02 推しとの出会いは突然に2
この推しが存在している作品は様々な媒体で商業化されているが、元をたどればスマホアプリだ。
中世ヨーロッパ風の世界が舞台で、士官学校へ入ったイケメン達が共に学び試練を乗り越えて友情を育む青春ストーリーとなっている。
ゲームの主人公としてヒロインはいるものの、彼女は傍観者に過ぎずイケメン達はヒロインの事が少し気になる程度の恋愛要素しかない。
乙女ゲームとは異なりイケメンがメインの物語なため幅広い層に受け入れられた結果、書籍化とコミカライズ化でさらに知名度を上げ、ついにはアニメ化され映画化までも果たした。
グッズは毎月のバイト代を全額つぎ込みたくなるほど発売され、各種イベントやコラボカフェ、舞台化に加え出演声優によるライブまで開催される大規模コンテンツに発展していた。
目の前の彼は、士官学校へ通うイケメンの一人だった。
沈着冷静で女性に興味がなく、ヒロインともあまり関わろうとはしないが、いざという時には頼りになるという存在だ。
彼のメインストーリーは、彼の天才的な魔法能力を妬んだ叔父が幾度となく妨害工作を企てるが、ヒロインや他のイケメン達と協力しながらそれに立ち向かうというものだ。
今こうして最高位の証である金縁の制服を着ているということは、その妨害に屈することなく士官学校を卒業して王宮魔導士になったということに他ならない。
彼の苦労を知っているだけに、成長した今の姿を目の前にした七海は感動のあまり、気がつけば瞳から涙が溢れていた。
(本当に良かった……。ずっと見守ってきた推しが立派に成長した姿ほど、嬉しいものはないわ)
心から喜びを噛みしめている七海に対して、当の彼は眉間にシワを寄せて唇を噛みしめた。
そして凍り付くような冷たい視線を彼女に贈った彼は、一言。
「その涙は、俺に対する当てつけか?」
威圧的に発せられた言葉に、七海以外のその場にいた全員が冷や汗をかいて動けなくなった。
しかし七海自身も、推しの口から紡がれる甘さを含んだ人気声優ボイスに、全身が痺れて動けなくなっていた。
「フォルクハルト様……、そのような発言はあまりにもフィリーネ様がお可哀そうでございます……」
年の功というべきか、真っ先に発言する勇気を振り絞った白髪交じりの執事がフィリーネをかばうが、七海はそのフィリーネが誰なのか理解していない。
「そっそうですよフォルクハルト様……、俺の従兄妹にひどい言い方は止めてくださいっ!」
フォルクハルトと呼ばれた七海の推しに対して、茶髪の彼もフィリーネをかばうように反論するが、フォルクハルトは興味が無さそうな雰囲気で玄関ドアへと歩き出した。
「無駄な時間を過ごした。行くぞ、ライマー」
「はっはい!」
ライマーと呼ばれたフィリーネの従兄妹が、慌てて玄関のドアを開けに走る。
その姿を目に焼き付けるように見ていた七海は、二人が出ていったのを確認すると力が抜けてしまい、メイドにもたれかかってしまった。
「フィリーネ様!しっかりしてくださいませっ!フィリーネ様!」
使用人達が再び慌て始める中、七海はぽーっとフォルクハルトが出ていった玄関を見つめていた。
(はぁぁぁ……。デレない推しが、今日も尊い……)
一人だけ場違いな感動に浸っていた七海だが、何度もメイドに呼びかけられてやっと我に返った。
(先ほどから、フィリーネと呼ばれている気がするのは気のせいかしら……)
やっとその疑問に行きついたと同時に、自分の胸に手を当てていたことを思い出した七海は、そっと自分の胸に目を向けて驚いた。
決して真っ平らではなかったけれど谷間とは無縁だった胸が、立派な谷間を形成していてそこに自分の手が埋もれているではないか。
(これは……、イラストの参考になるわ)
せっかくのスタイルも、オタクにかかれば残念な感想しか出てこないのはさて置き、七海は続いて自分が着ているドレスの豪華さに驚いた。
(フリルって、描くの大変なのよね)
イケメンを好んで描いてきた七海は、フリルだらけの服を描くのが苦手だ。
夢女子――キャラクターとの恋を楽しむ層に、ヒロインとイケメンがイチャついているイラストをリクエストされることもあったが、いつも巧妙にヒロインの服が隠れる構図を選んでいたほどだ。
フリルをつまんでみた指は折れてしまいそうなほど細いし、腕も頼りない細さだ。肌の色はフォルクハルトに負けず劣らず白い。この体は七海の体よりも華奢にできているようだ。
(こんなに細かったら、イベント会場での戦利品を家まで持って帰れないわ)
最後に確認した長い髪の毛は、白銀に少しだけ水色を足したような薄い色をしていた。
(さすがは本物、ウィッグとは艶も質感も全然違うのね)
どうやらここが異世界であることは理解したけれど、残念な感想しか浮かばない七海はひたすらオタク界隈の人間なのだ。
「フィリーネ様。もうすぐ医者が到着いたしますので、ベッドでお休みになっていましょう」
メイドに顔を覗き込まれ、どうやら自分がフィリーネで間違いないようだと察した七海は、こくりとうなずき立ち上がろうとしたが――。
「痛っ……」
頭部に激しい痛みが走った。
「フィリーネ様!」
「大丈夫よ……アメリア。倒れた際に頭を打ってしまったのね。たんこぶができてしまったわ」
頭を抑えながら力なく微笑んだ七海は、それから自分の護衛であるハンスに視線を向けた。
「ハンス、申し訳ないけれど寝室まで運んでくれないかしら」
「お任せください、フィリーネ様!」
薄い茶色の髪色に赤い瞳の彼は、護衛に相応しい厚い胸板とたくましい腕を持ち合わせており、軽々と七海を横抱きにかかえて寝室へと向かい始めた。
彼が歩くたびにたんこぶにずきずき響くけれど、おかげでフィリーネの記憶が次々と湧き出てくるように復活する。
寝室に到着するまでには完全にフィリーネの記憶を取り戻した七海改めフィリーネは、小さくため息をついた。