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43 推しと幸せになります1

 フィリーネとフォルクハルトが手続きだけの結婚式を挙げた、一年後。


 二人は再び王都の大聖堂にある控え室にいた。

 けれどあの時とは違い二人は今、別々の控え室で身支度を整えている。


 フィリーネが身にまとっている花嫁衣装は、彼女の母が作ってくれたものだ。

 母も手芸の内職をしているため、花嫁衣装も何度か作った経験がある。


『わたしがお嫁にいく時も、おかあさまが作ってね』


 幼い頃のフィリーネは、内職をする母の隣でそんなおねだりをしたものだ。

 それを母は覚えていて、「花嫁衣装は私に作らせて」と提案してくれたのだ。


「とても綺麗よ、フィリーネ」

「えぇ。とうとう孫娘の花嫁姿を見られたわ」

「フォルクにはもったいないほど綺麗よ、フィーちゃん」

「ありがとうございます。お母様の作ってくれた花嫁衣裳はとても素敵だわ」


 フィリーネの母と祖母、それにフォルクハルトの母に囲まれて、これでもかというほど褒めちぎってくれる。

 母の作ってくれた花嫁衣装は本当にセンスのよいもので、一流デザイナーが作ったものと見劣りしないとフォルクハルトの母も太鼓判を押してくれた。




 控室の扉をノックする音が聞こえてきたのでフィリーネがそちらに視線を向けると、着替えを終えたフォルクハルトがこちらの控え室へと入ってきた。


 彼もまた新郎衣装を身にまとっている。フォルクハルトは王宮魔導士の黒い制服姿でいることが多いので、白い衣装は新鮮だ。

 まるで雪が降り積もる景色の中で、青い湖だけが幻想的に存在しているような美しさがある彼に、フィリーネはぽーっと見惚れてしまった。


 対するフォルクハルトも、花嫁衣装に身を包んだフィリーネから目を放せずにいた。


 一年前のあの日、雪の結晶のように美しいと思ったフィリーネに一目惚れをしたフォルクハルト。

 今日の彼女は表現のしようがないほど綺麗で、あの日以上の胸の高鳴りを彼は感じていた。


「フォルクったら、黙っていないで感想くらい言ったらどう?」


 母に声をかけられて我に返ったフォルクハルト。


「見惚れてしまうほど綺麗だ、フィー」


 夫婦として彼と接することには慣れてきたと思っていたフィリーネだったが、こうも熱い視線を向けられるとドキドキが止らなくなってしまう。


「ありがとうございます……。フォル様もとても素敵で、私も思わず見惚れてしまいました」


 頬を染めながら感想を伝えるフィリーネを見て、フォルクハルトは唇を噛みしめた。




 しばらくして、司祭が一枚の書類を持って控え室へとやってきた。

 結婚式を挙げる前に、フィリーネとフォルクハルトにはしなければならない手続きがあった。


「離婚直後に同じ夫婦がまた結婚をするなんて、大聖堂が建てられて以来初めてのことですよ」


 フィリーネの前世の世界では結婚した夫婦が姓を変える方法はあるが、この世界にはそういった法律がないので一度離婚しなければならない。


「彼女以外を妻にするなど、考えられませんから」


 離婚証明書にサインをしたフォルクハルトは、誰にも渡さないとばかりにフィリーネを抱き寄せた。


「型破りな結婚ですが、そのお気持ちは神に通じることでしょう。さぁ、大聖堂へまいりましょう。皆様がお待ちですよ」


 司祭が控え室を出ていくのを見送ってから、フォルクハルトはフィリーネに手を差し出した。


「行こうか、フィー」

「はいっ、フォル様」


 一年前は差し出されなかったその手は、氷が完全に溶け切ったかのように暖かく感じられた。




 大聖堂の扉の前でフォルクハルトが先に中へ入るのを見送った後、フィリーネは父と二人きりになった。


「こうして花嫁姿のフィリーネが横にいると、本当に結婚してしまうと実感するな……」

「私はお婿さんをもらうのよ。これからも一緒にいられるのだから寂しくないでしょう?」


 借金の心配がなくなったことで王都に留まる必要がなくなった父クラウスは、フィリーネ達と共に夫婦そろって領地へ帰る決心をした。

 領地ではフォルクハルトの部下として、魔導士の仕事を続けることになっている。

 婿が上司ではお互いにやりにくいだろうと仕事仲間には心配されたが、魔導士としての能力には天と地の差がある二人なので、クラウスとしては特に気にしていない。

 むしろ天才的な能力があるフォルクハルトのことは、自慢の婿になる予定だ。


「フォルクくんになら安心してフィリーネを任せられるが、男親としてはやはり少し寂しいかな……」


 これが男親の本音だろうか。寂しそうに微笑んだ父は、娘の頭をベール越しにそっとなでた。


「今度こそ、幸せになるんだぞ」




 大聖堂の扉が大きく開かれて、中へと足を踏み入れたフィリーネと父。

 大勢の参列者が拍手で迎えてくれる中を、一歩一歩ゆっくりと進む。


 参列者の大半はフォルクハルトの関係者だ。

 彼の友人である王太子夫婦や、士官学校時代のイケメン達。王宮魔導士の上司や同僚・部下達。ローデンヴァルト家と交流がある貴族や親戚。異例ではあるが、国王陛下も参列している。


 対してフィリーネの関係者は、親戚とごくわずかな友人。それから演習場で知り合ったフォル様推しの令嬢達が、ぜひ参列したいと来てくれた。



 フィリーネの到着を待ちわびるように、振り返って彼女を見つめているフォルクハルト。

 その表情があまりにも柔らかなもので、周りからはざわめきが起きた。

 友人ですら、そんな表情のフォルクハルトを見たことがなかったのだ。


 唯一その表情をよく向けられているフィリーネも、今日の推しは尊すぎて目が眩みそうになった。



 式の流れは前世の世界とさほど変わらないが、フィリーネにとっては特別なものに感じられた。

 もちろん新郎新婦にとっては一生の思い出となる特別な儀式ではあるが、フィリーネは前回の結婚式でそれらを省略された経験がある。

 自分はもう経験することがないと思っていただけに、一つ一つの流れが夢のように幸せな体験となった。



 式が終わり大聖堂の中が祝福の拍手に包まれると、フォルクハルトは愛おしそうにフィリーネの顔を覗き込んだ。


「やっと、皆に祝福されている君を見られた」


 この結婚式は元々、「君には大勢の人からの祝福を受けてもらいたいんだ」とフォルクハルトから提案されたものだった。


「私もフォル様と一緒に、皆様から祝福していただけて嬉しいです。私や領地のためにもう一度結婚式を挙げてくださり、ありがとうございました」


 結婚式を二度も。それも一度離婚して、侯爵を継ぐことを捨ててまでフォルクハルトが婿に入るというのは、勇気のいる決断だっただろう。

 けれど彼は、なんの迷いもなくそれらをやって退けてしまった。

 関係を修復したいと彼が頑張っていたのはフィリーネも感じていたが、それだけでそのような決断はできなかったはず。

 フォルクハルトのこれ以上ない愛情表現だとフィリーネは感じていた。


「お礼を言いたいのは俺のほうだ。こんな俺を好きになってくれてありがとう」


 フォルクハルトは今、最高に幸せそうな顔をしている。


 推しを幸せにしたいと思い妻になると決意したあの日のフィリーネは、間違ってはいなかったのだと何よりも彼の表情がそれを証明していた。


 これからも推しの幸せを守ってみせる。


 フィリーネは彼の幸福に満ち溢れている表情に、こっそりと誓いを立てるのだった。



次回でラストになります。

夜に投稿予定です。

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