オフ会(電子書籍配信記念)
「フォルクハルト様の、ダンスのパートナーは私でしたわ! それなのに、一言のご連絡もなくご結婚なさったなんて……」
王宮魔導士本部内にあるフォルクハルトの執務室にて、フォルクハルトに苦情をぶちまけたのは、彼の上司の娘だった。
先日、フィリーネとの離婚は破棄し婿入りすると上司に報告したので、それが娘の耳にも入ったのだろう。
しかしこの娘とは恋人だったはずもなく、友人ですらない。上司に頼まるままに、夜会でダンスを踊るだけの仲。ただの知人でしかなかった。
そんな彼女に、結婚について意見される覚えはない。
フォルクハルトは面倒そうにため息をついた。
「俺は上司の命令に従っていただけですが。権力で手に入れたパートナーを、特別だと思っていたのですか?」
冷ややかなフォルクハルトの視線。彼はいつもこうだ。令嬢がいくら言い寄ったところで、義務以外の感情など無いかのように振る舞う。
彼の言うとおり、令嬢は権力で彼の隣に居座っていただけにすぎない。
それでもいつかは振り向いてくれるかもしれないと期待をしていたが、これまでの努力は、ひとかけらほどの成果もなかったのだ。
令嬢はそのことが悲しくて、泣きながら執務室を飛び出した。
その頃フィリーネは、演習場で出会った『フォル様推し令嬢』五名を招いて、『オフ会』という名のお茶会を開いていた。
領地へ引っ越す前に、少しでも彼女達と仲良くなりたいと思ったフィリーネは、結婚式の準備の合間を縫っては彼女達とのオタ活を楽しんでいたのだ。
「フィリーネ様のイラストは、いつ拝見しても『尊い』ですわ」
「本当に。こちらなど特に『眼福』で眩暈がいたします」
「私はこちらのフォル様の『ご尊顔』に惚れ惚れいたしますわ」
オタク用語を流ちょうに使いこなしている彼女らを指導したのは、もちろんフィリーネ。これは東の国の言葉だと説明したところ、『外国語がカッコイイ』感覚で、彼女らはすぐに受け入れてくれた。
今日も彼女らに新作のイラストをプレゼントできたので、フィリーネも、令嬢達も、ご満悦のお茶会となっている。
そんなオフ会の最中に、急に顔を見合わせた彼女らは、お互いに譲り合うような仕草を見せる。そして、決意したように一人の令嬢が、お茶を一気に飲み干してからフィリーネに視線を向けた。
「あの……フィリーネ様。実はフィリーネ様にお会いしたいとおしゃっているご令嬢がいらっしゃるのですが……」
「もしかして、その方もフォル様推しなのかしら?」
「はい……。私達、演習場組のリーダーみたいな方なのですが……。フィリーネ様がいらっしゃった日は、あいにく欠席されておりましたの……」
「まぁ! 同担が増えるのは嬉しいわ。ぜひ紹介してください」
新たなる同担の出現にフィリーネは瞳を輝かせるが、どうも令嬢達の様子がおかしい。どうしたのだろう? と首をかしげると、もう一人の令嬢が困り顔で口を開いた。
「実はその……。彼女はいつも、フォルクハルト様のダンスのパートナーを務めておりまして……。フォルクハルト様がご結婚されたことに、大変ショックを受けておりますの。フィリーネ様とお会いしたらきっと、気が晴れると思うのですが……」
(フォル様がダンスを踊った時の、ゆふるわちゃんね)
迷惑なお願いで申し訳ないと、令嬢達は謝る。けれどフィリーネは、いずれはこういったことも起こるであろうと、覚悟していた。
フォルクハルトはファンを多く抱えており、突然に妻となったフィリーネを良く思わない者も当然いるだろう。フィリーネはそんなファンの感情も受け入れるつもりで、フォルクハルトとの結婚を決意した。
いわば、これからのフィリーネは運営側であり、彼が輝くために支えるスタッフ。そういった対応は、フィリーネの仕事だと思っている。
フィリーネは真剣な表情で、令嬢達にうなずいた。
「わかりました。次のオフ会には、そちらのご令嬢もご招待しましょう」
それから一週間後。フィリーネは再び、令嬢達をオフ会に招いた。メンバーはいつもの五名と、初参加のゆるふわちゃん。彼女達は、フィリーネ自作のフォル様のイラスト付き招待状を手に、ローデンヴァルト家へとやってきた。
「皆様、ようこそおいでくださいました」
玄関の外で出迎えたフィリーネは、にこりと挨拶をおこなう。
「フィリーネ様、本日はお招きくださりありがとうございます。こちらが、ご紹介するとお約束していたご令嬢ですわ」
フィリーネが思っていたとおり、この子はフォルクハルトとダンスを踊っていたゆるふわちゃんだ。
彼女は敵意をむき出しにした表情ながらも、貴族令嬢らしくフィリーネへと挨拶をおこなった。
(ふふ。ツンデレ属性なのね)
しかしその姿すら、フィリーネには好意的に受け取れた。なぜなら彼女は、招待状をとても大切そうに抱えていたから。
(きっとこの子となら、仲良くなれるわ)
推しを大切にする心を持ち合わせている。とフィリーネは確信しながら、彼女らを屋敷の中へと案内した。
お茶会は応接室や庭でおこなうほうが相応しいが、このメンバーでのお茶会に限っては、必ずフィリーネの部屋が使用されていた。
ゆるふわ令嬢はフィリーネの部屋に入るなり、息が止まりそうなほど驚いた。壁には、所狭しと飾られている無数のフォル様の肖像画。招待状に描かれていた絵と、同じ画家が描いたもののようだ。
友人達は、この絵はフィリーネが描いていると教えてくれたが、ゆるふわ令嬢はとてもじゃないが信じられなかった。画家の才能は代々親族に受け継がれるものであり、縁もゆかりもない者が簡単に描けるものではないのだから。
けれどこの量を、画家に全て描かせたとは思えない。
「驚かれたでしょう? お恥ずかしながらこちらの絵は、私が描いたんです」
「本当に、貴女が?」
「えぇ。絵を描くことが趣味なもので。先に謝罪しなければならないのですが、ご令嬢の絵も描いたことがあるんです」
「えっ。私ですか?」
フィリーネと自分はライバルみたいな関係だと、ゆるふわ令嬢は考えていたが、そんな相手がなぜ自分の絵を描くのだろうか。
フィリーネに渡された絵を確認したゆるふわ令嬢は、目を丸くしてその絵を見つめた。顔こそ描かれていないが、ピンクのゆるふわ髪は確かに自分によく似ている。そして憧れのフォルクハルトと、ダンスを踊っているのだ。
「なんて素敵な絵……ゴホンッ。なぜ私をお描きに?」
思わずうっとりとしてしまったゆるふわ令嬢だが、今日はフィリーネと仲良くするために来たのではない。フォルクハルトのパートナーとして相応しいのは自分のほうだと、知らしめてやるためだ。
「お二人のダンスがとても素敵でしたので、描かずにはいられませんでしたわ」
あの時の思い出にでも浸るかのように幸せそうな表情で、二人のどのような仕草が素敵だったのかを、フィリーネは熱弁する。
フィリーネのほうもきっと、けん制するためにゆるふわ令嬢を招待したと思っていたが、思っていたのと雰囲気が違いすぎだ。
「勝手に描いてしまったお詫びに、ご迷惑でなければそちらの絵をご令嬢へお渡ししたいのですが」
「本当ですかっ!」
思わず叫んでしまったゆるふわ令嬢は、顔を真っ赤にさせてうつむいた。フィリーネの雰囲気のせいで、自分まで調子が狂ってしまう。フィリーネと仲良くしたいわではないのに。
皆で席に着いてお茶会が始まると、フィリーネは「今日は皆様に、試食していただきたいお菓子があるんです」と言って、アメリア達メイドにお菓子を持ってこさせた。
「披露宴のデザートにしようと思っているのですが……、いかがかしら?」
それぞれの前に置かれたお皿には、カットされたチーズケーキと、フォル様クッキーが添えられていた。
「フォル様はチーズケーキがお好きなので、その上に氷属性をイメージした青いゼリーも乗せてみました」
フィリーネがそう説明すると、令嬢達は食い入るようにチーズケーキを見つめる。
「フォル様がチーズケーキをお好きだとは、知りませんでしたわ」
「有益な情報を流していただき、感謝申し上げますフィリーネ様」
「青いゼリーがフォル様らしくて、素敵ですわ」
「それに、こちらは……!」
口々にケーキを褒めてくれた令嬢達だが、ケーキの飾りとして挿してあるピックに皆、釘付けとなっているようだ。
このピックはフィリーネと庭師ジムの共同作品で、棒の部分をジムが作り、上の飾りはビーズなどを使ってフィリーネが作ったものだ。
「フォル様の魔法の杖をイメージしてみたのだけれど、似ているかしら?」
「そっくりです! 杖がピックになるなんて、考えもしませんでしたわ!」
「ピックにしておくにはもったいないほど素敵です!」
ミニチュア杖は令嬢達に、大好評のようだ。これなら受け取ってもらえそうだと思ったフィリーネは、アメリアに合図しながら再び説明する。
「皆様にはご必要かと思いまして、未使用の杖型ピックも用意させていただきました」
「必要……とおっしゃいますと?」
配られた杖型ピックをそれぞれ手に取った令嬢達は、フィリーネが言った意味を考え始めた。
フォル様オタである自分達は、フォル様に関するものならなんでも有り難く受け取れるが、「必要」と言われると意味合いが違うような気がする。
そんな中、一人の令嬢は思いついたように、おもむろにフォル様ぬいを取り出した。
「まぁ……! フォル様ぬいに、ぴったりですわ!」
「フィリーネ様、天才です!」
意味に気が付いた令嬢達は、それぞれに持参してきたフォル様ぬいを取り出し始める。
オタクは必要がなくとも、もしものためにぬいをどこかに忍ばせておくのだ。世界が変わろうとも、その思考は変わらないようだ。
フォル様ぬいに杖を持たせて、キャッキャとはしゃぐ令嬢達。それをしり目にしつつ、一人だけ疎外感を味わっているのはゆるふわ令嬢だった。
社交界デビューを果たした貴族令嬢が、ぬいぐるみ遊びなど幼稚すぎる。心の中で彼女らをけなしつつも、そのぬいぐるみが気になって仕方ない。
すると、ゆるふわ令嬢の目の前に、フォル様ぬいが差し出される。
「私が作ったのだけれど、よろしければご令嬢の子にしていただけませんか?」
「……私に、くださるのですか?」
目の前でじっくりと、フォル様ぬいを観察したゆるふわ令嬢は驚いた。
細部まで丁寧に作られたぬいぐるみには、深い愛情が感じられる。もしも自分がこのようなぬいぐるみを作れたなら、絶対に人には渡さないが。
ぬいぐるみを受け取ったゆるふわ令嬢は、ぎゅっと胸に抱いてみた。
ふわふわなフォルクハルトと一緒に、毎日あの絵を観られたらどんなに幸せなことだろうか。
「ローデンヴァルト夫人は……、フォルクハルト様を独占したいとは思われないのですか?」
友人から夫人について聞いた時も、今日のお茶会でも、ずっと気になっていた。
ゆるふわ令嬢はこれまで、フォルクハルトとダンスを踊ることで、彼を独占し、ほかの令嬢よりも優位に立っていることに優越感を抱いていた。
これはゆるふわ令嬢に限った話ではない。貴族婦人は誰しも、夫や婚約者の自慢をしたがり、いかに自分が大切にされているかを見せることで、相手よりも優位に立とうとする。
そんなお茶会ばかりを経験してきたゆるふわ令嬢にとって、この場が異質に感じられた。
フィリーネより家柄の良いゆるふわ令嬢が、フォルクハルトに選ばれなかった理由。そのヒントが得られるような気がして、ゆるふわ令嬢はフィリーネを見つめた。
「私はフォル様の妻である前に、皆様と同じようにフォル様のファンなんです。同じファン同士でフォル様について語り合いたいし、一緒に喜びを分かち合いたいわ。それにフォル様は、皆様の声援があってこそ輝ける存在なんです。ですからこれからもフォル様が輝き続けるために、私はフォル様布教を続けるわ。これからもフォル様を、よろしくお願いしますね」
『布教』とはなんだろう? と、ゆるふわ令嬢は思ったが、彼女が言いたいことは大体理解できた。
フィリーネの目的は、夫に愛されることよりも夫を応援し、支えること。そのために支持者を集め、夫への支持基盤を盤石なものにしようとしているのだ。
まるで国王を支える、王妃のような心持。フォルクハルトの妻になることへの意識が、ゆるふわ令嬢とはまるで違っていたのだ。
これは勝てない。
ゆるふわ令嬢は、負けを認めるしかなかった。
「ローデンヴァルト夫人になら、フォルクハルト様を安心してお任せできますわ。どうか私達の代表として、これからもフォルクハルト様をよろしくお願いいたします!」
「認めてくださりありがとうございます。けれど私だけでは、フォル様を支えられないわ。これからもこちらにいらっしゃる皆様で、フォル様を盛り上げていきましょう」
「もちろんですとも。ローデンヴァルト夫人に、一生ついていきますわ!」
こうしてフィリーネは、新たなる同担を迎えることに成功したのだった。
オフ会も終わり玄関ホールへと向かうと、ちょうどフォルクハルトが屋敷へ帰ってきたところだった。
他の令嬢達がいそいそと、フォルクハルトへ挨拶に向かう背中を見つめながら、ゆるふわ令嬢は気まずい気持ちになっていた。
先日は自分勝手な気持ちを、フォルクハルトにぶつけてしまった。なんの関係もない者に責められ、彼はさぞ不愉快であっただろう。
もじもじとしながら、ゆるふわ令嬢がフィリーネの後ろに隠れていると、フォルクハルトがこちらへやってきた。
「お帰りなさいませ、フォル様」
「ただいま、フィー。そちらは……」
「今日のお茶会で、友人になったご令嬢ですわ」
フィリーネに紹介されてしまい、前に出るしかなくなったゆふるわ令嬢。フォルクハルトの顔をおそるおそる見てみると、彼も戸惑った様子だ。
「貴女は……」
巻いた紙を手に持ち、フォル様ぬいをぎゅっと抱きしめているゆるふわ令嬢を目にして、フォルクハルトはすぐに状況を把握した。妻はこの令嬢を気にかけ、手を差し伸べてくれたようだ。
「妻の友人になってくれて、感謝します」
「とっ、とんでもございません。フィリーネ様には大変良くしていただきまして、私のほうこそ感謝申し上げますわ」
「そうですか。またいつでも来て、妻の話し相手になってくれるとありがたいです」
「は……はいっ!」
いつも義務でしか接してくれなかったフォルクハルトが、初めて自分に感謝し、願い事を口にしてくれた。
それは全て愛する妻への配慮だろうが、初めてフォルクハルトが自分に向き合ってくれたようで、ゆるふわ令嬢はそれだけで満足な気持ちになれた。
今日はフィリーネや友人達から、オタ活についていろいろと学ばせてもらった。
これからはゆふるわ令嬢も『フォル様推し』として、今までとは違った気持ちでフォルクハルトと接することができそうだ。
フィリーネに想い人を取られて悔しいなどという気持ちはもう、これっぽっちも残っていない。
なぜなら、フォルクハルトに無理やりダンスを踊らせていた時より、今のほうがずっと楽しいのだから。
突然ですが、このたびRenta!様から電子書籍化・コミカライズさせていただけることになりました。
皆様にお読みいただけたおかげです!本当にありがとうございます!
電子書籍のほうは本日からRenta!様にて配信されております。
ぜひイラストになったフォル様とフィーを見てやってくださいませ。
・小説版
https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/323794
・小説版(単話)
https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/310074
・絵ノベル
https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/323795
・絵ノベル(単話)
https://renta.papy.co.jp/renta/sc/frm/item/310075
※追記 現在は他の電子書店様でも配信されております





