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09 推しを遠くから見守りたい3

 フィリーネとアメリアが屋敷へ向かっていると蝶々を追いかけていたカミルが走って戻ってきたが、なぜか口をもぐもぐさせていることについては二人とも深く考えないことにした。


(野生の本能だものね……)



 フィリーネの部屋は玄関ホールの階段を右に上った側にある。フォルクハルトの部屋は左側の階段なので、普段生活する中で二人が出くわさないようにされている。


 彼女に与えられた部屋は驚くほど豪華で、引っ越した日のフィリーネは誰かの部屋と間違えたのではと思ったほどだ。

 前世の言葉でいうとロココ調の家具で統一されており、白く塗装された家具はレリーフの部分だけが金色で、ファブリックは水色で統一されている。

 壁と床は玄関ホールと同じく白い大理石でできており、初めて部屋へ入った時のフィリーネはあまりに寒々しい色合いだったのでくしゃみをしてしまった。

 まさに氷の魔導士に相応しい屋敷となっているが、これから夏に向けて涼しく過ごせそうだと彼女は期待をしている。


 部屋へ入ったフィリーネとメイドと犬。

 アメリアがお茶の用意をしている間に、フィリーネは工作の準備をした。カミルは仕事がないと思ったのか、ソファー横の床で丸くなる。どうやらお昼寝をするようだ。


「アメリアには、私が書いたとおりに色画用紙を切り抜いてほしいの」


 フィリーネは青い色画用紙に、拳くらいの大きさがある太い文字の輪郭を書いてアメリアに渡した。


「かしこまりました!フォル様と書いてありますね。これでフォル様推しとわかるわけですね?」

「そうなの。けれど、フォル様に『推し』と書いて見せても伝わらないと思うの。他の言葉を考えなければ」


 色画用紙を眺めつつ少し考えたフィリーネは、赤い色画用紙を手に取って文字を書き始めた。


「だっ……『大好き』ですか。フィリーネ様は意外と大胆なんですね」


 赤い画用紙を受け取ったアメリアは、少し頬を染めながら書かれた文字を見つめた。


 この世界の女性は奥ゆかしいので、人前で堂々と好きだと宣言したりしない。けれどフィリーネにとっては、あくまで推しに対する応援の言葉であって、推しのことが大好きなのは皆当然だという認識でいる。


「推しには、ひたすら愛を注がなければならないの。本当は大好きなんて言葉で片付けられるものではないのよ。例えジャンルが廃れようとも完結してしまったとしても、私はフォル様推しを辞めないわっ」


 改めて固く決意しているフィリーネに対して、世間一般の考えとずれていると指摘するのは止めておこうとアメリアは思った。

 屋敷内だけのことなら問題ないし、何よりアメリアはフォルクハルトの反応を見たくて仕方ない。

 他の使用人にも知らせておかなければと、フィリーネとは違う決意を固めたのだった。



 文字が全て切り抜かれると、フィリーネは次に白い画用紙にそれらを貼りつけてから、文字より一センチほど外側に輪郭を書いた。それを再びアメリアに切り抜いてもらう。


「何だか文字が目立って見えますね?」

「これは白抜きって言うのよ。最終的に黒いうちわに貼りつけたいので、黒に青では目立たないでしょう?間に白を挿むと遠くからでも読みやすいのよ」


 できあがった白抜き文字を、フィリーネは厚紙の上に乗せた。文字が収まるようにしながらうちわ型に線を引くと、それをアメリアに切り抜いてもらい黒い色画用紙も同じ大きさに切り抜いてもらった。

 切り抜いた厚紙と黒い色画用紙を貼り合わせ、黒い面に文字を貼りつけたらうちわ部分は完成だ。


「ふふ、どうかしら?」

「素晴らしいです!玄関ホールの吹き抜けから見えるか、確認してみましょう!」


 いそいそと部屋を出るフィリーネとメイドに気がついたカミルは、よくわからないけれど取り合えずついていく。


 フィリーネが二階の吹き抜けからうちわを持ち、アメリアが一階の玄関ホールからうちわを見上げた。


「はっきりと見えますよー!大成功です、フィリーネ様っ!」

「良かったわ」


 喜んでいる二人を見てカミルは「わおん?」と首を傾げた。


「見てカミル。取っ手はまだだけれど、うちわの部分が完成したのよ」


 にっこり微笑みながらフィリーネが見せてくれたうちわを見て、カミルは固まった。


「わっ……わぉん……」

「あら、カミルにはわからなかったかしら?フォル様大好きって書いてあるのよ」


 そんなことはない。カミルはフォルクハルトから文字を習ったので、難しくない単語なら読めるのだ。

 そのうえでショックを受けているのだが、フィリーネには知る由もない。


 カミルの様子がおかしいのでフィリーネがどうしたのかと思っていると、玄関ホールから「からんっ!」と何かが落ちる音がしたので、そちらに視線を向けてみた。


(取っ手部分ができあがったのね)


 護衛のハンスは完成した木材をフィリーネの元へ届けにきたのだが、彼女が手に持っているうちわの文字を読んで、彼もまたショックを受けて木材を落としてしまったのだ。

 フィリーネがフォルクハルトに対して好意を寄せていることは、彼も薄々気がついていた。

 けれど離婚が決まっているので、フォルクハルトにその気はないと思っている。

 離婚後は自分にもチャンスがあるはずだと自分を慰めてから、ハンスは笑顔を作った。


「フィリーネ様!木材をカットし終えました!」


 フィリーネは声を出さずにうなずいた。

 実家ではよく下の階に向けて大声を出していたが、侯爵家の夫人がすることではないと理解している。おかしな言動が増えたフィリーネだが、その辺りの常識は元のままのようだ。



 二階まで上がってきたハンスにお礼を言ってから、フィリーネとメイドと犬はフィリーネの部屋へ戻った。男性使用人は基本的に女性の部屋へ入れないので、ハンスの手伝いはここで終了だ。


 ソファーに座ったフィリーネは、早速木材とうちわを貼り合わせた。

 ハンスが渡してくれた木材は、取っ手として安全に使えるよう綺麗にヤスリまでかけられていた。

 庭師ジムが気合を入れただけのことはある素晴らしい出来栄えとなっている。


「やっと完成しましたね。おめでとうございます、フィリーネ様!」

「皆のおかげで素晴らしいファンサうちわができたわ。アメリア、カミル手伝ってくれてありがとう」


 棒がついたキャンディーのような状態のうちわなので扇ぐには強度不足だけれど、フィリーネにとってうちわはファンサービスを受けるために使うものなので問題ないようだ。


「こちらはいつ使われるんですか?」

「フォル様次第ね。遅く帰られる日は疲れているでしょうからご迷惑だと思うし、朝からお付き合いいただくのも申し訳ないわ」


 なるべくフォルクハルトの迷惑にならないようなタイミングということで、彼が早く帰ってくる日にチャレンジすることとなった。


 やっとフォル様推しだと本人に告げられる準備が整ったことに胸の高鳴りを感じているフィリーネを見て、成り行きを見守っていたカミルがすり寄ってきた。


「わわわん、わわ、わわ~ん」


 うちわを見ながら、何かを訴えているカミル。


「カミルの分も作ってほしいのかしら?」

「わんっ!」

「ふふ、そうよね。カミルはオタ活仲間だもの一緒にファンサうちわを振りましょう」


 フィリーネは続いて、カミル用のファンサうちわ作りに取りかかった。

 犬が咥えて使えるように横向きにするという親切設計でうちわが作られたのだが、完成したファンサうちわを見たカミルはまたも固まってしまった。


 うちわに書かれていた文字は『フォル様愛してる』。

 本人としてはカミル推しのうちわをフィリーネに使って欲しかったのだが、残念ながらそれは伝わらなかったようだ。

 けれど、せっかくフィリーネが作ってくれたファンサうちわなので、カミルはそれを咥えて喜ぶように部屋の中を駆け回った。

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◆作者ページ◆

~短編~

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