表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

30/47

30 推しの様子がおかしい4

 お茶会はフィリーネの部屋でおこなわれた。

 フィリーネの部屋に今まで描いた絵が飾られてあると聞いたフォルクハルトが、見てみたいと願ったのだ。


「驚かないでくださいね……」


 そう一言呟いてから、フォルクハルトを部屋に招き入れたフィリーネ。

 今の彼女は、隠していたオタク趣味を好きな人に見られてしまった気分だ。

 それもそのはず。今のフィリーネの部屋は、至る所にフォルクハルトの絵が飾られていて前世の七海のオタク部屋と負けず劣らずのフォル様満載の部屋となっているからだ。


 驚くなと言われたフォルクハルトだが、これにはさすがに驚いた。

 けれど一枚一枚丁寧に見てみると、カミルの部屋にあった絵と同じくどれも丁寧に描かれているものばかりだった。

 愛情あふれる絵の数々を目にして、自分はこれほどフィリーネに愛されていたのだと感動すら覚えた。

 こんなにも自分を想ってくれる彼女が愛おしくて、思わず彼女を抱きしめたフォルクハルト。


「フィー、俺はこんなにも君に愛されていたというのに、今までの君に対する態度は悔いても悔やみきれない……」

「あの……。そのことはもう気にしないでください。私が一方的にフォル様をお慕いしていただけのことですので。それに、自分が好意を寄せた相手に必ず振り向いてもらえるとはかぎりませんわ。人を好きになるとは、そういうことだと思います」


 優しく微笑むフィリーネを見て、フォルクハルトはさらに彼女への想いが高まる。


「君はなんて慈悲深いんだ……。これまで君に辛い思いをさせてしまった分、これからは君を幸せにしたい。……俺達は想いあっていると思って良いのだろ?」


 フォルクハルトに頬を撫でられたフィリーネは心臓が大きく波打つのを感じたが、同時に心にちくりと針を刺された気分になった。


 彼を想う気持ちは変わっていないが、慰謝料で領地の借金を減らそうと考えているフィリーネは、どうしてもフォルクハルトと離婚しなければならない。

 彼が提示した慰謝料は、月々の給料という名の生活費も合わせると、領地の借金を三分の二ほど支払える額だった。

 領地にいる祖父母や領民の辛い日々を考えると、フィリーネは自分だけ幸せになるなんて選べなかった。


 昨夜は七海に依存しない素直な自分の気持ちを思い出したが、同時にその現実に向き合わなければならなかった。

 いずれはフォルクハルトに告げなければと思っていたが、推しが落胆する姿をフィリーネは見たくなかった。


 けれど、フォルクハルトの想いの強さにどう返事をするべきかわからず、フィリーネは視線を落としてしまった。


「……俺の勘違いだったのか?」

「ちっ違いますっ!」

「ではなぜ、そんな悲しそうな顔をしているんだ……?」


 心配そうに彼女の顔を覗き込むフォルクハルト。


 推しの辛い顔は見たくないけれど、ずっと真実を告げないでいるのはもっと彼を悲しませてしまう。

 そう思ったフィリーネは覚悟を決めることにした。


「フォルクハルト様……、私と離婚してください。私は貴方からの愛よりも、お金が欲しいと思っている浅ましい女なのです……。どうか私のことはお忘れください」


 努めて冷静にそう伝えると、彼はフィリーネの頬に触れていた手をぱたりと落としてしまった。


「……君にとってここに飾られている作品の数々は、ただの娯楽でしかなかったのか?俺を模したぬいぐるみもクッキーも……、ファンサうちわや毎日届けられた手紙もっ……!」


 フィリーネにとってそれらは楽しいオタ活ではあったが、決して娯楽としてやっていたわけではない。

 常にフォルクハルトへの愛を形にしたい、彼を応援したいという強い気持ちでおこなっていたことだ。


 けれどそれを、離婚を求めている相手に告げることはできない。

 フィリーネが黙って彼を見つめていると、フォルクハルトは理解したように鼻で笑った。


「……なるほど、手紙は途中で飽きたから書くペースが減ったんだな」


 フォルクハルトはポケットからフィリーネの手紙を取り出すと、ぐしゃりと握りつぶした。

 彼にとってフィリーネからの手紙は日々の疲れを癒すアイテムであり、彼女への気持ちに気がついてからは彼女からの気持ちがこもった大切な手紙となっていたので、いつも一通はこうして持ち歩いていたのだ。


 気持ちを弄ばれた怒りで手紙を握りつぶしたが、彼女が悲しそうな顔をしたのでフォルクハルトは少し冷静さを取り戻した。

 元はと言えば自分がこんな結婚をさせたのが原因。多額の慰謝料を支払うことで彼女や彼女の父親を黙らせたのだから、今更彼女に好かれようなどおこがましかったのだ。


「すまない。言い過ぎた」と謝って手紙をポケットに戻したフォルクハルトは、ため息を付いてからさらに続けた。


「俺と離婚してまで嫁ぎたい先があるのか?例えば、ライマーとか……」

「ライマー兄様は素敵な従兄妹ですが……。嫁ぐ予定はどこにもありません」

「では慰謝料で豪遊でもしたいのか?」

「いえ……」

「ならば、何のために金が欲しいんだ」

「…………」


 フィリーネは口を噤んでしまったが、フォルクハルトは自分よりも優先されるお金の使い道が気になって仕方なかった。

 言わなければ慰謝料を支払わないと迫ろうかと考えたが、ふと彼女の境遇が頭をよぎった。


「もしかして……、領地の借金を返済するために……?」


 今にも泣きそうな顔で小さくうなずくフィリーネ見て、フォルクハルトは愕然とした。

 心優しくフォルクハルトを気遣う手紙ばかりを送ってきた彼女が大金を手にしたら、使い道が私欲なはずがなかったのだ。


「妻の実家の借金くらい、俺が全て返済する」


 これが事業の失敗やギャンブルなどの借金ならば返済する義理もないが、フィリーネの家の借金は領地の魔獣被害によるもの。誰かが手を差し伸べても周りから非難はされない。


 安心させるように微笑むと、フィリーネは驚いたようにフォルクハルトを見つめた。


「そんなっ……、慰謝料をいただくだけでじゅうぶん過ぎるくらいです!」

「いや、これまで君に辛く当たってしまった詫びとして受け取ってほしい。その上で、もう一度君に尋ねたいが……。今ので俺が嫌いになっただろう?俺は君を愛する資格がなかったようだ……」


 二度も彼女を悲しませる行為をしてしまったフォルクハルトは彼女を諦めるしかないと判断し、彼女に背を向けて部屋を出ようとしたが――。


「嫌いにはなっておりませんっ。私はフォル様の不器用な性格も含めて、お慕いしておりますっ!」


 フィリーネは彼を部屋から出ていかせまいとして、フォルクハルトの背中に抱きついた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

gf76jcqof7u814ab9i3wsa06n_8ux_tv_166_st7a.jpg

◆作者ページ◆

~短編~

契約婚が終了するので、報酬をください旦那様(にっこり)

溺愛?何それ美味しいの?と婚約者に聞いたところ、食べに連れて行ってもらえることになりました

~長編~

【完結済】「運命の番」探し中の狼皇帝がなぜか、男装中の私をそばに置きたがります(約8万文字)

【完結済】悪役人生から逃れたいのに、ヒーローからの愛に阻まれています(約11万文字)

【完結済】脇役聖女の元に、推しの子供(卵)が降ってきました!? ~追放されましたが、推しにストーカーされているようです~(約10万文字)

【完結済】訳あって年下幼馴染くんと偽装婚約しましたが、リアルすぎて偽装に見えません!(約8万文字)

【完結済】火あぶり回避したい魔女ヒロインですが、事情を知った当て馬役の義兄が本気になったようで(約28万文字)

【完結済】私を断罪予定の王太子が離婚に応じてくれないので、悪女役らしく追い込もうとしたのに、夫の反応がおかしい(約13万文字)

【完結済】婚約破棄されて精霊神に連れ去られましたが、元婚約者が諦めません(約22万文字)

【完結済】推しの妻に転生してしまったのですがお飾りの妻だったので、オタ活を継続したいと思います(13万文字)

【完結済】魔法学園のぼっち令嬢は、主人公王子に攻略されています?(約9万文字)

【完結済】身分差のせいで大好きな王子様とは結婚できそうにないので、せめて夢の中で彼と結ばれたいです(約8万文字)


― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ