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38 推しと領地視察4

 言い直された発言も、フィリーネにとっては驚き以外のなにものでもなかった。


 フィリーネの元へ婿入りする者は、必然的に男爵の地位と借金まみれの領地を引き継ぐことになる。

 借金についてはフォルクハルトが返済してくれると決まったが、それでも何の旨味もない領地と、侯爵よりも劣る男爵を継ぐ利点がない。


 それにフォルクハルトは、ローデンヴァルト侯爵家の一人息子であり跡取りだ。

 彼がフィリーネの元へ婿入りすると、ローデンヴァルト家が困るのでは。

 フィリーネの頭の中は様々な疑問でいっぱいになった。


「視察をしてみてわかったのだが、東の森にいる魔獣の数が爆発的に増えているようなんだ。この土地は最高位魔導士が常駐しなければならない状況となりつつある」

「それでフォル様が……?」

「ああ、じきに領主ではどうにもならない事態になるだろう。大惨事が起きる前に来られて良かった」


 フィリーネは昼間に塔の屋上から見渡した森を思い出した。

 領地の東には森が広がっており、その奥にある山の向こう側が隣国という位置関係になっている。

 森の南側は平野が広がっており、隣国とを行き来する正規ルートはそちらだ。

 けれど戦時中は、遠くまで見渡せる平野よりも身を隠す場所が多い森のほうが、敵国としては奇襲をかけるのに好都合だった。

 ここはその奇襲を監視するための重要拠点であったのだ。


 人の出入りが多かった頃の森は魔獣の数が減っていたようだが、平和条約が結ばれ徐々に森に入る者がいなくなり、魔獣にとって安住の地となったため生息数が増えていった。

 今は魔獣同士の縄張り争いに負けた弱い魔獣が、棲み処を追われて森からこの領地へ流れてきているようだと、フォルクハルトはフィリーネに説明をした。


 じきに領民では対処できないほどの魔獣も森を追われて現れるようになると聞いて、フィリーネは恐ろしくなってしまいフォルクハルトにしがみついた。


「心配するな、それに対処するための婿入りだ。森の魔獣を減らしこの土地を人が安心して暮らせるようにまで戻すには何年もかかるが、俺が領主となればその後も平和を維持できるだろうからな」

「けれど、フォル様のご両親は反対なさるのでは……」

「跡取りの俺が、なぜ今まで結婚もせずにいられたと思う?」


 そう問われてフィリーネは、はっとした。

 そもそもは、フォルクハルトに結婚の意思がなかったからこそ、一年の契約としてフィリーネが結婚させられたのだ。

 侯爵家の跡取りが、なぜ独身でいることを許されていたのか。

 それについてフィリーネが考えたことは一度もなかった。二次元の推しは結婚しないものだという先入観で、疑問にも思っていなかった。


「他にも跡取りの候補がいらっしゃる……のでしょうか?」

「まぁ、そんなところだな。正確には、俺の後を継ぐ養子が既に決まっているんだ」


 フォルクハルトが養子を取ることになるまでの経緯は、彼の父の代にまでさかのぼる。


 彼の父は、双子の兄としてローデンヴァルト家に生まれた。

 双子の弟は作品にも登場する叔父。彼は侯爵家の息子であることに誇りをもって育ったが、成長するにつれて自分よりも少しだけ早く生まれたというだけで後継ぎになれた兄を妬むようになった。

 次第に爵位を巡って兄弟仲が悪くなるが、フォルクハルトの父は爵位を継ぐ際に弟に対してある提案をした。


『次の跡取りは、俺達の子供から優秀なほうを選ぼう』


 生まれの順で跡取りが決まってしまうことに対してうんざりしていたフォルクハルトの父は、せめて弟の子供にそのチャンスを与えてやろうと思ったのだ。


 弟はその提案を喜び、生まれた息子には爵位を継ぐ者として相応しくなるよう英才教育を施した。

 しかし、弟夫婦よりも子供を授かるのが遅かったフォルクハルトの両親。

 弟夫婦よりも十年遅れてやっと授かったフォルクハルトは、天才的な魔法の能力を持って生まれた。

 それに加えて、教育せずとも何でも卒なくこなしてしまうフォルクハルトは、誰の目から見ても優秀そのものだった。


 それまで次期侯爵は弟夫婦の子供で決まりのような雰囲気だったのが一変してしまい、叔父の嫉妬心はフォルクハルトに向けられてしまう。

 嫉妬に駆られて幾度となくフォルクハルトの妨害を繰り返すというのが、作品で語られるフォルクハルトのメインストーリーで、そこまではフィリーネも前世の記憶で知っている。


「俺は結婚する予定がなかったので、叔父の孫に爵位を譲る契約をしたんだ」


 妨害を繰り返した相手に褒賞をやるようなものだと怒った士官学校時代の友人もいたが、フォルクハルトとしては結婚や跡取りを催促されないのはむしろ好都合だと話すと、彼らは「フォルクらしい考えだ」と納得してくれた。

 それにこの提案を両親にした際に、フォルクハルトの父はほっとしたように感謝をしてくれたのだ。

 父にしてみれば、長い争いがやっと終結した気分だったのだろう。

 この争いに巻き込まれた誰もが納得できる結果を、フォルクハルトは導き出した形となった。


「では、フォル様の代わりにその方を?」

「彼はまだ未成年なので、父には予定より長く侯爵を続けてもらうことになるがな」


 フォルクハルトが婿入りすることについては、何の障害もないと理解したフィリーネ。

 そこで、昨夜のフォルクハルトが尋ねた「フィーは結婚相手に爵位を求めるほうか?」という発言についても納得できた。

 彼は昨日の時点で領地がひどい状態だと察していて、この領地を引き継ぐことを考えていたようだ。


「フォル様は……、なぜそこまでしてこの領地を助けてくださるのですか?」


 とてもありがたい話だが、初めて訪れた領地に対してそこまでしてくれる理由が思い浮かばない。


「ここは、フィーが俺と離婚してまで助けようとした領地だからな。俺も何か役に立ちたいと思ったんだ。それに、ここを手に入れておかなければフィーの気持ちが離れてしまわないか不安だ」

「離れたりしませんわ……!私は例え、離婚してしまってもフォル様を一生お慕いするつもりでいたのですから、この気持ちはいつまでも変わりません」

「嬉しいが、その気持ちは俺の隣にいてくれなければ意味がないんだ。少しでも俺の心配をやわらげてくれる気があるのなら、俺を婿に取ってこの領地を俺にくれ」


 そこまでしなくてもフィリーネの推しに対する気持ちはずっと変わらないが、それでフォルクハルトが安心するのなら拒む理由もない。

 それにフォルクハルトが領主となってくれたら領民は安心して元の生活を送ることができるし、侯爵家の知識で今までよりもしっかりとした領地運営をしてくれるだろう。

 デッセル家にとってはこれ以上ない良縁だ。


「はい……。全てフォル様に差し上げます」


 推しの提案に感謝をしながら微笑むと、フォルクハルトの柔らかい温もりが唇に触れた。

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