44 推しと幸せになります2
披露宴も終わり屋敷に帰ってきたフィリーネは、自室のベッドの上でフォルクハルトの訪れを待っていた。
胸に抱えているのは、昨日できあがったばかりの新婚旅行のアルバム。
絶対に今夜渡したいと思い結婚式の準備で忙しい中、合間を縫って作成したものだ。
どきどきしながらドアを見つめているとドアをノックする音が聞こえてきて、寝間着姿のフォルクハルトが部屋に入ってきた。
彼の手には、シャンパンの瓶とグラスが二つ。
「二人だけでもお祝いしたいと思ってな。少し付き合ってくれないか?」
「はいっ」
ソファーに移動した二人は、フォルクハルトが開けてくれたシャンパンで乾杯をしてから、今日の思い出話を始めた。
披露宴に関してはフィリーネが主導して準備が進められてきた。
会場は青を基調とした爽やかな雰囲気で、入り口ではフィリーネが作ったフォル様の等身大パネルがお出迎えしてくれる。
そこかしこにフィリーネが描いたフォル様の絵が飾られ、披露宴で出される料理もフォル様にちなんだ雰囲気のものを、料理人達に助言をもらいながらフィリーネが自ら考えたメニューだ。
フィリーネがイメージしたのはフォルクハルトの『コラボカフェ』。
彼女の希望通りに準備は進められ、フォル様に囲まれた披露宴会場が完成した。
フォルクハルトの友人達は「愛され過ぎだ」とひたすら彼を冷やかしたが、フォルクハルトは嬉しそうにそれを受け流していた。
披露宴では国王陛下からのお祝いとして、フォルクハルトが辺境伯の地位を与えられ、会場を大いに沸かせた。
これにはフォルクハルト自身も驚いたが、おそらく王太子であるアルベルトが結婚に関しての真実を話してしまったのだろうと判断した。
自分のわがままで二人を結婚させてしまった罪滅ぼしとして、爵位を与えてくれたようだ。
けれど陛下がフォルクハルトの結婚問題に口を出さなければフィリーネと出会うことはなかったので、今となっては陛下に感謝したいくらいだとフォルクハルトは思っていた。
ひと通り思い出を語り合った後、フォルクハルトはフィリーネの横に置いてある物に視線を向けた。
「ところで先ほどから気になっていたのだがそれは?」
「実はフォル様に、こちらをお渡ししたくて……」
フィリーネに手渡されたアルバムを見て、フォルクハルトは目を見開いた。
表紙は布張りで、二人のデフォルメされた顔がビーズで形作られており、その周りには新婚旅行で見たものや食べたものなどが可愛く刺繍されている。
「これは新婚旅行の……、良くできているな」
「表紙には、フォル様に贈っていただいたビーズを使ってみました。中は私が描いた絵になります」
アルバムの中は、フィリーネが描いた新婚旅行での光景だ。
写真のような雰囲気で描いているそれらは、カメラ目線で微笑んでいるフォルクハルトや、第三者に写してもらったようなアングルの二人など、さまざまな場面の絵が一冊にまとめられていた。
今回は旅行の思い出なので、いつもは描かないフィリーネ自身も描かれている。
絵の横には説明の文章もあり、その時に感じたフィリーネの感想も添えてあった。
「新婚旅行先へ戻ったような感覚になるな」
「絵にして残したら、いつまでも鮮明に思い出せると思いまして」
「これは一生の記念になるよ。素晴らしいものを作ってくれてありがとう、フィー」
フォルクハルトはフィリーネが描いた絵を見るのが好きだ。
いつも暖かな雰囲気で丁寧に描かれる絵は、自分がどれだけ彼女に愛されているのかを実感できる瞬間でもある。
「フィーは、俺に関する物をいろいろと作り出してくれたが、いつから俺を好きになってくれていたんだ?」
今までの彼女を思い出しながら、ずっと疑問に思っていたことをフォルクハルトは尋ねてみた。
彼女の転機は、階段から落ちて自分に涙を向けたあの日だと思っている。
けれどあの日をきっかけに自分に好意を寄せてくれるまでの過程が、まるで想像できずにいた。
なぜならあの頃のフォルクハルトは、フィリーネに対してひたすら冷たい態度を取っていたのだから。
フィリーネと心を通わせた今でも、その謎だけが解けずにいた。
そんな彼の問いに、フィリーネは何かを思い出すように微笑んだ。
「ふふ。私は、前世からフォル様をお慕いしておりましたわ」
自信を持ってそう断言しているように見える妻。
前世など、おとぎ話としか思っていないフォルクハルトだが、冗談だとしても彼女の言葉をなぜだが信じたくなってしまった。
「そうか、俺のほうが先に好きになったと思っていたんだがな」
「え……?フォル様はいつから……」
フィリーネはてっきり、自分のオタ活でフォルクハルトが振り向いてくれたと思っていたので、彼の発言は予想外すぎた。
けれどフォルクハルトは、フィリーネの疑問には答えてくれずににやりと微笑む。
「期間で勝てないのなら、深さで勝つしかないな」
「深さとは……?」
「愛情の深さだ。どちらがより深い愛情を与えられるか勝負をしないか?」
フィリーネのフォルクハルトに対する愛情は、いつもオタ活を通してのもの。
オタ活を通して彼への愛を形にしてきたし、彼もフィリーネの愛情表現には喜んでくれているように思える。
唐突に勝負を挑まれたが、フィリーネには勝算があった。なぜなら、まだまだやってみたいオタ活は山ほどあるからだ。
「ふふ、フォル様には負けませんわ」
そう微笑むと、フォルクハルトは「では俺から先制攻撃」と言って彼女を抱き寄せ、耳元で愛を囁いた。
たちまちフィリーネの顔は熱くなり、推しには勝てないかもしれないと悟るのだった。
数日後の良く晴れた日。
ローデンヴァルト家の前には、馬車がずらりと並んでいた。
今日はいよいよ、フィリーネとフォルクハルトが領地へ出立するのだ。
塔を囲む塀の内側に家を一軒立てたので、そこにフィリーネ達は住む予定だ。
それほど大きくない家なので、今回移住するのは二人とフィリーネの両親、それから最小限の使用人のみで、フォルクハルトの両親は屋敷が完成してからの移住となる。
「フォルク、一刻も早く魔獣を退治して屋敷を完成させるのよ!」
「なんなら俺達は小屋でも良いから、早く呼び寄せてくれ!」
農業がしたくてうずうずしているフォルクハルトの両親。
結局フォルクハルトの父は双子の弟の息子に爵位を譲ったので、今すぐにでも領地へ向かえる状態となっている。
「屋敷に残る使用人も連れて来てもらわなければならないので、おとなしく待っていてください」
フォルクハルトは辺境伯となってしまったので、それに見合う屋敷が完成するまでには数年はかかるだろう。
それまで両親がおとなしく待っていられるのか、フォルクハルトとしては心配でならない。
「フォルクハルト様、こちらのことは私共にお任せくださいませ」
「あぁ。うちの両親をしっかりと見張っていてくれ執事長」
執事長としても、フォルクハルトと離れている間に二人の子供が生まれてしまわないか心配でならないが、職務はしっかりと全うするつもりだ。
うっかりフォルクハルトの両親の誘惑に負けて領地へ遊びにいったりしないよう、気を引き締めなければならない。
執事長の後ろには屋敷の使用人達が全員並んでいる。
使用人が気軽にフォルクハルト達と別れの挨拶を交わしたりはできないが、その代わりというべきか全員がファンサうちわにメッセージを書いて掲げている。
彼らが勝手にそのような振る舞いをするはずがないので、フォルクハルトの両親が許可したのだろう。
すっかりオタク文化が定着したこの屋敷。
フィリーネはこれまで自分に付き合ってくれた使用人達に感謝をしながら、馬車へ乗り込んだ。
「フィーが何を考えているか当ててみようか?」
馬車が動き出して屋敷の敷地を出てから、フォルクハルトがそう声をかけてきた。
「え?」
「うちの両親を出迎える時に、フィーもファンサうちわを使おうと思っているんじゃないかと思ってな」
まさに今、フィリーネはそんなことを考えていた。フォルクハルトにずばりと当てられてしまい、思わず笑ってしまった。
いつのまにか推しはフィリーネの考えまで言い当てられるほど、二人の仲は深まったのだ。
「ふふ、ファンサうちわも使いたいと思っていますが、もっとフォル様を前面に押し出した歓迎もしたいです」
「また新しい何かを作ってくれるのか?楽しみだな」
「はいっ!フォル様に喜んでいただくためにも、これからも様々な物を作らせていただきますわ」
今回で本編完結とさせていただきます。
最後までお読みいただきありがとうございました。
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