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23 推しぬいと出かけたい1

 夜明け前。まだ料理人が朝食の仕込みを始める前の静まりかえった屋敷内で、足音を潜めて廊下を歩いている者がいた。

 彼がたどり着いたのは、フィリーネの部屋の前。

 音を立てぬよう慎重にドアを開けて中へ入った彼は、息をひそめながらベッドへと近づいた。


 ベッドで寝ているフィリーネは、無防備な表情で寝息を立てていた。

 彼女の腕の中にはフォル様ぬいがしっかりと収まっており、寄り添いあって幸せそうに眠っている二人を見て、彼の心は嫉妬心で満たされた。


 ゆっくりとベッドへ上がった彼は、フォル様ぬいの足を咥えて静かに彼女から引き離すと、ぽいっと床に転げ落とした。

 いつもはメイドに怒られるのでベッドへ上がったりはしないが、昨夜は寝る前にフォルクハルトと一緒に湯浴みをしたので綺麗な状態だと勝手に納得している。


 フォル様ぬいをよけて開いたスペースに、自らの頭をねじ込んだ彼。

 フィリーネがぬいぐるみを抱きなおすように腕をぎゅっとさせてきたので、幸福感に浸りながら再び眠りについた。




 そして朝。


「んっ……?」


 目覚めたフィリーネは、抱いていたフォル様ぬいが妙に大きくフサフサで暖かいことに気がついた。っというか夏にそのようなものを抱いて寝ていたので、暑くて目が覚めたのだ。


「カミル……?」

「わぅ~ん」

「ふふ、いつの間に来ていたの?全然気がつかなかったわ」


 突然の訪問に驚いたフィリーネだったが、こうしてカミルと一緒に寝るのは初めての経験。ひとしきりモフモフを堪能してから、上半身を起こして辺りを見回した。


(あんなところにフォル様ぬいが落ちているわ。私、そんなに寝相が悪かったかしら……)


 昨日、やっと二つ目のフォル様ぬいが完成したので昨夜は一緒に寝たはずなのに、と思いながら首を傾げたフィリーネ。

 ベッドから出てフォル様ぬいを拾い上げようとしたが、それをさせまいとしたカミルによってフィリーネは押し倒されてしまった。


「カミルったら、朝から甘えん坊ね」

「くぅ~ん」


 ここぞとばかりに、カミルはフィリーネの顔をなめ始める。いつもは彼女が汚れないよう配慮しているが、今はこれから身支度を整えるために顔を洗うはずだから大丈夫だと、勝手に納得している。


 フィリーネがくすぐったくて笑い声をあげていると、アメリアが彼女の身支度を整えに部屋へ入ってきた。

 ここでカミルのフィリーネ独り占めタイムは終了。利口なカミルは、アメリアに怒られる前にさっとベッドから下りたのだった。




 今日は、フォルクハルト主催のお茶会がおこなわれた。

 ただ、お茶会といっても規模の大きなものではなく、お客様はライマー一人だけ。しかもお茶会会場となっている庭のガゼボにいるのはフィリーネとライマーとカミルだけで、フォルクハルトの姿はない。

 要するに、二人の仲を深めさせようと気を利かせたフォルクハルトが、お茶会と称してフィリーネと会う機会をライマーに与えただけのこと。最近この屋敷では、たびたびこのようなお茶会が開かれている。


「今日もフォルク様は来ないみたいだね。ごめんな、俺の相手ばかりさせられて……」


 ライマーは氷がたっぷりと入っているアイスティーを一口飲んでから、申し訳なさそうに向かい側に座っているフィリーネを見たが、彼女は本来フォルクハルトが座っているであろう席に座らされているフォル様ぬいに微笑みかけてから、ライマーにも笑顔を向けた。


「フォルクハルト様はお茶会が苦手だもの、気にしていないわ。それに、ライマー兄様とお茶をするのも楽しいもの」


 フォルクハルトは社交が苦手なので、作品中でもお茶会や夜会をすっぽかしている場面がたびたび出てくる。前世の知識としてそれを知っているフィリーネは、彼に無理強いさせる気はない。

 それにライマーは、普段のフォルクハルトの様子やフィリーネの両親の様子をいろいろと話してくれるので、フィリーネにとってライマーとの時間は楽しいものであった。


「そう言ってくれると嬉しいけど……。ところでそのぬいぐるみは、フォルク様なんだよね?フィーが作ったの?」

「ふふ、そうなの可愛いでしょ」

「うん!さすがはフィーだね、よくできているよ!」

「兄様にも小さいのを作ってみたの。良かったら貰って」

「えっ、いいの!?嬉しいな、ちびフォルク様!ありがとうフィー、大切にするよ!」


 フィリーネが彼に渡したのは、手のひらサイズのフォル様ぬい。頭に紐がついていてキーホルダーとして使えるようになっている。

 ライマーはそれを胸ポケットに入れた。

 ポケットからちょこんと顔を出しているフォル様ぬいが可愛らしくて、フィリーネは顔をほころばせた。お茶目な行動が多い従兄妹と一緒にいるの楽しい。



 そんな様子を少し離れた場所から護衛として見守っていたハンスは、微妙な気分になった。

 ハンスにもフォル様ぬいを作ってくれると約束してくれたフィリーネ。けれど、初めにできあがったフォル様ぬいがあまりにも手の込んだものだったので、遠慮したハンスは手のひらサイズの小さなものが良いと彼女にお願いしたのだ。

 ハンスのリクエスト通りにフィリーネは小さなフォル様ぬいを作ってくれたのだが、それは自分だけに贈られたものではなかったのだと、目の前で繰り広げている光景で知らされた。


 それに、最近はこの二人だけでのお茶会が多いことにも疑問を感じていた。ライマーもフィリーネが好きなのかもしれないと、嫌な予感が頭の中を巡っている。

 けれど職務に忠実な彼は、汗ばんだ手を強く握りしめて見守ることしかできなかった。



「どこかに、お出かけか……」


 フォル様ぬいを連れてどこかへ行きたいフィリーネだけれど、今の自分に合った外出先が思いつかない。

 それをライマーに相談してみたところ、彼は少し考え込んでから閃いたように顔を明るくさせた。


「それなら、魔導士団の演習場へ見学に来たらいいよ!」

「演習場?私が見学しても良いのかしら?」

「誰でも見学できるようになっていて、若い女の子がよく見にきているんだ。フォルク様なんて大人気でいつもキャーキャー……あっ、フィーはフォルク様の奥さんなんだから、そんな子達なんて気にせず堂々と見学においでよ!」


 途中で不味いことを言ってしまったと思い取り繕ったライマーだったが、フィリーネは気を悪くするどころが別の考えが浮かんでいた。


(もしかして、同担に出会えるのかしら!演習場……、是非とも行ってみたいわ)


「けれど、フォルクハルト様が許可してくださるかしら……」

「大丈夫大丈夫!俺が話を通しておくから。三日後に最上位魔導士も参加する演習があるから、差し入れでも持ってきてよ」

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◆作者ページ◆

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