24 推しぬいと出かけたい2
夜。フィリーネからお茶会での出来事を聞いたアメリアは、ちびフォル様ぬいを握りしめて喜んだ。
この手のひらサイズのちびフォル様ぬい、ハンスはライマーにも贈ったことにショックを受けていたが、フィリーネは他にもアメリアや、熱心にフォル様の話題に食いついてくるメイドにも贈っていた。徐々に数を増やして使用人全員に渡すつもりのようだ。
「演習場でフォル様を見学できるなんて素晴らしいですね!差し入れは何にいたしましょうか?」
「ライマー兄様には、手軽に食べられるお菓子が良いと教えてもらったので、クッキーにしようと思うの」
「かしこまりました。料理長にそう伝えておきますね」
「待って。差し入れは私が作りたいの。場所を貸してほしいと、料理長には伝えてちょうだい」
お菓子作りは貧乏令嬢だったフィリーネには本来無縁のものだったが、ライマーがよく材料を提供してくれたので、お菓子作りが得意な母に教えてもらうことができた。
その経験を活かし、フィリーネには作ってみたいものがあった。
演習場見学前日、フィリーネは差し入れのクッキーを作るためアメリアと共に厨房を訪れた。
「フィリーネ様、クッキーの材料は揃えておきましたよ」
「ありがとうダニエル。仕事の邪魔にならないかしら?」
「問題ありません、ご自由にお使いください!」
料理長のダニエルは、再びフィリーネが厨房を訪れてくれたことを嬉しく思っていた。
フィリーネがローデンヴァルト家に嫁いで間もない頃、フォルクハルトにお菓子を作りたいと一度だけ厨房を訪れたことがある。
あの時はフォルクハルトに食べてもらえなくてショックを受けていたようだが、またこうしてお菓子を作ろうと思うようになったということは、二人の仲は進展しているのではないかと思えてならなかった。
彼もまた、二人の子供を世話したいジジイの一人。今から離乳食のレシピ開発をしていることは誰にも内緒だ。
フィリーネは早速、クッキー作りを始めた。
差し入れは皆で食べるのでそこそこの量が必要だとライマーから助言を受けているので、バスケットいっぱいにクッキーを作るつもりでいる。
大きなクッキー生地の塊ができあがったらそこから三分の一ほど取り分けて、持参してきた粉末を混ぜ込んだ。
「それは何ですか!?生地が青くなりましたが……」
「ふふ、これはハーブティーのハーブを粉末にしたものなの。珍しい色でしょう」
これは前世の七海が実際におこなっていた手法で、このハーブはバタフライピーというマメ科の植物だ。青いハーブティーとして使われているが、粉末状にしてクッキーなどの生地に練り込めば天然の着色料としても使える。
似たようなものがないだろうかと思ったフィリーネは一昨日、ハーブを探しに王都中心部へ出かけたが、この国は貿易が盛んなため王都には変わったものがたくさん集まってくるので、お目当てのもはすぐに見つけることができた。
ただ、ハーブ店の店主は着色料として使えることを知らなかったようで、フィリーネの話を聞いて「販路拡大だ」と大変感謝された。
この粉末は教えてくれたお礼にと無料でいただき、わざわざ粉末にして翌日に屋敷まで届けてくれたものだ。
店主も試しに作ってみたそうだが、良いできだったと太鼓判を押していた。
二種類の生地を冷やしている間に、フィリーネはもう一種類の生地を作り始めた。これは小麦粉とニンジンをすりおろしたものに水と油を少々加えただけのシンプルなものだ。
クッキー生地に入れるべきものが圧倒的に足りないので、ダニエルは腕を組んで考えた。
「そちらは……?」
「カミル用のクッキーよ。犬に食べさせるならシンプルな素材が良いでしょ?」
「なるほど!」
七海は犬を飼えないとわかっていてもそんなことまで調べていたので、フィリーネはありがたく犬用レシピも使うことにした。
カミルは厨房には入れない決まりらしくここにはいないので、後で驚かせる予定だ。
生地が冷えたのでそれを伸ばしたフィリーネは、持参してきた厚紙を生地の上に置いて、その型通りにナイフで生地を切り抜いた。
青い生地とプレーンの生地でそれぞれ型紙を分けて切り抜いていく。これこそがフィリーネがやってみたかったことで、切り抜いたプレーン生地の上に同じく切り抜いた青い生地を重ねて、青い生地で作った小さな丸を二つ乗せた。
「これはもしかして……!」
「フォル様クッキーよ。可愛いでしょ」
自分とはまるで発想が違うフィリーネのクッキーに、ダニエルは衝撃を受けた。自分は今まで、形というよりはお菓子らしい模様の美しさにこだわってきたが、フィリーネのフォル様クッキーはまるで色画用紙を貼り合わせた工作のようだと思った。
けれどその工作が斬新であり、思いのほか可愛い出来栄えだ。
大人でも見て楽しいクッキーだが、子供には大受けに違いない。ぜひとも、将来の参考にしようと思うのだった。
アメリアとダニエルの協力もあり、大量のフォル様クッキーが完成した。
味見として三人で一枚づつ食べてみたが、クッキー自体も美味しくできあがり満足いくものとなったようだ。
それらをバスケットに詰めると、フィリーネは明日が待ち遠しくなった。
(フォル様の戦う姿も楽しみだけれど、推しを布教するチャンスでもあるものね)
翌朝、フォルクハルトとライマーが屋敷を出た後、すぐにフィリーネ達も準備を整えて屋敷を出発した。
今日のフィリーネは青い外出用ドレスを身にまとい、同じ色のボンネットを被っている。
画家が絵を描きに来ることもあると聞いたのでスケッチブックも持参し、フォル様ぬいはカミルが背負ってくれている。
フィリーネがフォル様ぬいを持ち歩くと人目を引いてしまい悪い噂が流れかねないが、カミルなら全てが許される。これはフィリーネがどう持ち歩こうかと悩んでいた時に、カミルが自ら背負ってみせたのだ。
カミルとしては嫉妬の対象でもあるフォル様ぬいだが、これを背負っておけばフィリーネがフォル様ぬいを抱きしめる時に自分も抱きしめてもらえるという、犬的ナイスアイディアだった。
アメリアには昨日作ったフォル様クッキーが入ったバスケットを持ってもらっているが、そこから漏れ出る良い香りで馬車内は満たされ、カミルはバスケットに釘付けとなっていた。
けれどこの香りは人間用のお菓子であり、カミルの口に入ることがないことも承知している。
香りに釣られてバスケットを見てはしょんぼりしているカミルを見て、フィリーネはくすりと笑みをこぼした。
本当は直前まで内緒にしておきたかったけれど、こんな様子を見てしまったら話さずにはいられない。
「カミルの分もあるわ。休憩時に食べましょう」と声をかけると、カミルは特大の笑顔でフィリーネにすり寄ってきた。
王宮の北側に王宮魔導士本部があり、そのさらに北が演習場となっている。
今日は最上位魔導士が参加する演習があるためか、たくさんの馬車がすでに詰めかけていた。





