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34 推しとの旅がご用意されました4

 そう叫んだ領民は、慌てた様子で続けた。


「じゃなかったっ、フィリーネお嬢様……違うな?フィリーネ奥様!フィリーネ夫人!?」


 どう呼ぶのが正解なのか混乱している様子の領民の姿がおかしくて、フィリーネはくすくすと笑い出した。


「ローデンヴァルト夫人だ」


 さり気なく名前呼びを却下したフォルクハルトは、フィリーネに視線を向けた。


「もしやと思ったが、やはりフィーの知り合いだったか」

「はい。彼はテオと申しまして、領地での幼馴染です。テオ、こちらは私の旦那様でフォルクハルト・ローデンヴァルト様よ」

「貴方様が、噂の侯爵様!?」

「まだ爵位は継いでいないがな」


 領主以外の貴族を見たことがないテオは、まじまじとフォルクハルトを見回してからため息をついた。


「フィ……ローデンヴァルト夫人は本当に結婚したんだな……。ちくしょうっ、俺よりよっぽどいい相手じゃねーか!それに、お前……綺麗になったな。本当に驚いたよ」


 何だか悔しそうな表情のテオを見て、フィリーネは首を傾げた。


「……?テオこそ、男前になったわね。もうお嫁さんはもらったのかしら?」

「こんなド田舎へ嫁に来たがるような奴はいないさ」


 残念そうに微笑んだテオは、村まで案内すると言って自分が乗っていた荷馬車へと駆けていった。



 再び動き出した馬車の中、フォルクハルトは不機嫌そうに窓の外を眺めていた。


「フォル様……、領民が失礼な態度を取ってしまい申し訳ありませんでした。皆、他の貴族と接したことがない者ばかりですので、領地へ到着してからもご不快に思われることが多々あるかもしれません……」


 先ほどのテオの気安い態度に腹を立てているのかと思ったフィリーネはそう謝ってみたが、フォルクハルトは窓に視線を向けたままぼそりと呟いた。


「あいつと将来の約束でもしていたのか?先ほどの発言はそのように聞こえたが」


 フィリーネ自身も先ほどのテオの発言については疑問に思っていたが、フィリーネの記憶では一度もそんな約束をした覚えはなかった。


「していないと思いますが……彼のほうが年上ですので、私の記憶がないほど幼い頃に約束をした可能性はあるかもしれません……」


 幼い子供は意味もよくわからないまま、気軽にそんな約束をしてしまうものだ。

 はっきりと否定できなくてフィリーネが申し訳なく思っていると、フォルクハルトは額に手を当ててため息をついた。


「すまない……。俺はまた、一方的な考えで君を傷つけようとしている……。だが、心配なんだ。いつか本当にフィーと想い合っている男が現れて、俺から君を掻っ攫っていくのではないかと……」


(フォル様はもしかして……、嫉妬しているのかしら……)


 作品中でヒロインが他のイケメンと楽しそうにしていても、これほど嫉妬している態度を彼は見せたことがない。

 まさか推しに嫉妬してもらえる日が来るとは、フィリーネは思いもしていなかった。


「フォル様っ、私が本当にお慕いしている方はフォル様以外におりません。私の心を掻っ攫ったのはフォル様です――っ!」


 言い終わると同時にフォルクハルトに勢いよく抱きつかれ、フィリーネは驚いて息が止まりそうになった。


「フィーは俺を喜ばせる天才だな。君が愛おしくて、俺はどうにかなってしまいそうだ」


 フィリーネの耳元でそう囁いたフォルクハルトは、そのまま彼女の耳に口づけた。

 それに反応して彼女の口から洩れた声は、しかし愛犬の「わんっ!」という元気な声によって掻き消えてしまった。


 フォルクハルトは鋭い視線を愛犬に向けたが、カミルはその視線に気づきもせずに尻尾をフリフリしながら外を眺めている。

 カミルは決して邪魔をしたわけではない。窓の外を眺めていた彼はあるものを見つけたのだ。


「カ……カミルどうしたの?」


 フィリーネは真っ赤になっているであろう自分の顔を、フォルクハルトから隠すようにしてカミルと一緒に窓の外を眺めてみると、祖父母の家が昔と変わらずにそびえ立っているのが見えて懐かしい気分になった。


「フォル様、祖父母の屋敷が見えてまいりましたわ」

「随分と立派な塔だが……」


 レンガで作られた円柱の巨大な塔は、王宮の塀に隣接する側防塔の如く立派なものだ。

 けれど、それに見合うだけの屋敷はどこにも見当たらず、見えているのは塔とそれを囲むように作られている塀のみだった。


「実家の祖先は、国境を守る兵でした。当時は、まだ隣国との和平協定が結ばれたばかりの頃でしたので、国境の監視が必要だったそうです。年月が経つうちに徐々に監視の兵は減らされ、最後まで残った祖先がそのままこの地の領主となったそうです」


 当時は多くの兵がこの塔に駐留していたため、それを目当てに近隣の町から人が集まってきてできたのがこの村だ。


「各地に監視塔跡はあるが、これほど綺麗な状態で残っている塔は初めて見たな。そこにフィーの祖父母が住んでいるのか?」

「はい。当時から屋敷を立てるほど裕福ではなかったそうで……、お恥ずかしい限りです」


 最後まで塔の監視を押し付けられたり、魅力に乏しいこの地を押し付けられたりと、フィリーネの家系は先祖代々貧乏くじを引く体質だったようだ。



 そんな話をしているうちに馬車が村へ入ると、フィリーネとフォルクハルトは異変に気がつき顔を見合わせた。

 そろそろ灯りが欲しい時間帯だというのに、村にある住居には灯りどころか人の気配が感じられなかった。

 ここまで来る途中で見た家と同じ状況に、フィリーネは再び不安を覚えた。


「フォル様……」

「幼馴染がいたのだから、村人がいないというわけでは無さそうだ。まずは、フィーの祖父母に事情を聞こう」

「はい……」


 しかし、塔を囲む塀の内側に入った途端、その不安は一瞬で解消された。

 村人全員が、塔の前でフィリーネ達の到着を出迎えてくれていたのだ。


 皆、フィリーネの記憶よりも歳を取っているが元気な姿で笑顔を向けている。

 その中には祖父母の姿もあり、フィリーネは懐かしい気持ちでいっぱいになった。


「お祖父様っ!お祖母様っ!」


 馬車から降りたフィリーネは、侯爵家の夫人としてはしたない行為だということも忘れて、祖父母の元へ駆け寄った。


 久しぶりに会えた祖父母とひとしきり抱擁を交わしてから我に返ったフィリーネは、慌ててフォルクハルトを祖父母に紹介すると、二人とも涙を浮かべながら喜んでくれた。


「手紙をもらった時は驚いたが、素晴らしいお相手に巡り合えて本当によかったなフィリーネ」

「フォルクハルト様、孫娘を見初めていただき本当にありがとうございました」

「欲を言えば、フィリーネの花嫁姿を見てみたかったな」

「あなたったら、それは贅沢というものですよ。王都を往復するのにいくらかかると思っているんです」


 祖父母は経済状況の問題で結婚式に呼ばれなかったと思っているようだが、そもそもフィリーネは花嫁衣裳を着ていないし、式に人も呼んでいないどころか結婚証明書にサインしただけだ。

 そんな式だったと祖父母には知らせられないとフィリーネが思っていると、フォルクハルトが祖父母に向けて口を開いた。


「結婚式は、落ち着いてから改めておこなう予定です。その際にはぜひお二人も招待させていただきますよ」


(えっ……?)


 その言葉に驚いたフィリーネがフォルクハルトに視線を向けると、彼は優しくフィリーネにうなずいてみせた。

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◆作者ページ◆

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