アメリアの推し
その日、ローデンヴァルト家の使用人全員が一ヶ所に集められた。その場にはフォルクハルトとフィリーネの他に侯爵夫妻の姿もある。
ついに正式な発表があるのかと思ったアメリアは、はやる気持ちを抑えるように、いつも持ち歩いているちびフォル様ぬいをポケットの上から握りしめた。
「皆に良い知らせがある。この度、我が息子フォルクハルトとフィリーネ嬢が正式に結婚することとなった」
侯爵が嬉しそうに息子の結婚を告げると、間髪入れずに執事長から祝福の言葉が述べられる。それに釣られるようにして、他の使用人達も口々に祝福の言葉を贈り大きな拍手に包まれた。
幸せそうにフォルクハルトと見つめ合っているフィリーネの姿を目にして、アメリアの瞳には涙が浮かんできた。
初めてアメリアとフィリーネが対面したのは、彼女の引っ越し作業を手伝いにデッセル家へと訪問した時。
白いワンピースに身を包んだフィリーネが丁寧な挨拶をしてくれた際は、同性だというのにドキドキしてしまうほど素敵な女性だとアメリアは思った。
彼女は使用人の扱いに慣れていないのか、引っ越し作業では使用人達を気遣ってばかりだったが、アメリアはその姿からフィリーネの優しい性格を感じ取っていた。
『フォルクハルト様の妻になることができて嬉しいの』
引っ越し作業の合間に、幸せそうな顔でそう教えてくれたフィリーネ。
こんな結婚を受け入れるフィリーネ様は、フォルクハルト様のお役に立ちたかったのかもしれない。その時のアメリアはその程度にしか思っていなかった。
その夜、結婚の真実を知り落胆したフィリーネ。次第にふさぎ込むようになっていく彼女を、何とか元気づけようとアメリアは頑張ってみたが、状況が好転することはなかった。
このままの状態でフィリーネは一年間を過ごさなければならないのかと、自分の力不足を嘆いていたアメリア。
しかし、フィリーネが倒れた日から状況は一変した。
彼女は人が変わったようにフォルクハルトへ毎日手紙を書き、ひっそりと見送りと出迎えを始め、『オタ活』というものに関するおかしな発言をするようになった。
次第にオタ活の種類が増え、使用人も巻き込むようになり、気がつけばフィリーネ自身だけではなく屋敷全体がオタ活を通して活気に満ち溢れていった。
そして最終的には、フォルクハルトの心までも鷲掴みにしたフィリーネ。
彼女は彼女自身の力で、幸せを掴んだのだ。
そんな彼女を陰ながらお手伝いすることができたアメリアも、幸せな気持ちに満ち溢れていた。
女性使用人控え室へ戻ったアメリア達は、お互いに『フォルクハルト様とフィリーネ様をくっつけようの会』成功を喜び合った。今夜はまた、執事長主催の会合も開かれるらしい。楽しい会になりそうだ。
「ところで、皆はどうするつもり?」
メイドの一人が先ほどの話について聞いてきた。
先ほど全員呼ばれたのは、二人の結婚を祝福するためだけではなかった。
結婚に伴い、これからローデンヴァルト家は大きく変わることになる。フォルクハルトがデッセル家の婿になり、領地運営のためデッセル領へ移住する。そして魔獣を討伐し屋敷の完成後は、侯爵夫妻も移り住むと伝えられた。
使用人達には、一緒に領地へ移り住むかここを辞めるかの選択をしてほしいとの指示があった。
「私は王都に推しがいるから、どうしようかしら……」
「私も推しと結婚予定だから、話し合わなければならないわ」
今ではメイド達もすっかり、好きな人のことを『推し』と呼ぶようになっている。
初めは自動的にフォル様推しとなっていたが、いつの間にかそれぞれに推しがいるようだ。
「アメリアはどうするの?」
「私はフィリーネ様推しだもの。もちろん領地へお供するわ」
「そうよね。アメリアは推しと離れ離れになる心配が無さそうで羨ましいわ」
同僚の意味ありげな言い方を、アメリアはにこりと微笑んで交わした。
数日後、使用人達は順番にフォルクハルトとの面談をすることになった。
「アメリアには俺達の結婚後、一緒に領地へ移り住んでもらいたいが、デッセル領は遠いので君の意見を尊重したいと思っている」
そうフォルクハルトが切り出すと、彼の隣に座っているフィリーネは不安そうにアメリアを見つめる。
フィリーネはフォル様を推すことで頭がいっぱいなので、自分が推されているということには、いまだに気がついていないらしい。
やっぱり『フィリーネ推し』のファンサうちわでも作ったほうが良いかもしれないと、アメリアは思った。
「使用人の私にまでお気遣いいただき感謝いたします。私はこれからもフィリーネ様にお仕えさせていただきたいので、移住を希望いたします」
そうフィリーネに微笑みかけると、フィリーネの顔がぱぁっと明るくなる。
「ありがとう、アメリア。あなたがいてくれたら、とても心強いわ」
「良かったなフィー。これで今夜はゆっくりと眠れそうだな」
「フォル様……、それはアメリアに秘密ですわ」
いつもは何でも話してくれるフィリーネが、自分に隠し事など珍しいとアメリアが不思議に思っていると、フォルクハルトが小さく微笑みをアメリアに向けてくる。
フィリーネによって心を溶かされた主は、フィリーネ関することなら使用人にも笑顔を向けるようになった。フィリーネに対してと比べたら極々小さな微笑みだけれど、今までと比べたら別人に思えるほどだ。
「フィーは君がついてきてくれるか心配で、昨夜はあまり眠れなかったんだ」
「フォル様ぁ~……」
フィリーネは恥ずかしそうに頬を染めた。
オタ活以外の希望をあまり口にしないフィリーネだけれど、そう思ってくれていたようですごく嬉しい。アメリアの頭には『推しが尊い』という言葉が浮かんでくる。
今までいまいち使い道がよくわからなかったけれど、こういうのは考えて使う言葉ではないのかもしれないと思った。
推しへの感情が高まり言葉で言い表せなくなった時に、自然と出てくるものなのではないかと。
面談が終わり、部屋を出たアメリア。廊下を歩いているとハンスが通りかかった。
「アメリア、面談は終わったのか?」
「はい。ハンス様と同様に、領地への移住を希望してきました」
フィリーネ専属のメイドと護衛という立場上、一緒になることが多い二人。
新婚旅行へ同行した際は普段はしないような話もする機会があり、ハンスの悩みも聞くような間柄となった。
彼の契約は一年間だけのもので、その後は王宮魔導士への復帰を約束されていたらしい。
今回の移住話は悩んだようだけれど、結局は想い人をこれからも護衛したいという気持ちが勝ったようだ。
「それじゃ、これからも相棒としてよろしくな」
「こちらこそよろしくお願いします!」
がっちりと固い握手を交わした二人。お互いにフィリーネ推しなので、とても気が合う。
領地へと住したら、使用人の少ない状況で今まで以上に協力し合うことになるだろう。
きっと今より信頼し合える関係となれるような気がする。
「じゃあな」と去っていく彼を見つめながら、アメリアは彼の熱い手の余韻に浸った。





