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06 妻との出会いは必然に3

 その後、フィリーネは健気にもフォルクハルトとの交流を持とうと試みたが、全てを拒否された彼女は次第に表情が暗くなり、ついにはフォルクハルトの前に姿を見せなくなった。


 そして久しぶりに顔を合わせたのが今朝で、あの涙だった。


 一日中、その光景が脳裏に焼き付いたまま仕事を終えたフォルクハルトは、屋敷へ戻ると疲れた様子で書斎のソファに腰を下ろした。


「本日の手紙は五通でございます」


 執事長から報告を受け返事を出す指示を出した後、執事長は懐からもう一通の手紙を出したのでフォルクハルトは眉をひそめた。


「こちらはフィリーネ様からでございます。返事は必要ないとのことでした」

「…………」


 どうせ恨みでも綴ってあるのだろうと思ったフォルクハルトは、差し出された手紙を受け取らなかった。

 困った執事長は、彼の書斎机の上にあるレタートレーにその手紙を載せた。


 けれど、フィリーネからの手紙はそれから毎日フォルクハルトの元へ届けられるようになった。


 頑なにそれを読もうとしなかった彼だったが、ある日書斎机で頬杖をつきながらため息をついた。

 日に日に増えていく手紙を数えて見たら二十通もあったのだ。

 さすがにこれだけ溜まれば手紙を処理せざるを得ない。憂鬱な気分で手紙の山を眺めていた。


 一通読んで本当に恨みが綴られていたならまとめて捨てようと思い、レタートレーに積みあがっている一番上の手紙を手に取ったフォルクハルトだったが、封筒の中に入っている便せんを開いて目を見張った。


『暑い季節になってきましたが、無理をなさらずお仕事に励んでください』


 一言しか書かれていない手紙は、自分を気遣うものだったのだ。

 予想とは大きく外れた内容に驚き他の手紙も開いた彼は、額に手を当ててため息をつかずにはいられなかった。


『夜遅くまでお疲れ様です。体調を整えるためにもごゆっくりお休みください』


『凶悪な魔獣を討伐されたと聞きました。国民のために戦うフォルクハルト様は素敵です』


『雨の日が続いておりますがご体調はいかがでしょうか?明日の休日はゆっくりお過ごしください』


 どれも自分を気遣う内容ばかりで、恨むような内容は一切書かれていなかったのだ。


 今までひどい対応しかしてこなかった夫に対して、それでも彼女は俺を想ってくれるのか。

 妙に胸が高鳴るのを感じながら夢中で手紙を読み続けたが、最後の手紙を開いて読んだ瞬間、彼の手は固まった。


『今までご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした。これからはフォルクハルト様のご活躍を見守らせていただきます』


 手紙は毎日トレーに積み重ねられていたので、この手紙はフィリーネが涙を流した日に書かれたものだろう。

 あの後の彼女にどのような心境の変化があったのかフォルクハルトには知る術もないが、今までは妻として自分と交流を持とうとしていた彼女が一歩引いたように思えて、身勝手な考えではあるが彼は少し寂しさを覚えた。

 初めにこの手紙を読んだのならそうは思わなかったのだろうが、十九通も自分を思いやる手紙を読んだ後だ。

 勝手にショックを受けている自分には、自嘲するしかなかった。


 これも身勝手に彼女を巻き込んだ罰だと思いながらも手紙を処分する気になれなかったフォルクハルトは、丁寧に手紙をまとめて引き出しに保管した。






 翌朝、いつものように屋敷まで迎えに来たライマーと共に玄関へ向かったフォルクハルトだったが、玄関ホールでライマーが立ち止まったことに気がつき、振り返って彼に視線を向けた。


「何をしているんだ?」

「あっ、フィーに手を振っていたんです。最近、毎朝見送ってくれるんですよぉ~!」


 嬉しそうな表情で手を振り続けているライマーにつられて、フォルクハルトも吹き抜けの二階部分へ視線を上げた。

 そこにはフォルクハルトのペットである大型犬のカミルと共に、フィリーネが控えめにこちらへ手を振っていた。


 彼女が涙を流して以来顔を合わせていなかったので穏やかな表情のフィリーネにホッとしつつも愛犬の姿もまた、見るのは久しぶりだった。

 元々自由奔放なカミルだったが、それにしても自分の元へ来る機会が減ったと思っていたら、いつのまにかフィリーネに懐いていたようだ。

 一日中屋敷で過ごしている彼女に懐くのは普通の犬ならば必然的なのかもしれないが、今までカミルは特定の使用人に懐いたことがなかったので、その事実にフォルクハルトは軽く衝撃を受けた。


 そして飼い主の表情を見とめたカミルは、これ見よがしにフィリーネの腰に頭を擦りつけて甘え出す。

 毛足が長くもっさりとした印象なので、犬というより巨大な毛玉がまとわりついているような状態だ。


「あはっ、カミルはフィーを気に入ったみたいですね!」

「……行くぞ」

「あれ?フォルク様は手を振らないんですか?」

「……振るわけないだろ」


 わかっていて聞いてくる従者と飼い主の意に反した行動を取っている愛犬にイライラしながら、フォルクハルトは玄関のドアへ向かった。


 なぜこんなにもイライラするのか。その答えに彼がたどり着くはまだ先の話になる。

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◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

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~長編~

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