30 推しの様子がおかしい4
お茶会はフィリーネの部屋でおこなわれた。
フィリーネの部屋に今まで描いた絵が飾られてあると聞いたフォルクハルトが、見てみたいと願ったのだ。
「驚かないでくださいね……」
そう一言呟いてから、フォルクハルトを部屋に招き入れたフィリーネ。
今の彼女は、隠していたオタク趣味を好きな人に見られてしまった気分だ。
それもそのはず。今のフィリーネの部屋は、至る所にフォルクハルトの絵が飾られていて前世の七海のオタク部屋と負けず劣らずのフォル様満載の部屋となっているからだ。
驚くなと言われたフォルクハルトだが、これにはさすがに驚いた。
けれど一枚一枚丁寧に見てみると、カミルの部屋にあった絵と同じくどれも丁寧に描かれているものばかりだった。
愛情あふれる絵の数々を目にして、自分はこれほどフィリーネに愛されていたのだと感動すら覚えた。
こんなにも自分を想ってくれる彼女が愛おしくて、思わず彼女を抱きしめたフォルクハルト。
「フィー、俺はこんなにも君に愛されていたというのに、今までの君に対する態度は悔いても悔やみきれない……」
「あの……。そのことはもう気にしないでください。私が一方的にフォル様をお慕いしていただけのことですので。それに、自分が好意を寄せた相手に必ず振り向いてもらえるとはかぎりませんわ。人を好きになるとは、そういうことだと思います」
優しく微笑むフィリーネを見て、フォルクハルトはさらに彼女への想いが高まる。
「君はなんて慈悲深いんだ……。これまで君に辛い思いをさせてしまった分、これからは君を幸せにしたい。……俺達は想いあっていると思って良いのだろ?」
フォルクハルトに頬を撫でられたフィリーネは心臓が大きく波打つのを感じたが、同時に心にちくりと針を刺された気分になった。
彼を想う気持ちは変わっていないが、慰謝料で領地の借金を減らそうと考えているフィリーネは、どうしてもフォルクハルトと離婚しなければならない。
彼が提示した慰謝料は、月々の給料という名の生活費も合わせると、領地の借金を三分の二ほど支払える額だった。
領地にいる祖父母や領民の辛い日々を考えると、フィリーネは自分だけ幸せになるなんて選べなかった。
昨夜は七海に依存しない素直な自分の気持ちを思い出したが、同時にその現実に向き合わなければならなかった。
いずれはフォルクハルトに告げなければと思っていたが、推しが落胆する姿をフィリーネは見たくなかった。
けれど、フォルクハルトの想いの強さにどう返事をするべきかわからず、フィリーネは視線を落としてしまった。
「……俺の勘違いだったのか?」
「ちっ違いますっ!」
「ではなぜ、そんな悲しそうな顔をしているんだ……?」
心配そうに彼女の顔を覗き込むフォルクハルト。
推しの辛い顔は見たくないけれど、ずっと真実を告げないでいるのはもっと彼を悲しませてしまう。
そう思ったフィリーネは覚悟を決めることにした。
「フォルクハルト様……、私と離婚してください。私は貴方からの愛よりも、お金が欲しいと思っている浅ましい女なのです……。どうか私のことはお忘れください」
努めて冷静にそう伝えると、彼はフィリーネの頬に触れていた手をぱたりと落としてしまった。
「……君にとってここに飾られている作品の数々は、ただの娯楽でしかなかったのか?俺を模したぬいぐるみもクッキーも……、ファンサうちわや毎日届けられた手紙もっ……!」
フィリーネにとってそれらは楽しいオタ活ではあったが、決して娯楽としてやっていたわけではない。
常にフォルクハルトへの愛を形にしたい、彼を応援したいという強い気持ちでおこなっていたことだ。
けれどそれを、離婚を求めている相手に告げることはできない。
フィリーネが黙って彼を見つめていると、フォルクハルトは理解したように鼻で笑った。
「……なるほど、手紙は途中で飽きたから書くペースが減ったんだな」
フォルクハルトはポケットからフィリーネの手紙を取り出すと、ぐしゃりと握りつぶした。
彼にとってフィリーネからの手紙は日々の疲れを癒すアイテムであり、彼女への気持ちに気がついてからは彼女からの気持ちがこもった大切な手紙となっていたので、いつも一通はこうして持ち歩いていたのだ。
気持ちを弄ばれた怒りで手紙を握りつぶしたが、彼女が悲しそうな顔をしたのでフォルクハルトは少し冷静さを取り戻した。
元はと言えば自分がこんな結婚をさせたのが原因。多額の慰謝料を支払うことで彼女や彼女の父親を黙らせたのだから、今更彼女に好かれようなどおこがましかったのだ。
「すまない。言い過ぎた」と謝って手紙をポケットに戻したフォルクハルトは、ため息を付いてからさらに続けた。
「俺と離婚してまで嫁ぎたい先があるのか?例えば、ライマーとか……」
「ライマー兄様は素敵な従兄妹ですが……。嫁ぐ予定はどこにもありません」
「では慰謝料で豪遊でもしたいのか?」
「いえ……」
「ならば、何のために金が欲しいんだ」
「…………」
フィリーネは口を噤んでしまったが、フォルクハルトは自分よりも優先されるお金の使い道が気になって仕方なかった。
言わなければ慰謝料を支払わないと迫ろうかと考えたが、ふと彼女の境遇が頭をよぎった。
「もしかして……、領地の借金を返済するために……?」
今にも泣きそうな顔で小さくうなずくフィリーネ見て、フォルクハルトは愕然とした。
心優しくフォルクハルトを気遣う手紙ばかりを送ってきた彼女が大金を手にしたら、使い道が私欲なはずがなかったのだ。
「妻の実家の借金くらい、俺が全て返済する」
これが事業の失敗やギャンブルなどの借金ならば返済する義理もないが、フィリーネの家の借金は領地の魔獣被害によるもの。誰かが手を差し伸べても周りから非難はされない。
安心させるように微笑むと、フィリーネは驚いたようにフォルクハルトを見つめた。
「そんなっ……、慰謝料をいただくだけでじゅうぶん過ぎるくらいです!」
「いや、これまで君に辛く当たってしまった詫びとして受け取ってほしい。その上で、もう一度君に尋ねたいが……。今ので俺が嫌いになっただろう?俺は君を愛する資格がなかったようだ……」
二度も彼女を悲しませる行為をしてしまったフォルクハルトは彼女を諦めるしかないと判断し、彼女に背を向けて部屋を出ようとしたが――。
「嫌いにはなっておりませんっ。私はフォル様の不器用な性格も含めて、お慕いしておりますっ!」
フィリーネは彼を部屋から出ていかせまいとして、フォルクハルトの背中に抱きついた。





