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40 推しの今後2

 新婚旅行から帰ってきて数日後。

 フィリーネはカミルと一緒に前庭を散歩していた。後ろからは少し距離を置いてハンスとアメリアが付き従うというのが、散歩時のいつもの光景。


 カミルとお花を眺めていたフィリーネは、門のほうから荷車が屋敷に向かっているのがふと目に留まった。

 荷車に繋がれているのは馬ではなくロバのようだ。

 のんびりとした足取りで進んでくるロバの横には男女が一人ずつ歩いている。


「どなたかしら?」


 門番が通したのだから不審人物ではないはず。行商人だろうかとフィリーネが思っていると、カミルが「わわわ~んっ!」と元気よく吠えてそちらへと駆け出してしまった。


「待ってカミル!」


 この世界で犬は珍しい存在。大型犬のカミルが走り寄ってはびっくりさせてしまうと思ったフィリーネは、慌ててカミルの後を追った。


「やぁ!カミル久しぶりだね!」

「また少し大きくなったわね!」


 けれどフィリーネの心配をよそに、ロバを連れた男女はカミルの体をわしゃわしゃとなで始めた。

 怖がらせずに済んだとほっとしたフィリーネは、ドレスの乱れをさりげなく直しながら男女の元へ近づいた。


 男女の年齢は、フィリーネの祖父母より少し若いくらいに見える。

 行商人というよりは農家のような服装だけれど、生地も仕立も良さそうな服なので貧相さはあまり感じられない。

 侯爵家へ出入りできるのだから、それなりに身元のしっかりとした人達なのだろうとフィリーネは思った。


「ごきげんよう。カミルのお知り合いでしょうか?」


 そう尋ねてみると、男女はフィリーネに視線を向けるなり瞳を輝かせた。

 そして、両手を広げてフィリーネに近づいてくるではないか――。


「まぁまぁ!貴女がフィーちゃんね!なんて可愛らしいのかしら!」

「フォルクめ、こんなに可愛いお嫁さんを今まで隠していたとは、なんというやつだ!」

「あっあのっ……!?」


 二人にぎゅうぎゅう抱きしめられて、何が何だかわからなくなったフィリーネ。

 後にいたハンスも、フォルクハルトの知り合いのような発言をする二人を止めて良いものか、戸惑ってしまった。


(フォル様助けてぇ~……!)


 しかし、フォルクハルトは王宮で仕事をしているのでここにはいない。

 その代わりというべきか、いつの間にかアメリアが呼んできてくれた執事長が慌てた様子でフィリーネ達の元へ駆けつけた。


「旦那様!奥様!」


(えっ!?)


「あら執事長、お久しぶりね!少し白髪が増えたのではなくて?」

「別邸を任せきりでいつも済まないね!お詫びに領地で採れた野菜をたくさん持ってきたぞ!」


 旦那様と呼ばれたフォルクハルトの父親と思われる人物が、バーンと荷車を覆っていた布を取り除くと色とりどりの野菜が出現した。


「フィーちゃん野菜はお好きかしら!」

「はっはい。大好きです」

「それは良かった!ローデンヴァルト家の嫁として合格だ!」

「さぁ!立ち話もなんですから、屋敷へ入りましょう!執事長、お茶をお願いね!」

「しばらくここに滞在するからよろしく頼むよ!執事長!」


 執事長の返事を待たずしてフォルクハルトの両親と思しき二人は、フィリーネを連行するようにして屋敷へと引きずっていくのだった。



 後に残された執事長とメイドと護衛。


「執事長……、今のお二人がローデンヴァルト家の旦那様と奥様でいらっしゃるのでしょうか?」


 アメリアがこの屋敷に雇われたのは、二人が領地へ引きこもってからなので顔を知らない。

 普通なら肖像画の一つも飾ってあるものだが、フォルクハルトによって全て取り払われてしまっていた。


「あぁ……そうだ。あのお二人がローデンヴァルト侯爵様とローデンヴァルト侯爵夫人様だ……。お茶の用意と、お二人のお部屋を至急整えてくれ」

「はいっ!かしこまりました!」

「ハンスはそのロバと荷車の移動を頼む……。領地から護衛も付けずに歩いていらっしゃるなんて……。本家の執事長は何をしているんだ……」

「ははっ……、お元気な方々で何よりです」


 執事長にしては珍しく疲れたような様子で額を押さえた。ちなみに、本家の執事長は彼の兄だったりする。




 居間に連行されたフィリーネは改めてフォルクハルトの両親と挨拶を交わし、二人が本当のフォルクハルトの両親だと確認をした。


 作品では両親の顔は公開されていなかったので、二人を知らなかったフィリーネ。

 けれどよくよく二人を見てみると、フォルクハルトの髪の毛や瞳の色は父親と同じであり、顔立ちは母親譲りに見える。

 二人の迫力に押されてゆっくりと顔を見る余裕もなかったが、二人は間違いなくフォルクハルトの両親だ。


「それにしても、手紙をもらった時は驚いたわ。まさかあの子が結婚するなんて思わなかったもの」

「両親になんの相談もないところは、フォルクらしいというか……。婿入りの話も手紙で返事をくれなんて、父さん寂しいぞ」


 お茶を飲んで少し落ち着いた様子の義父母は、先ほどよりは穏やかな雰囲気になっている。


 フォルクハルトが婿入りの件について両親へ手紙を送ったことはフィリーネも聞いているが、返事も手紙を希望していたとは初耳だった。

 一年で離婚するはずだった結婚について伏せていたのは理解できるが、婿入りまで手紙での了承だけで済ませようとしていたことには少し疑問を感じた。


(フォル様は、ご両親との仲が良くないのかしら……)


 作品の中でも叔父関連以外で両親について語られることはあまりなかった。

 明るい性格の両親に見えるのに、なぜフォルクハルトは両親と関わろうとしないのだろうか。


「申し訳ありませんでした。私からフォルクハルト様にお願いして、お義父様とお義母様へご挨拶に伺うべきでした」

「フィーちゃんが謝ることはないのよ。ごめんなさいね、あの子はいつもこうなの」

「俺達の育て方に問題があったのかもしれないな。冷たい性格の息子と結婚してフィーちゃんも苦労しているだろう。申し訳ないね」

「いいえ、フォルクハルト様はとても優しくしてくださいますわ」


 心配している様子の義父母にそう微笑みかけると、二人は信じられないと言いたげに顔を見合わせた。

 ごく近しい間柄の友人などには優しさも見せるフォルクハルトだが、両親はそういった彼の一面を知らないようだ。






 夕方。

 フィリーネと心を通わせてからは早く帰宅することが多くなったフォルクハルトは、今日も仕事をバリバリ終わらせて屋敷へと急ぎ帰ってきた。


 玄関へ入った瞬間に愛しのフィリーネに笑顔で出迎えてもらうのが、フォルクハルトの楽しみであり幸せな瞬間だ。


 しかし開かれた玄関ドアの先に、フィリーネの姿はなかった。

 長旅の後で体調を崩したのだろうかと心配になったフォルクハルトは、出迎えてくれた執事長に尋ねようとしたが、ふと視線を感じて吹き抜けの二階部分へと視線を向けた。


 そこには久しぶりにファンサうちわを掲げているフィリーネ。……っと、彼の両親の姿。


「きゃー!フィーちゃん、フォルクがこちらを向いたわよ!」

「フォルク―!フィーちゃんがファンサをご所望だぞー!」


 きゃっきゃとはしゃぐ両親を目にしたフォルクハルトは、盛大にため息を付きながら額を押さえた。

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◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

~長編~

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