04 妻との出会いは必然に1
王宮へ向かうためフォルクハルトと共に馬車へ乗り込んだライマーは、向かい側に座っている主を睨んでいた。
「睨んでいないで、文句があるのならはっきりと言ったらどうだ?」
「……フィーをあまり虐めないでください」
頬を膨らませたライマーの仕草は二十四歳とは思えない幼さだが、これでいて彼はフォルクハルトと同じく最高位の王宮魔導士だ。
本来なら自らも従者を従えるような立場だが、ライマーは士官学校時代から一学年上のフォルクハルトに憧れており、頑として従者の立場を誰かに譲ろうとはしない。
そんなライマーは、フィリーネの従兄妹でもある。
フォルクハルトとフィリーネの結婚に自分が一役買ってしまった負い目があるので彼女の環境を改善しようと努めているが、冷たい性格がゆえに『氷の魔導士』という異名があるフォルクハルトには何を言っても通じないことも長年の経験で熟知していた。
そのため、いつも不貞腐れ気味な態度になってしまう。
「虐めてなどいない。彼女が勝手に涙を流しただけだろ。俺はむしろ被害者だ」
「フィーが涙を流すほどの環境を作ったのは、フォルク様でしょう。一つ屋根の下に住んでいるのですから、もう少し歩み寄ってもいいんじゃないですか?」
「俺は金で一年間の結婚生活を買ったんだ。一年後には彼女も持参金を手に入れ、望みの結婚ができるはずだ」
この国では持参金のない娘は、例え器量よしでもなかなか嫁の貰い手がない。
貧乏男爵家に生まれたフィリーネは、まさにその境遇にあった。
「出戻り娘に、良い縁談が来るはずないでしょう……」
口を尖らせるライマーに向けて、フォルクハルトはにやりと笑ってみせる。
彼は決して母親の胎内に笑顔を忘れてきたわけではない。笑える時は笑う男だが、彼の屈託のない笑顔を見た者はこの国では片手に収まる程度しかいないと思われる。
「どうせ、お前が貰うのだろ?俺はお前に祝儀をやるようなものだ」
「なっ……!伯父さんにもまだ言っていないんだから、勝手な推測でしゃべらないでくださいよぉ~」
ライマーは顔を赤くしながら、両手を横に振った。
けれどフォルクハルトの指摘通り、ライマーはこの件が片付いたらフィリーネに結婚を申し込もうと思っていた。
フィリーネとは歳が離れているが『ライマー兄様』と懐いてくる彼女が可愛くて、昔からよくフィリーネとは交流を持っていた。
少し気弱だが優しい性格のフィリーネは成長と共に目を見張るほど美しくなっていったが、昔と変わらず懐いてくる彼女にライマーは心を奪われていた。
けれど、貧乏ながらもフィリーネの家は本家で、ライマーの家は分家。この国の常識でいくと分家から本家に結婚の打診をするのは非常識なため、ライマーは本家からの打診を待つしかなかった。
そこへ降って湧いたのが、フォルクハルトとの結婚だった。
幸か不幸か離婚が決まっているフィリーネになら、分家から結婚の打診をしても親戚から非難されない状況となる。むしろ一族の恥とならぬよう、誰が引き取るか相談しなければならない事態だ。
ライマーはまたとない好機だと密かに考えていたが、フォルクハルトにはお見通しだったようだ。
むしろ、フォルクハルトの策略だったのかもしれないとさえ思っている。
未来への希望に心を弾ませている様子のライマーだが、一方でフォルクハルトの心は沈み切っていた。
彼は先ほどのフィリーネの涙が、頭から離れずにいた。
フィリーネ自身は感動の涙を浮かべていたのだが、それを知らないフォルクハルトには自分を恨んでいるように映ってしまったのだ。
どこで選択を間違えたのか。いや、始めから全て間違っていたのだと思いながら、フォルクハルトはため息をついた。
三ヶ月前――。
王宮魔導士本部の応接室には、フォルクハルトとライマー、それから二人の上司数名が集まっていた。
フォルクハルトの向かい側に身を縮ませながら座っているのは、フィリーネの父であるクラウス。
一人だけ下位魔導士の証である白縁の制服を身にまとっている姿が、場違いな状況を引き立たせていた。
なぜ本部へ呼ばれたのかも聞かされないまま応接室へ押し込まれたクラウスは、名だたる有名魔導士が勢ぞろいしている空間に眩暈を起こしそうになったが、この場で唯一の顔見知りであり一族唯一の出世頭でもある甥のライマーに席を勧められたので、何とか意識を保ちつつ席に着くことができた。
「国王陛下は、フォルクハルトが未だ未婚であることを大変憂慮なさっておられる。我らは陛下の憂いを晴らすため、フォルクハルトの結婚相手に其方の娘を据えることとした」
既に決定事項として娘の結婚を告げられたクラウスは、再び眩暈を起こしそうになったが何とか思いとどまった。
国王陛下が若き天才であるフォルクハルトを大変気に入ってることは、王宮で働く者なら誰でも知っている事実だ。
下位魔導士であるクラウスもその噂は耳にしていたが、まさかそれが自分の娘の結婚問題にまで及ぶとは露ほども思っていなかった。
「なぜ……、私の娘なのでしょうか……」
最高位魔導士に怯えながらも何とか言葉を絞り出したクラウスだったが、娘の結婚相手となるフォルクハルトはじっと彼を見つめるだけだった。
家柄も魔導士としての地位もフォルクハルトのほうが上だが、義理の父になる相手に対して腕を組んで対峙している姿を見て、フォルクハルト自身もこの結婚に乗り気でないことは瞬時に察することができた。
そんなフォルクハルトの代わりに上司が理由を説明したのだが――。
髪の色が氷の魔導士にぴったりだとか。
瞳の色がフォルクハルトと同じだとか。
名前の頭文字が同じだとか……。
何とか二人の接点を考えたのだろうが、あまりに馬鹿げている理由にクラウスは唖然としてしまった。
そしてフィリーネの存在を知ったきっかけは、ライマーが「従兄妹が可愛い」と常日頃自慢をしていたからだという。
まさかの身内の仕業に、クラウスは三度目の眩暈を食いしばりながらライマーに視線を向けた。
『ご・め・ん』
と口パクで謝る甥に対して。
『ごめんじゃねーだろ馬鹿野郎!』
と目で訴えたクラウスだったが、ここでどう文句を言おうとも最高位魔導士からの決定事項を覆すことができるはずもない。
心の中でため息をつきながら、クラウスは深々と頭を下げた。
「謹んでお受けいたします。娘をどうぞよろしくお願いいたします」
理由はどうであれ、貧乏男爵であるクラウスには貴族へ嫁がせるだけの持参金を娘に持たせてやることができない。
冷静に考えればまたとない好機なのではと思えた。
フィリーネと年齢は少し離れているが、いずれは王宮魔導士のトップに君臨するであろう人物だ。
引く手あまたのはずの彼が娘を選んでくれたことに、むしろ感謝するべきなのかもしれない。
そう思い少し心が楽になるのを感じたクラウスは、結婚の詳しい話を聞こうと頭を上げたが――。
向かい側に座っていたフォルクハルトは、立ち上がって彼を冷たく見おろしていた。
「今から式を挙げる。娘を連れてこい」