27 推しの様子がおかしい1
ライマーが一人で休憩室を出ていく姿が目に入ったハンスは、思わず彼を追いかけてしまった。
彼とはフィリーネの護衛について何度か話しているし、会えばライマーのほうからいつも気さくに話しかけてくれるくらいには見知った仲だ。
「ライマー様!」
呼び止めると、ライマーはきょとんとした顔で振り向いた。
「どうかしたのハンス?フィーの護衛で何か相談事?」
「いえ……、急にお呼び止めしてしまい申し訳ありません。急にこんなことを言い出すのは失礼かと思いますが、ライマー様がなぜこのようなことをされたのか気になってしまいまして……」
「こんなこと?」と首を傾げるライマー。
「ライマー様はフィリーネ様のことが……」とハンスが言いにくそうに述べると、ライマーは頬を少し赤くした。
「えっ!俺って、そんなにわかりやすかった!?どうしよう……、フィーに気づかれていたら俺死んじゃう……」
「フィリーネ様は、純粋に従兄妹としてライマー様を慕っているご様子に見えましたが」
「……そう?よかった。フィーはしっかり者に見えて、意外と鈍感だからなぁ」
ほっとしたように笑ったライマーは、それから真剣な表情でハンスを見た。
「フィーには幸せになってもらいたいと思っての行動だけど、気になってわざわざ尋ねるなんて、もしかしてハンスもフィーに気があるの?」
「……いえ。俺はフィリーネ様の護衛ですから、この関係が崩れない限りは職務に全力を尽くします」
護衛期間中に親しくなれたらとは思っているが、ハンスが本格的に動くのはあくまでフィリーネが離婚してからだ。
「崩れない限り……ね。まぁいいけど。ただ、フィーが望まない展開だけは許さないからね」
普段のライマーとは思えない鋭い視線。まるで魔獣相手にこれから特大魔法でも撃ち放つかのような殺気に思えて、ハンスは圧倒されて動けなくなった。
「はっ……はい。承知しました」
辛うじて出た言葉を聞いたライマーは、にこりと微笑んでこの場を去っていった。
翌朝。
朝食の準備ができたとメイドから声がかかったので、フィリーネはアメリアと共に食堂へ向かったのだが。
食堂へ入った瞬間、いつもの朝とは違う光景に驚いた。
「おはよう、フィリーネ」
テーブルにはいつも一人分しか用意されていないのに今朝は二人分が用意されており、その片側の席にはフォルクハルトが既に着席していてフィリーネに向けて微かに微笑んでいる。
笑顔を向けられたフィリーネも驚いたが、その場にいた給仕やアメリアも大いに驚いた。特に若い使用人は、主が微笑む姿などほぼ見たことがないに等しかったからだ。
フィリーネの絵によって架空に微笑むフォルクハルトは目にしていた使用人達だったが、その笑顔が現実に存在するのだと初めて知ったのだ。
「おはようございます、フォルクハルト様……」
「朝食を一緒にと思って用意させたんだが、迷惑だったかな?」
「とんでもないことです……、嬉しいです」
まさかの推しとの朝食に緊張しながらも、フィリーネは席についた。
すぐに食事が運ばれてきたが、フィリーネはナイフとフォークを持ったまま手が完全に止まっていた。
(食事をするフォル様はなんて優雅なの……)
全ての動作が洗練されていて優雅で美しく絵になる。
朝からまぶしいほどに完璧な推しの姿に見惚れていると、その視線に気がついたフォルクハルトがまたも微笑みかけてくる。
「昨夜は、良く眠れたか?」
「はいっ、おかげさまで」
本当はあまり眠れていない。
昨日はあの後、カミルが怒ったように吠え出して、フォルクハルトと喧嘩をしているのかじゃれ合っているのかよくわからない状況となった。
傍から見ていると微笑ましいその光景を見て、フィリーネは屋敷に帰ったら絵にしようと決意するも、手を掴まれた時のフォルクハルトが脳裏から離れず、何も手につかないまま夜を迎えよく眠れないまま現在に至る。
「今日は何をして過ごす予定なんだ?」
「演習場の絵を描こうと思います。魔法を使うフォルクハルト様が素敵でしたので」
「そうか、完成したら見せてもらえないだろうか」
「はいっ、よろこんでっ」
「それから、極端に帰りが遅くなる日以外は夕食も一緒に取りたいな」
「はいっ。何時でもお待ちしております」
満足そうにうなずいたフォルクハルトは、それからはっとしたように不安そうな表情になってフィリーネを見つめた。こんなにころころと表情が変わる推しをフィリーネは知らない。
「朝から要求ばかりですまない……。嫌なら遠慮なく断ってくれて構わない」
「いいえ……、私にとっても嬉しいご提案です」
「そう言ってくれるなら嬉しい。フィリーネも俺にしてほしいことはないか?」
「今は一緒にお食事ができるだけで満足です……」
「そうか。思いついたらいつでも言ってくれ」
「はいっ、ありがとうございます」
この後、ライマーがフォルクハルトを迎えにくる時間まで二人で過ごし、いつもは二階の吹き抜けからひっそりと見送っていた彼の出勤を、玄関の外まで見送ることができた。
馬車が見えなくなるまで見送ってから、とぼとぼと部屋に戻ったフィリーネ。
フォル様ぬいを抱きしめながらソファーに座りぼーっとしていると、アメリアがお茶を出してくれた。
「フィリーネ様!やっと想いが通じたようで、おめでとうございます!」
アメリアが嬉しそうにそう声をかけると、フィリーネは今にも泣きそうな顔でアメリアを仰ぎ見た。
「私……困るわ」
「えっ?」
「推しは一方的に愛す存在なのに、こんなの困るわ!こんなのまるで……、本当の夫婦みたいじゃない……」
珍しく声を荒げたフィリーネは、自分で発言をしておきながら夫婦という言葉に恥ずかしさを覚えて顔を真っ赤にさせる。
フィリーネにとってフォルクハルトという存在は、決して自分に振り向くことがなく安心して全力の愛を一方的に捧げられる推しだった。
だからこそ堂々とフォルクハルトが好きだとアピールできたし、本人にも直接好きだと伝えられたのだ。
なのにフォルクハルトがフィリーネに興味を持ってしまうと、今までのオタ活が成り立たなくなってしまう。
昨日は推しの熱い視線に押されて了承してしまったが、まさかこれほど積極的に行動されるとは思っていなかったフィリーネ。
これからフォルクハルトとどう接したら良いのか、わからなくなってしまっていた。





