22 推しを抱きしめたい3
「フィリーネ様、今日もフォル様へのお手紙は書かれないのですか?」
夕方。
フォルクハルトへ手紙を送るなら、そろそろ執事長に渡しておきたい時間。アメリアは刺繍をしているフィリーネに声をかけてみた。
「手紙は明日にするわ」
「あの……、差し出がましいですが夜会でフォル様と何かあったのでしょうか?あの日以来、お手紙を書かれなくなりましたが……」
アメリア自身も気になっていたが、執事長からも事情を探ってこいと言われてしまった彼女。
プライベートに口出しして気を悪くしないか心配だったけれど、フィリーネはにこりと微笑んだ。
「ふふ、そうではないの。私、少し張り切りすぎてしまった気がして。これからはフォル様のご迷惑にならないよう、週に一度くらいにしようと思っていたのよ」
夜会でライマーと話した際に『相手に迷惑をかけなければ、一方的に好きでいることは許されると思うの』と答えたフィリーネだったが、手紙を毎日送る行為は迷惑なのではと考え直したのだ。
前世の記憶が戻った直後は、七海がSNSで毎日呟いていたように自分もフォル様を応援したいと思っていたけれど、この国で毎日のように手紙を送る行為はよほどの相手でなければ鬱陶しいに決まっている。
事情は把握したけれど、フォルクハルトは手紙が来ないことを気にしているようだと執事長から聞いているアメリア。
せっかくフォルクハルトの心がフィリーネに向きつつあるのに逆効果ではないかと、心配になった。
フィリーネのぬいぐるみ制作は順調に進んだ。
最も時間をかけてこだわったのは顔部分の刺繍で、理想のフォル様となるよう何度も微調整を加えた。
ぬいぐるみということもあり、今の彼というよりは十六歳だった頃の童顔を思わせる顔立ちとなっている。
絵が得意な七海と手芸が得意のフィリーネが合わさったことで、思い描いた通りの顔となったようだ。
ぬいぐるみは一つ一つ表情が違うように、縫い合わせ具合で表情がかなり変わる。その辺りもフィリーネはこだわり、細心の注意払いながらフォル様ぬいは完成した。
「ふふ、ついに完成したわ」
テーブルの上にちょこんとお座りしているフォル様ぬいをいろいろな角度から見ながら、フィリーネは満足そうな声を上げた。
フォル様本体もさることながら、ぬいが着ている最高位魔導士の制服も細部まで良く表現できている。
「おめでとうございます、フィリーネ様!可愛らしいフォル様ぬいが完成しましたね!」
「わぅわぅ!」
アメリアとカミルも左右からフォル様ぬいを覗き込んだ。
この国で一般的な人型のぬいぐるみといえば髪の毛は毛糸を使っている場合が多いが、フィリーネが作ったフォル様ぬいは髪の毛も布で作られていたので、アメリアにとっては斬新なぬいぐるみという感想だった。
フィリーネの前世の世界だと、二次元キャラのぬいぐるみといえばフェルトや質感が似ている生地で髪型を表現するのが当たり前だったが、この国では珍しい表現方法となったようだ。
完成したばかりのフォル様ぬいを、フィリーネはそっと抱き上げて胸に抱いた。
(なんてフカフカなのかしら。まるでフォル様の内に秘めている優しさを表現しているようだわ)
藁のぬいぐるみしか抱いたことがなかったフィリーネにとっては、綿でできたやわからいフォル様ぬいは尚更特別なぬいぐるみのように思えた。
(このフォル様を抱いて寝たら、幸せな夢を見られそうだわ)
ぎゅっと抱きしめて、幸せに浸っているフィリーネ。
けれどその横では、カミルが嫉妬の限界点に達していた。
ぎゅっとするなら、自分のほうが暖かくてフワフワのはずだ。と。
ぬいぐるみ制作期間はあまり構ってもらえず、フィリーネの横で昼寝に精を出していたカミル。それが終わればまた構ってもらえると思い我慢をしていたのに、完成したフォル様ぬいにその座を奪われそうな予感がしたカミルは、唸り声を上げた。
珍しく「うぅぅぅ」と唸っているカミルに気がつき彼に視線を向けたフィリーネ。
「カミルどうしたの?」
首を傾げながらフォル様ぬいも一緒に傾げる動作をさせたが、フィリーネの体からフォル様ぬいが離れた瞬間をカミルは見逃さなかった。
ぱくっとフォル様ぬいを咥えてフィリーネの手から奪ったカミルは、フィリーネの「あっ」という声を背にしながらそのまま彼女の部屋から逃亡してしまった。
「……カミルもフォル様ぬいが欲しかったのかしら?」
フィリーネの疑問に対して、あれは嫉妬では?と思ったアメリアだったが、彼の名誉のために口に出すのは止めておいた。
フォル様ぬいを拉致したカミルは、どうしてこんな馬鹿なことをしてしまったのかと悔やみながらも自室へ向かっていたが、途中で夕食を食べ終えて部屋に戻る途中だったフォルクハルトに出くわした。
「カミルか。……それは何だ?」
目を細めて観察しようとするフォルクハルトから逃げようとしたが、それはすぐに阻まれてしまった。
顔を押さえられたので、おとなしくフォル様ぬいを差し出したカミル。
それを受け取ったフォルクハルトは、眉間にシワを寄せた。
髪と瞳が濃い青で、最高位魔導士の制服を着たぬいぐるみ。これは自分だろうかと思えてならない。
フォルクハルトがぬいぐるみを凝視していると、フィリーネがカミルを呼ぶ声が聞こえてきた。
「カミル……!?」
廊下を曲がって現れたフィリーネは、フォルクハルトと出くわしてしまい驚いた表情を浮かべた。
「申し訳ありませんっ。カミルを探していたもので……」
「……これは、君が作ったのか?」
「はい……」
「カミルが持ってきてしまったのか?すまなかったな」
フォルクハルトがぬいぐるみをフィリーネに返すと、それを受け取りながらフィリーネはにこりと微笑んだ。
「気に入ってくれたようなのでカミルへの贈り物にしようと思って追いかけてきたのですが、カミルに渡してもよろしいでしょうか?」
ぬいぐるみならまだ作れば良いと、カミルを探しながらフィリーネはそう思っていた。
「それは構わないが、良いのか?随分と手の込んだ作りのようだが……」
「わぅん……」
一流の職人が作ったのかと見間違うほど繊細な作りだと思っているフォルクハルトの横で、カミルは申し訳なさでいっぱいになっていた。彼女がどれだけ時間をかけて丁寧にこのぬいぐるみを作ったのかは、ずっと隣で見ていたので承知している。
「型紙に起こしてあるので、いくつでも作れます。ご心配には及びませんわ。さぁカミル、お部屋に運びましょう。たくさん可愛がってあげてね」
「わっ……わんっ!」
カミルのベッドにぬいぐるみを置いたフィリーネは、すぐに部屋を出た。
もう遅い時間なので、長居をしてはフォルクハルトに申し訳ないと思ったようだ。
ぬいぐるみの上に顎を乗せて寝ころんだカミルは、微かなフィリーネの香りに包まれてまどろみ始めた。
そんな愛犬の姿を見つめてから、フォルクハルトはカミルの部屋の中を見渡した。
フォルクハルトとカミルが描かれている三枚の絵に、『フォル様愛してる』と書かれたカミル用ファンサうちわ。そして、ベッドの上には新たにフォルクハルトと思われるぬいぐるみ。
急激にフォルクハルトに関する物が増えている愛犬部屋が可笑しく思えたフォルクハルトは、小さく苦笑した。
「……俺のこと、好きすぎるだろ」





