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42 推しの今後4

 数日前、フィリーネは両親にフォルクハルトの婿入りについての話をするために、久しぶりに実家を訪れた。

 フォルクハルトと心を通わせることができたので、一年間で離婚する契約は破棄して本当の夫婦になりたいと話すと、両親共に嫌悪感を露わにした。


 特に父であるクラウスは、フォルクハルトの上司から直接結婚話を突きつけられた経緯がある。

 前回は王宮魔導士団上層部からの命令だったが、今回は上位貴族からの打診。

 受けざるを得ない状況に悔しさが滲み出てくるが、打診を突っぱねるほどの度胸もなかった。


 母はフィリーネの結婚に関して一切関わることができなかったので、ひたすら娘が心配でならなかった。


「領地の借金と引き換えに、無理やり結婚の継続を迫られているのではないの?」

「違うわお母様。私が本当にフォル様をお慕いしているの」


 フィリーネは両親が心配しないよう、フォルクハルトがどれだけフィリーネを大切にしてくれているかを話し、まだ作りかけだが新婚旅行の思い出を描いた絵も両親に見せた。


 結婚式でのフォルクハルトの態度を鮮明に覚えているクラウスは信じられない気持ちだったが、新婚旅行の絵やそれにまつわるフィリーネの話があまりに詳細なので、嘘ではないと認めざるを得なかった。


 そして両親共に知らなかった、フィリーネの絵の才能。自分達では娘の才能を伸ばすどころか、見つけてやることすらできなかった。


「我が家では絵を描く紙すら与えてやれなかったからな……」

「あちらではフィリーネが好きなことをさせてもらっているのね……」

「お父様お母様……」


 絵の才能については前世の記憶のおかげでしかなかったが、残念ながらそれを両親には伝えられなかった。



 それからフィリーネは、祖父が書いた手紙とフォルクハルトからの手紙を両親に渡した。


 祖父の手紙には領地の現状とともに自分達だけでは限界にきていることや、フォルクハルトとフィリーネの幸せを崩すような判断はしないでほしいという内容が書かれていた。


「親父のやつ……。領民を避難させなければならないほどの状況を隠していたとは……」


 領地の状況は、フィリーネの祖父母からの手紙でしか知ることができなかったクラウス。

 魔獣被害がひどいならば自分が領地へ帰って領民を助けたかったが、クラウスが領地へ帰っても王宮魔導士のように稼げる仕事などあるはずもない。

 祖父母もそれをわかっていたからこそ、息子のクラウスには現状を伏せていたのだ。


 

 フォルクハルトからは、前回のようにならないよう侯爵家から出せる条件を全て書き記した手紙だ。


 1.領地の借金は全てフォルクハルトが返済する。

 2.男爵領へ移住し、領地を魔獣の出ない安全な土地に戻す。

 3.農業の技術提供をすることで、領民の生活水準を上げる。

 4.フィリーネのことを一番に考え、一生をかけて彼女を幸せにする。


 政略結婚として考えるのなら、デッセル家にとってはこれ以上ない好条件な結婚の打診。

 祖父母もフォルクハルトを気に入ったようだし、なによりフィリーネ自身が望んでいる。

 両親はフォルクハルトの婿入りについて、承諾する以外の選択肢はないのだと理解した。


「俺は最後の一文が気に入ったから承諾するんだからな。婿入りしたいというのなら好都合。一から男爵家のあるべき姿を叩き込んでやる」

「私だってそうよ。フィリーネを悲しませるようなことがあれば、デッセル家から追い出してやるんだから!」


 そう息巻きながらも、承諾の意思を見せてくれた両親。


 フィリーネは最後に、ローデンヴァルト家と会う際の衣装を贈りたいと提案したのだが、フィリーネの給料はフォルクハルトから支払われたもの。婿からの施しなどいらないと、両親が突っぱねたのが数日前の話。


 しかし数日間で冷静さを取り戻した結果が、先ほどの両親の様子だったようだ。




 馬車に乗り込んだフィリーネは、両親それぞれに贈り物の箱を渡した。


「ささやかだけれど、結婚を承諾してくれるお礼よ。私が作ったの」


 両親は顔を見合わせながらも、フィリーネからの贈り物を開けてみた。

 父への贈り物は手作りのネクタイ。母への贈り物はビーズで作ったネックレスだ。ネックレスは新婚旅行でフォルクハルトが贈ってくれたものと王都で買い足したものを組み合わせている。


「俺達が意地を張ったばかりに、フィリーネには苦労をかけたな……」

「素敵なネクタイとネックレスだわ。数日で作るのは大変だったでしょう?」


 当日の両親がどうなるかくらい想定していたフィリーネは、二人の緊張が少しでも和らげばと思いこれを作った。


 両親共にフィリーネの配慮に感謝して、父は使い古したネクタイを付け直し、母は寂しく開いている首にネックレスをつけた。

 娘からの贈り物を身に着けた両親は、すっかり気持ちが落ち着いたようなのでフィリーネはほっと一安心した。




「まぁまぁ!デッセル男爵と奥様、ようこそいらっしゃいました!」

「本来ならこちらからお願いに伺わなければならないところ、わざわざご足労いただき感謝いたします!」


 ローデンヴァルト家へ到着すると、フォルクハルトが挨拶するよりも先に、彼の両親が大喜びでフィリーネの両親に抱きついてきた。二人はいつでも元気に満ち溢れている。

 おかげで、落ち着いていたフィリーネの両親は再びおろおろし始めてしまった。


「どうしましょうフォル様……」

「心配するなフィー。うちの両親と初めて会う者はだいたいあのような反応をする」


 確かにフィリーネ自身も、義父母と初めて会った時は今の両親と負けず劣らずの慌てぶりを見せた気がする。

 応接室へ連行される両親を後ろから眺めながら、妙に納得してしまった。



 応接へ連行されて、席についたフィリーネの両親。やっと侯爵夫妻が離れてくれたことにほっとしていると、少し遅れてフォルクハルトとフィリーネも部屋へ入ってきた。


 フォルクハルトに肩を抱かれて幸せそうに彼を見上げているフィリーネと、氷の魔導士と呼ばれている人物とは思えないほど柔らかい笑みを娘に向けているフォルクハルト。


 フィリーネの説明や、彼女の祖父やフォルクハルトからの手紙で結婚については一応納得した彼女の両親。

 けれどそんな説明や説得よりも、二人のこの姿が全てだと父クラウスは悟った。

 あんな結婚をさせてしまったが娘は今、本当に幸せなのだ。


 フィリーネとフォルクハルトの仲睦まじい姿に心を打たれたクラウスは、涙ぐみながら勢いよく立ち上がった。


「フォルクハルト様!娘をどうぞ末永くよろしくお願いいたします!」


 そう叫びながら深々と頭を下げたクラウス。


 何事にも動じない性格のフォルクハルトの両親もこれには驚いて言葉を失い、お茶の準備をしていたメイド達は動きが停止してしまった。

 フィリーネとフォルクハルトに至ってはまだ席にもついていなかったが、クラウスは周りの状況などまるで目に入っていなかった。

 唯々、娘の幸福が嬉しかったのだ。

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◆作者ページ◆

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