26 推しぬいと出かけたい4
呼びにきたライマーと共に、魔導士達の休憩室へ向かったフィリーネ。
ライマーが勢いよくドアを開けると、中にいた十数名の魔導士達が一斉にフィリーネ達へ視線を向けた。
なぜか拍手で迎えられ驚いたフィリーネが慌てて挨拶をしていると、フォルクハルトが困惑気味な表情を浮かべてフィリーネの元へやってきた。
「驚かせてすまないな」
「いえ……。差し入れをお持ちしました。よろしければ皆様でお召し上がりくださいませ」
気を取り直して、笑顔でバスケットを差し出したフィリーネ。
ライマーは任せてくれと言っていたが、本当に受け取ってもらえるのか少し不安があったけれど、フォルクハルトはためらう様子もなくバスケットに手を伸ばした。
「感謝する。外は暑かっただろう、君もここで休んでいくといい」
「はい、ありがとうございます」
フォルクハルトが部下にバスケットを渡すと、魔導士達は口々にフィリーネに感謝を述べ、どさくさに紛れてフィリーネを褒めちぎる言葉も聞こえてきて、フィリーネは恥ずかしくなってしまった。
ただフォルクハルトに差し入れを持ってきただけなのに、この場の主役のように扱われてしまっている。
「さぁ!フォルク様とフィーは奥の部屋で休憩してくださいね!」
「いや……、俺達もここで良い」
「何を言っているんですか!こんなところで新婚夫婦にイチャつかれたら目の毒ですよ!お二人は俺達から見えない場所にいてください!」
ドッと笑いが起きる中、ライマーに背中を押されてフォルクハルトとフィリーネは奥の部屋へと押し込められてしまう。
ライマーの動きがあまりに素早かったのでアメリアとハンスは付いて行き損ねたが、カミルは野生の勘が働いたので即座にフィリーネの後を追って奥の部屋へと入り込むことに成功した。
ぽかんとした顔でライマーが去ったドアを見つめるフィリーネと、ドアを睨んでいるフォルクハルト。対照的な二人を見て「わぉん?」と首を傾げたカミルの声で二人は我に返った。
「飲み物くらいは持ってきてくれるだろう。座って待っていてくれ……」
「はい……」
向かい合わせに座った二人。
沈黙が流れる中フォルクハルトは、ライマーにしてやられたと小さくため息をついた。
いつもは誰かの妻や婚約者が差し入れに訪れても、拍手で迎えたりはしない。それどころか出入りの激しい休憩時に、全員集まっていること自体が不自然だった。
どう考えてもライマーの策略であることは間違いなかった。先ほどは突発的にあんなことを言い出したのかと思っていたが、ライマーはこの日のために準備をしてきたようだ。
考え込んでいるフォルクハルトを見つめながらフィリーネもまた、この状況についてため息をついた。
(考え込んでいるフォル様も素敵だわ……。こんなイベントが発生するなら、スケッチブックをアメリアに預けなければよかった……)
整いすぎている横顔に惚れ惚れしていると、フォルクハルトは視線に気がついてフィリーネと目を合わせたが、すぐにカミルに視線を移動させた。
「……カミルはなぜ、もの欲しそうにしているんだ?」
そう尋ねられてフィリーネもカミルを見てみると、尻尾をフリフリしながらキラキラした瞳を向けているカミルと目が合った。
二人がそれぞれ物思いにふけている間、カミルの頭の中はフィリーネが用意してくれたお菓子のことでいっぱいになっていたのだ。
「ふふ、休憩時間になったものね。今、クッキーをあげるわ」
「わんっ!」
鞄から油紙に包んだクッキーを取り出したフィリーネは、それを広げてフォルクハルトに差し出した。
「カミル用のクッキーも作ってみました。フォルクハルト様に食べさせてもらったらカミルも喜ぶと思います」
差し出されたクッキーを見たフォルクハルトは、ぬいぐるみと似たような顔のクッキーだと思った。
わざわざ犬用のお菓子まで作ってくれた彼女は、いつも愛犬にまで優しさを向けてくれる。
フィリーネからクッキーを受け取り、カミルに向けて差し出したフォルクハルト。
「ほらカミル、お前は食べてしまいたいほど俺が好きなのか?」
「わんっ!」
カミルの返事に特に意味はない。フィリーネ特製クッキーが食べられて嬉しいだけだ。
けれどカミルのおかげで場が少し和んだところに、アメリアがお茶とフィリーネの差し入れであるクッキーをトレーに乗せてやってきた。
アメリアはお茶とクッキーを二人に出すと、そそくさと部屋から去っていった。これもライマーの指示だろうが、もうフォルクハルトは気にしないことにした。
出されたクッキーは、着色されてより一層フォルクハルトらしくなっていた。
これまでいろいろな物を作ってきたフィリーネらしいクッキーだと思い、自然と顔が緩むフォルクハルト。
「青いクッキーなんて初めてみたな。これは?」
フォルクハルトの問いに、嬉しそうな顔で説明をする妻。
初めて夫婦らしいひと時を過ごしていると感じながらクッキーを味わったフォルクハルトは、もう一度差し入れに対する感謝を述べてからフィリーネを見つめた。
「……俺は、君にひどい結婚を無理やりさせたというのに、なぜここまで好意的なんだ」
そう尋ねられたフィリーネは、考えるまでもなく笑顔で答えた。
「フォルクハルト様が大好きだからです。容姿も魔法も惚れ惚れとしてしまいますが、いつも周りの方にさり気ない優しさを向けてくださるところが素敵だと思います。さり気なさ過ぎて私も誤解してしまいましたが……、そういったところも含めて応援したくなるんです」
これは七海の記憶に依存する部分が多いが、彼女が全力で応援してきた姿を知りフィリーネも同じように応援したいと思えるほどには、フォルクハルトは魅力的な存在だった。
確かに結婚の経緯はひどいものだったけれど、今のフィリーネに彼を恨む気持ちはない。今は毎日がとても楽しく、貴重な体験をさせてもらっていると思っている。
フィリーネにとってこの一年の結婚生活は、一生の思い出となる予定だ。
ファンとして認知してもらったと思い込んでいるフィリーネ。
それでも本音を伝えるのは少し恥ずかしかったので、頬を染めてはにかむように笑ってから照れ隠しに紅茶を飲もうとしたが、その手をフォルクハルトが掴んできた。
彼の思わぬ行動に、フィリーネの心臓は大きく跳ね上がった。
「俺の行いを許してくれるのなら……、夫として君を知る権利を与えてくれないだろうか」
「……え?」
「フィリーネを、もっと知りたいんだ」
眉間にシワを寄せるでもなく、睨むでもなく、唇を噛みしめるでもなく。
彼の真っ直ぐに真剣で熱い眼差しを見たのは、前世を含めてこれが初めてだった。
こんな表情を推しが自分に向けるとは思っていなかったのでフィリーネは戸惑ってしまったが、否定する言葉が見つかるはずもなく。
「はいっ……」
そう短く返事をしてから、空いているほうの手で熱い頬を押さえるだけで精一杯だった。





