてたゴワゴワした毛を使った布は触り心地が悪かったものの身体を休めるならなんでも良かった。
ベッドに寝そべり上を見上げると天井に穴が開いていた。
まるで石が落ちてきて開いたようなその穴から元いた世界と変わらない青空が見えた。
(眠ったらすぐ起きちゃいそうだし、横になるだけにしよ…)
そう思いながら横になると、眠たくなりうとうとしだした。
ダメだダメだ…でも、眠気が…。
気付けば私は意識が落ちようとしていた…と、その時
扉からバァーンッ!と音が響き私の眠気は一気に飛んだ。
音がした方を見ると頭にでっかい紫色のチューリップハット(元いた世界にあったのよりもチューリップっぽい)を被り落ち着いた青色の下が繭みたいに膨らんだワンピースを着た恰幅の良いお婆さんがいた。
ドレスの裾には紫色のアネモネのような刺繍があしらわれていた。
お婆さんはチューリップハットの下に見える鋭い眼光を私に向けてきた。
対する私はすぐに身体を縮み込ませてしまい触り心地が悪い布を抱きしめ震えてしまっていた。
(えっえっ、シロはここを捨てられた土地って言ってたけど…もしかして帰ってきた持ち主とか!?)
気付けば先程引っ込んだ涙も流れかけていた。
涙目の私を睨むお婆さんの目はいつの間にか呆れになっていた。
「アンタ、よそ者かい?その服は花の国のもんじゃないだろう」
お婆さんにそう言われなんと返そうか悩み出す。
私はこことは別の世界から転生してきました!なんて言って良いのだろうか。
ここが夢の世界だとしても、こんな怖いお婆さん相手にそんなこと言えない。
心臓がバクバクと鳴り出したとき、お婆さんはハァとため息を吐きいきなり私の腕を掴んだ。
「へっ!?」
思わずそう声を上げるも束の間、お婆さんは私の身体を持ち上げ背負い投げの勢いで小屋の外に投げ出した。
開いていた扉から身体が飛び出し草原をごろごろと転がった。
ぼうぼうと生えた雑草達がクッションになるも普通に痛い。
「いたた…」
あまりの痛さに涙すら引っ込み頭を抱える。
するとお婆さんは小屋から出てきて再度私の顔を睨んだ。
その手には一枚の紙が握られていた。
「私の許可無しにここで農業しようなんて良い度胸してるじゃない、しかも違法で」
そう言うと私の前に紙を突きつけてきた。
それは権利書のようなもので、私の名前とこの山の所有権利とかが書かれていた。
紙の下に見える四角は判子、いやここの世界観的に多分手印とかだろうけど
とりあえずそう言う証を付けるための項目らしいがそこには何も書かれてなかった、サインもない。
それを見ると私は一気に冷や汗が垂れ出した。
てっきりこういう難しいことはシロが全てやってくれると甘い考えを持っていたから。
しかし実際シロがしてくれたのは私に色々渡してこの世界に送っただけ
しかも違法で権利書なんか置いちゃって、まるで私に荷を持たせるようだった。
「まぁアンタまだ若いみたいだしさ、今回のところは見逃してやるわよ、但し」
更に顔を近づけてくる。
花を使った香水の匂いが思ったよりキツく鼻をつまみたかった。
「この山に住むのはダメよ、ここはれっきとした売地なんだから」
そう言うとお婆さんは私に背中を向け山を降りていこうとしていた。
それを見ている私の顔には表れてないだろうが頭の中は突然のパニックを処理できずこんがらがっていた。
ここに住めないなら私はどうすれば良いの??
きっとシロは私の国籍とかも作ってない、すると私はどこにも受け入れてもらえない。
きっとどこかで野垂れ死んでしまう
そんなの…絶対に嫌だ。
やっと見つけられたんだ、私の夢。
私は拳を握り勇気を振り絞ってお婆さんに向いた。
「まっ、待ってくださいッ!」
私の声が届いたのか、お婆さんは歩みを止めた。
私は精一杯自分の思いをぶつけようと息を吸い叫ぶ勢いで大きな声をあげた。
「私!ここ以外に行く場所が無いんです!!頑張って働きますから!!この山を買えるぐらい働きますから!!お願いします!!ここにいさせてください!!!」
息切れしてぜえはあと荒い息が漏れる
俯いてもお婆さんの大きな背中を視界に入った。
お婆さんは私の言葉を聞いたあと何も言わずにこちらへ向き近づいてきた。
そして私の顔を見つめる。
暗く青い目が私の顔を射止める。
私の体は固まってしまっていて震えるぐらいしか出来なかった。
しかし目は瞬きせず真っ直ぐお婆さんの方を向いた。
そうしないと私の思いが伝わないと思ったから。
するとお婆さんはふんと鼻を鳴らし肩に細い紐でかけてた鞄から先程小屋から持っていった紙と万年筆のようなオシャレなペンを取り出しサラサラと何か書いていく。
そしてそれを私にぐいっと押し付けた。
「ほら、それに名前書きな」
「え…?」
そう言われ咄嗟に紙を見る。
先程の内容にお婆さんが書いたであろう赤い文章が付け加えられていた。
『条件:春の間に100ゴールド利益を出して国に貢献すること』
「…え?100……?」
ゲームでもゴールドって通貨がよく使われてるけど、山を貰う条件がこれってあまりにも簡単すぎないか?
(いやいや…そう言う常識とか私がいた世界とは違うだろうし、もしかしたら円高とかでお金が入りにくかったりとか…)
そんな悶々と悩んでる私の顔がよっぽどバカらしかったのかお婆さんは呆れたようにため息を吐いた。
「アンタ、まさか文字もわかんないのかい?」
そう言うと私から紙を取り上げ再度書いていく。
そしてバッと私に押し出した。
見てみると先程の文章はバッテンを付けられていて大きな新しい文章が綴られていた。
『春の間に1000000カッパー稼げ!!』
「え…?1…10…100……ひゃ、百万!?なんで!?」
思わず驚いて文字に負けないぐらい大きな声を出してしまった。
一瞬お婆さんの機嫌を損ねてしまったせいで値上がりしたのかと思ったが、よく見ればゴールドからカッパーに変わったのを見るとそこに理由があるとわかった。
カッパーを一円玉だとしたらゴールドは一万円札って所だろう。
そうやってなんとなく納得してるとお婆さんも顔を見て察したのか「そう言うこと」と一言告げた。
「ほら、さっきのが口だけじゃないこと今から証明して見せなさいよ」
お婆さんの鋭い眼光が再度私を貫く
脅されたような感じがして「は、はいぃ…」と返事した、我ながらへなちょこな声だった。
お婆さんからペンを受け取り手を震わしながら自分の名前を書いた。
『日向 葵』
「か、書きました…」
なんとか書いて渡すとお婆さんは突き飛ばすようにパシッと雑に受け取る。
そして私の名前をじっと見て少し首をかしげさせるも深く頷き受け取った。
「ちゃんと働きなさいよ、ほら、これから膨らましなさい」
そう言って私に袋を渡す、中からチャリと小銭が擦れる音がした。
「あ、ありがとうございます!!」
なんとか息を吸い声を張り上げ精一杯頭を下げる。
すると顔は見えなかったけどお婆さんの「ふん」と鼻を鳴らすのと草原を踏んでいき山を下っていく音が伝わった。
次頭を上げた頃にはいなくなっていた
その途端体を縛りつけていたものがなくなり私はその場に膝付いた。
心臓は未だにバクバクと脈動している。
「期限は春の間…つまり…」
シロの言葉を思い出す。
"なんとこの世界もそのゲームと同じく一年が四ヶ月なんだ"
"君にとっても都合が良い世界なんだなここは"
…一年で四ヶ月ってことは、春なんて一ヶ月だけじゃん…。
「何が都合が良い世界だよ……」
現実世界と変わらない空を見つめながら私はそう思った。
そして落ち着かせるように脈動する胸の部分に触れた。
「…もしかして、これ夢じゃないんじゃ…」
そんな良からぬ考えが口から漏れていた。
はい、作者の飯田今日子です。
以前から王道ファンタジーものを書きたくてずっと考えてたこの作品をやっと形にして出せたのとても嬉しいです。
一話はひたすら設定を詰め込もうとしたものの全然書けてないので所々意味不明な部分がありますがそれは二話でなんとか補完しようと思います。
殆ど自己満で作ってますが気に入ってくだされば嬉しいです。
あと農業ゲームは皆さんが想像してるもので大丈夫です。
ちなみに私は◯ーンファ◯トリーとかス◯デュー◯レーを考えてました。
何卒、よろしくお願いします。