05 妻との出会いは必然に2
王都の大聖堂内にある控え室に、フォルクハルトとライマーその他もろもろが到着してからしばらく。
クラウスは息を切らせながら、娘のフィリーネを連れて控え室へ入ってきた。
フィリーネはウェディングドレスの代わりなのか真っ白いワンピースを身にまとい、生花を一輪髪の毛に挿していた。
ライマーの情報通り、透き通るような白銀の髪の毛は僅かばかり水色に染まっており、瞳はフォルクハルトと同じ深い青。日焼けなどしたことがないのかと思えるほど肌は白く、まるで雪の結晶のように美しい女性だとフォルクハルトは思った。
そんな彼女の頬だけが、少し赤く染まっている。
その赤さは、急いでこちらへ向かったためなのか、それともフォルクハルトを目にしたからなのか。
その答えを知っているライマーは、少し離れた位置から複雑な気分で二人を見守っていた。
「お初にお目にかかります、フォルクハルト様。デッセル家の長女、フィリーネでございます。この度は、私を見初めてくださり嬉しく思います」
見事なカーテシーと共に花が咲くように微笑んだ彼女を見て、フォルクハルトの鼓動は高鳴った。
貧乏男爵家の娘は貴族に嫁ぐための持参金もないと聞いていたが、彼女は持参金など無くとも欲しいと思う貴族はいくらでもいるはずだと彼は悟った。
けれど彼女の見た目を目的とした婚姻をさせなかったのは、彼女がデッセル家で大切に育てられてきたからだろう。
貴族なら誰でも良いと考える親ではなかったのだ。
そんな彼女を自分の都合で巻き込むことに、フォルクハルトの心はずきりと痛んだ。
しかしこの件はすでに決定事項で、相手側も一応は納得している。
離婚の際に多額の慰謝料を支払えば彼女は持参金を得る事ができるし、離婚経験者ならばライマーも彼女に求婚できる。全てが丸く収まるはずだ。
「式を始めるぞ。ついてこい」
自分に言い聞かせるように考えをまとめたフォルクハルトは、フィリーネをエスコートすることもせずに控え室を出た。
簡易的におこなうとフィリーネに告げたフォルクハルトは、親子での入場を省いて直接自分の隣に彼女を立たせた。
司祭が聖書を読み上げようとしたので、それも止めた。
「結婚証明書にサインするだけで良い」
困惑した表情の司祭が結婚証明書を用意させている間に、フォルクハルトは隣にいるフィリーネに視線を向けたが、彼女もまた困惑した表情で成り行きを見守っていた。
一年後には離婚する相手と、正式な結婚式を挙げるつもりはない。
そのほうが彼女のためであり、この結婚を見守るライマーのためでもある。
そう思いながらも、彼女の沈んでいく表情を見るのが耐えられなくて、フォルクハルトは視線を逸らした。
「一緒に住むつもりがあるのなら、屋敷へ来い。引っ越し作業はうちの使用人にさせる」
「……はいっ!」
事務的に式を終了させてから彼女にそう伝えると、フィリーネは思いのほか嬉しそうに返事をしたので、そこでもフォルクハルトの心は締め付けられた。
その日は結婚の件に時間を取られてしまったので、フォルクハルトが屋敷へ戻ったのは日付も変わりそうな時刻だった。
「フォルク様、く・れ・ぐ・れ・も!フィーに手を出さないでくださいよ!」
「一年で離婚する相手に、手を出すわけないだろ。さっさと帰れ」
しつこいとばかりに手を上げて御者に馬車のドアを閉めるよう合図を送ったフォルクハルトは、そのままライマーを見送ることもせずに屋敷の玄関へと向かった。
式の直後からフィリーネの扱いについて細々と注意事項を並べ立てていたライマーだったが、そもそも交流を持つつもりがないフォルクハルトは半分もそれを聞いていなかった。
「お帰りなさいませ、フォルクハルト様」
深夜でも執事長が出迎えてくれるのはいつものことだが、彼の後ろにはメイドに付き添われているフィリーネが微笑みを浮かべていた。
彼女が深夜まで自分の帰りを待っていたことに、フォルクハルトは少し驚きを感じた。
フィリーネの引っ越し作業を終えたと執事長から報告を受けると、続いてフィリーネが嬉しそうな顔で一歩前に出た。
「ふつつか者ではありますが、これからどうぞよろしくお願いいたします。フォルクハルト様の妻に相応しくなれるよう、精一杯努力してまいりたいと思います」
彼女の決意にフォルクハルトは眉をひそめた。
「……必要ない」
「え……?」
「俺達は一年後には離婚する関係だ。その間、お前に妻として望むのは国王陛下が出席する場で俺に付き添ってもらうくらいだ。後は俺に構うな」
『陛下の憂いを晴らすために、一年間だけでいいから陛下の前で夫婦を演じろ』
それがフォルクハルトが上司から受けた命令だ。その後は離婚しても構わないと。
離婚後は、フォルクハルトに結婚は向かなかったのだと、上司が陛下に弁解してくれる予定になっている。
王宮魔導士は上下関係が厳しく、例え最高位魔導士であっても上司の命令には逆らえない。
それでも将来の幹部候補であるフォルクハルトに対して、上司は離婚という譲歩を見せてくれたので、フォルクハルトは渋々ではあったが上司の配慮に感謝し、その命令を受けた。
そして、この機にライマーの境遇も改善できればと上司に提案し、フィリーネが選出された。
「離婚……」
そのはずだったが、そう呟いたフィリーネは青ざめた表情で口元を華奢な手で押さえた。
そういう契約のはずなのになぜそんな表情をするのだと顔を曇らせたフォルクハルトだったが、彼女に対して罪悪感ばかりを感じていた理由に彼はやっとたどり着いた。
デッセル家には事前に話が通されているとばかり思っていたが、そうではなかったようだ。
フォルクハルトには配慮を見せた上司だったが、下位魔導士の貧乏男爵には配慮の欠片も見せなかったのだ。
実に最高位魔導士らしい横暴な命令だと思いつつも、父親の困惑ぶりを見た時に気がつくべきだったと、フォルクハルトは唇を噛みしめて悔やんだ。
フィリーネは純粋に、フォルクハルトと結婚できたことに喜びを感じていたのだ。
それを踏みにじってしまったことに対して、例えようもない罪悪感に襲われる。
単純な政略結婚だったなら歩み寄る余地もあったが、ライマーの手前それもできない。
非情な夫を貫くしかないのだと悟ったフォルクハルトは、彼女に背を向けて自室へと戻った。