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35 推しと領地視察1

 孫娘の結婚式に参列できると聞いて大いに喜んだ祖父母と話し終えた後、夕食までの休憩にと二人は応接室へ通された。


「フォル様、先ほどのお話は……」


 部屋の中が二人と一匹だけになると、フィリーネはすぐさまフォルクハルトに問いかけた。

 先ほどフォルクハルトが祖父母にした発言が、いまいち現実のこととして思えずにいたのだ。

 自分は幸せボケで聞き間違えをしたのではないだろうかと、確認せずにはいられなかった。


 しかし、フィリーネが困惑しているように見えたフォルクハルトは、彼女の手を取り真剣な表情を彼女に向けた。


「フィーには結婚式に対して負の感情を植え付けてしまい、本当に申し訳なく思っている。君が困惑するのは最もだがどうかもう一度だけ、俺に結婚式をやり直す機会を与えてくれないだろうか。君の祖父母が喜んでくれたように、君には大勢の人からの祝福を受けてもらいたいんだ」


 フィリーネに対して負い目を感じているフォルクハルトは、少しでも彼女が幸せになれるようにやり直せるものは全てやり直したい、それが自分のしでかしたことの償いだと思っていた。

 どうにか彼女の許可を得たいと必死だったが、それを聞いたフィリーネは安心したように微笑んだ。


「あの、困惑していたのではないのです……。幸せな事ばかり続いていたもので、本当に現実なのか心配になってしまいまして……」

「これは紛れもなく現実だ。俺ともう一度、結婚式を挙げてくれるだろうか?」

「はいっ……、とても嬉しいです」


 結婚なんて夢のまた夢だと思っていたフィリーネは、何の準備もなく突然突きつけられたあのような結婚でも幸運に思っていた。事実を知るまでは。

 けれど本当は、夫婦となる誓いをしたかったしその証となる儀式もしたかった。


 それが叶うことが嬉しくて胸がいっぱいになっている彼女の表情は、まるで幸せに満ち溢れた花嫁のようにみえて、フォルクハルトは引き込まれるようにフィリーネの唇に口づけた。




 この塔は監視兵の駐留場所でもあったので、食堂は村人全員を入れられるほどの大きさがある。

 食堂へ案内された二人が入室すると村人たちに拍手で迎えられたので、フィリーネは少し気恥ずかしさを感じた。

 孫娘が結婚相手を連れて帰ってきたということで、祖父母がお祝いの宴を開いてくれたようだが、先ほどまで結婚式の話をしていたせいで、この場が披露宴のように思えてしまったのだ。


 この宴の料理に使う食材をわざわざ隣町まで調達しにいってくれたのが幼馴染のテオで、先ほどはその帰り道だったそうだ。

 一言お礼を言いたかったフィリーネだが、テオはこの場にはいない。外の見張りを一人で引き受けてくれたそうだ。


 この辺りに出る魔獣はさほど狂暴ではないので、門さえ閉じておけば塀の中まで侵入される心配はないが、それでも最近は凶悪な魔獣も出現するようになってきたので、魔獣が活動する夜は常に見張りが必要になっているそうだ。

 そんな状態なので、村人が自分たちの家で暮らすこともままならず、今は全員が塔で暮らしている状態だという。


「これほどの被害になる前に、王宮魔導士の派遣を願い出れば良かったのでは」


 お土産に渡したお酒をフィリーネの祖父と一緒に飲みながら、フォルクハルトは最もな疑問を投げかけた。

 王宮魔導士とは王宮を守る仕事だが、各地の魔獣被害の処理をするのも重要な仕事だ。

 地方の領地は王宮魔導士を派遣してもらっているところが多く、最近は派遣人数も増えていて王宮魔導士も人手不足になりつつあるほどだ。


「国にはすでに多額の借金をしておりますし、王宮魔導士様を派遣していただくとなると……。幸いこの塔のおかげで安全に過ごせております」


 フィリーネの祖父は言いにくそうに答えた。

 王宮魔導士の派遣自体は無料だが、彼らの滞在費は領地で持つことになっており、一度の派遣で最低でも四人駐留することになる。

 王宮魔導士は貴族家出身の者ばかりなので、それに見合うもてなしをせねばならないのが負担で派遣を願えなかったようだ。


 他の領地はそれでもなんとか工面して王宮魔導士を呼び寄せているが、この領地はこの塔のおかげで領民は安全を確保できている。だが、そのせいで魔獣の生息域を広げる事態になってしまった。

 このままでは近隣の町まで魔獣被害が拡大してしまうので、その前に手を打たねばならない。


「これ以上の被害は抑えなければなりません。数日調査してから、王宮魔導士を派遣させましょう」

「ですが、当家には……」

「費用はこちらで負担しますのでご心配なく。今回はその視察も兼ねてこちらへ伺いました」

「なっ……!」


 フィリーネの祖父は驚きのあまり、完全に動きを停止してしまった。

 どうやらフィリーネは、この件については手紙に書かなかったようだ。

 この様子だと借金を返済する件も話していないだろうと思ったフォルクハルトは、これ以上はひとまず伏せておくことにした。

 今の話で頭が真っ白になっている祖父に、これ以上の刺激は体に負担がかかりそうだ。




 宴も終わり、部屋へと案内されたフィリーネとフォルクハルトは、思いも寄らない事態に二人とも動揺していた。

 この塔には客室が一つしかなく、当然そこにフォルクハルトが滞在すると思っていたフィリーネだったが、なぜか自分もその部屋に割り当てられてしまったのだ。


「おっ……お祖母様っ。お部屋が一つでは足りないわっ!」

「心配しなくても、使用人の皆さんの部屋は別に用意したわよ?」

「そうではなくて……、その……」


 旅行の間もずっと寝室は別だった二人。今日も別々の寝室を希望したいフィリーネだが、それを上手く伝える言葉が見つからない。

 もじもじしている間にも祖母は、空いている部屋はもうないと言い残して部屋を出ていってしまった。


 廊下へ出た祖母が、アメリアと手を握り合いうなずき合っているなど知らない二人の間には、沈黙が流れた。



 フォルクハルトとしても、この事態は想定外だった。

 フィリーネはまだまだ初々しい態度を見せてくれるので、彼女と寝室を共にするのは両親に挨拶を終えてもう一度結婚式をやり直した後で良いと思っていたのだ。


「この部屋はフィーが使ってくれ。俺はどこか適当な場所で寝るとしよう」


 フォルクハルトが部屋を出ていこうとしたので、フィリーネは慌てて彼の上着の裾を掴んだ。


「お客様にそのような待遇は、お祖母様に叱られてしまいますわ。私はこの部屋のソファを使いますので、フォル様はベッドをお使いください」


 良い案だと思ったフィリーネだが、フォルクハルトは彼女に背を向けたまま呟いた。


「いや……、君と一緒の部屋というだけで理性を保てそうにない……」


 推しの思わぬ発言に、フィリーネは恥ずかしさと共に嬉しさがこみ上げてきた。

 フォルクハルトの愛はとても熱いので、すぐにその日はやってくると思い身構えていたフィリーネだったが、一向にその気配がないことについては少し疑問に思っていた。

 自分はフォルクハルトにそう思わせるだけの魅力が足りないのかと思っていたけれど、そうではなかったようだ。


 フォルクハルトと新たな関係を築きたいけれど少し怖いという気持ちから尻込みしていたが、ついに決心する時がきたのだと手に力を込めた。


「かっ……、構いません」


 か細い声が聞こえたのでフォルクハルトが思わず振り返ると、顔を真っ赤にさせているフィリーネが潤んだ瞳でこちらを見上げていた。


「無理をする必要はない。手が震えているではないか」

「フォル様が優しくしてくださるとわかれば、すぐに震えは収まります……ですから」

「フィー……」


 頼りなさげだが決意したような表情をしている妻の願いを、無下にはできない。

 フォルクハルトは今すぐフィリーネを抱き上げて運びたい衝動を抑えて、愛犬に視線を向けた。


「カミル、悪いが今日は使用人の部屋で寝てくれ」

「わうっ……!?」


 今まで常に自分を受け入れてくれていた飼い主とは思えない発言に、衝撃を受けたカミル。

 だが二人のただならぬ雰囲気を察したので、仕方なくあご乗せ枕として愛用しているフォル様ぬいを咥えて部屋を出たのだった。

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