41 推しの今後3
「で?何をしにきたのですか?」
食堂へ移動した四人。食前酒を一気に飲み干したフォルクハルトは、眉間にシワを寄せながら両親を見据えた。
フィリーネとの時間を邪魔されて、かなりご立腹だ。
「何って、息子が婿入りするんだからフィーちゃんのご両親に挨拶をしなければな」
「そうよ。愚息をよろしくお願いしますと、野菜を添えてお願いしなければならないのよ」
「必要ありません。今すぐ領地へ帰ってください」
すでに愛称呼びをしているフィリーネのことは両親共に気に入ったようだが、だからこそフォルクハルトはこの件に関して、両親には詳しく話したくなかったのだ。
「それに、フィーちゃんから聞いたところによると、フォルクは男爵領を助けるために婿入りするのだろう?」
「フォルクの決断は親として誇れるものだわ。けれどね、領地運営というものは魔獣を討伐するだけでは足りないのよ」
「俺は次期侯爵として育てられたのですよ。領地運営の知識はじゅうぶんに得ています」
けん制しようにも、すでに両親はフィリーネから領地の状態を聞いてしまったようだ。嫌な予感しかしないフォルクハルト。
息子の言い分を聞いた父は、興奮したようにテーブルを叩きながら立ち上がった。
フィリーネは驚いたように体を震わせたが、フォルクハルトはいつものことだというシラケた視線を向けていた。
「それだけでは駄目なんだっ!領地というものはな、領民が豊かな実りを得てこそ成り立つんだ!」
それに続けとばかりに母も勢いよく立ち上がる。
「領主は領民に肥沃な土地を提供し、彼らがより良い農業ができるようお手伝いしなければならないの!」
「そこには手引書など存在しない!土に触れて気候を肌で感じてこそ農業は発展するんだ!」
「王都育ちでろくに農業をしたこともないフォルクに、それができると思っているの!?」
「だが安心しろ!フォルクには侯爵領を野菜の一大産地に育て上げた俺達両親がついている!」
「フィーちゃんも安心してちょうだい!男爵領を国で一番の裕福な領地に変えて差し上げるわ!」
その言葉に驚いた様子のフィリーネがフォルクハルトに視線を向けると、彼は疲れようにため息を付いた。
「……で、何が言いたいのですか?」
「やだなぁ、まだわからないのか?俺達も男爵領へ行きたいと言っているんだよ!」
「未開拓の土地が広大に残っているなんてゾクゾクしてしまうわ!」
手を取り合ってはしゃぐ両親。
この二人を止める術などフォルクハルトは持ち合わせていなかった。
いつもこうして両親には振り回されるのだ。
両親を嫌いなわけではないが、二人の突飛な行動にはいつもついていけずにいた。
フォルクハルトが冷たい性格になったのも、両親に振り回された反動に他ならなかった。
「フィーを補給させてくれ」
夕食後にそう呟いたフォルクハルトは、フィリーネを連れて彼女の部屋へと向かった。
部屋に入るなり鍵を閉めて、フィリーネを後ろから抱きしめたフォルクハルト。
一緒に部屋へ入り損ねたカミルが「わうっ……!?」と驚いている声が聞こえたが、愛犬に配慮する元気は彼に残っていなかった。
彼の冷たい性格を溶かしたのは、彼の腕の中にいる妻だ。
彼女の性格は突飛な行動という意味では両親と似た部分があるが、穏やかで優しい彼女にはいつも安らぎを感じていた。
「鬱陶しい両親で申し訳ない……」
ため息を付きながら謝罪するフォルクハルトがとても疲れている様子なので、フィリーネは申し訳なくなってしまった。
「こちらこそ、玄関でお出迎えできなくて申し訳ありませんでした。お義父様とお義母様がファンサうちわをどのように使うのか見てみたいとおっしゃられたもので……」
義父母と話をした際に趣味を聞かれたフィリーネ。絵を描くことや手芸だと答えたところ、作品を見たいと言われたので自室へと招くことになった。
そこでファンサうちわを目にした義父母が、実際に使っているところを見てみたいと言い出したのだ。
「いいんだ。むしろ両親の相手をさせてしまい申し訳なかったな」
「私としては楽しかったですわ。……久しぶりに、フォル様のファンサも見られましたし」
あの後フォルクハルトは律義にも、フィリーネが望むファンサをしてくれた。
久しぶりに見る『バーン』は最高にときめくものであり、その後の照れた表情にキュンとしてしまったのは本人には内緒だ。
フィリーネを抱きしめて少し回復したフォルクハルトは、ソファーに移動して先ほどの両親の提案についてフィリーネの意見を聞くことにした。
「正直なところ、両親が領地の農業に貢献してくれるのはありがたい。いずれは技術指導を願うつもりだったので、鬱陶しささえ気にならなければ領地の発展は確約されたようなものだ」
フォルクハルトの両親の馴れ初めは、学生時代にさかのぼる。
当時、田舎の男爵令嬢だった母は王都の学校へ入学したが、領地での趣味だった野菜作りが王都の寄宿舎ではおこなえずにいた。
そこで彼女は学校の裏庭の隅をこっそりと耕して畑を作ったのだが、ある日フォルクハルトの父が畑だとは気がつかずに踏んでしまったのだ。
それに怒った母は、説教とともに野菜の素晴らしさについて父に語って聞かせた結果、父を引き込むことに成功した。
仲間になったことで野菜作りについて一層熱が入った二人は、毎日のように農業についての文献を読み漁り学者レベルの知識を身につけていった。
そうなると二人の将来の夢は同じ方向へと向かっていく。
両親はフォルクハルトの祖父に農業の発展でどれだけ領地が潤うかを熱弁し、晴れて二人は結婚することになったのだ。
そういった経緯のある両親なので、農業に関しては誰よりも頼りになる存在だ。
「初めてお会いした際は驚いてしまいましたが、お義父様もお義母様も素敵な方だと思いますわ。領地を助けてくださるのなら心強いです」
「そう言ってもらえるとありがたい」
フォルクハルトはフィリーネの賛同を得ると、すぐにソファーから立ち上がった。
「フィーは先に寝ていてくれ。俺は両親と話し合うことがある」
足早に部屋を出ていくフォルクハルトの後ろ姿は、先ほどまでの疲れた様子とは打って変わって、やる気に満ちているようにフィリーネの目には映った。
数日後。
フィリーネは約束をしていた両親を迎えに、実家を訪れていた。
「フィリーネ……、こんな着古した格好でお会いしては、侯爵様に失礼じゃないだろうか……」
「私なんて二十年前のドレスよ……。みすぼらしい両親だと言われて、婿入りが破談にならないか心配だわ……」
両親共に一張羅の衣装を身にまとい、おろおろとした様子でフィリーネに詰め寄ってくる。
あまりにも数日前と態度が違うので、フィリーネはため息をついてしまった。
フォルクハルトとは逆の意味で、フィリーネも両親には苦労させられてきた。
両親のことは大好きだが、二人は貧乏が身に染みているせいか何事に対しても消極的で心配性。自分達より権力がある者には意見一つ言えない。フォルクハルトの両親とは真逆の性格をしている。
この両親がもっと堂々と他の貴族と渡り合っていれば、フィリーネもそこまでいじめられたりはしなかっただろう。
フィリーネ自身はそうは思っていなかったが、これが傍から見ていた者達の感想だ。
「もう……、今頃になって気にしてももう遅いわ。皆様をお待たせしてしまわないうちに、早く出かけましょう」





