17 推しイベントがご用意されました2
「後は好きにしていろ。帰りに迎えにくる」
「はい」
国王に挨拶を終え、早々に別行動を言い渡してこの場を去っていく彼の後ろ姿を、フィリーネはじっと見つめていた。
フィリーネから離れたフォルクハルトは、今は王太子となっている第一王子のアルベルトに呼び止められた。アルベルトの隣にはこの作品のヒロインであるエマが寄り添っている。
三人が話し込んでいると、ライマーがやってきてその輪の中に入った。
頻りに身振り手振りで、何かを訴えているようなライマー。
それからフォルクハルトを除いた三人が、フィリーネに視線を向ける。
ライマーがフィリーネに向かって謝る仕草をしてから、四人は夜会会場となっている王宮の大広間から出ていった。
フォルクハルトが見えなくなったのを確認してから、フィリーネはため息をついた。
(やっと休憩時間だわ。推しを浴びすぎて、どうにかなってしまいそう……)
フィリーネはふらふらと歩いてテーブルにある飲み物を一つ手に取ると、壁際へと直行した。
そこで飲み物を飲んでひと息つくと、フィリーネはやっと辺りに目を向ける余裕ができた。
彼女が王宮でおこなわれる夜会へ出席するのは、これが人生で二度目。
一度目は十六歳の時。社交界デビューを果たす貴族令嬢令息が集められておこなわれた舞踏会だった。
フィリーネは分家の従姉妹からドレスを借りて参加したのだが、お金がなくて上級学校へ進めなかったフィリーネのことは同じ年の令嬢令息の間では有名な話だったため、彼女は注目の的となってしまった。
『お久しぶりですわね、フィリーネ様。貴女がこのような場に出られるとは思いませんでしたわ』
『上級学校へすら通えない貧乏男爵令嬢ですものね。ドレスなんてよく用意できましたわね』
『聞いた話によると、フィリーネ様は内職で家計を支えておられるそうですわ。そのような方がドレスなど用意できるかしら?』
『盗んだか、捨てられたものを拾ったのではなくて?』
煌びやかなドレスに身を包んだ令嬢達に囲まれ、言いたい放題に侮辱されたフィリーネ。
彼女達は下級学校時代から、事あるごとに貧乏をネタにしてはフィリーネを虐めてきたのだ。
彼女らにはどう反論しても聞く耳を持ってくれないことは長年の経験でわかっていたので、飽きるまで言わせておこうと黙っていたフィリーネだったが、学校ではないここには思わぬ救世主が現れた。
『フィー!遅くなってごめんねぇ~!』
令嬢達のざわめきと共に現れたのは、従兄妹であるライマーだった。
『ライマー兄様……、どうしてここへ?』
『叔父さんが仕事でエスコートできなくなったって聞いたから、俺が代わりに来ちゃったんだ!』
えへへと照れ笑いするライマーの可愛さは、フィリーネを虐めていた令嬢達の心を鷲掴みにしてしまった。
当時のフィリーネは知る由もなかったが、ライマーもこの作品に出てくるイケメンの一人。愛嬌のある性格と仕草が人気の可愛い系イケメンだった。
加えて、仕事場から直行してきたのか彼は最上位魔導士の制服を身にまとっていた。
この国で夫にしたい職業第一位である最上位魔導士の登場に、周りの空気は一変した。
『ねぇフィリーネ様、素敵なお兄様ね。私達お友達でしょう?ご紹介していただけないかしら?』
先ほどまでフィリーネを侮辱していた令嬢が猫なで声をあげたが、フィリーネが返事をするよりも先にライマーは辺りの令嬢達を見回して、にこりと微笑む。
『皆は、フィーの友達なのかな?ごめんね、俺フィーとダンスを踊りたいからちょっと借りるよ!』
令嬢の発言を見事にスルーしてフィリーネを連れ出すライマーの姿に、周りが唖然とした表情で見守る中、フィリーネも驚いて言葉を失いながらライマーに手を引かれて会場の中央に連れていかれた。
『あっ!フィーに許可を貰うの忘れちゃったね。俺とダンスを踊ってくれる?』
無邪気に笑うライマーにつられて、先ほどまで気分が沈んでいたフィリーネも笑みがこぼれた。
『ふふ、喜んで。先ほどのライマー兄様は物語に出てくるヒーローのようだったわ』
『まさか、惚れちゃった!?フィーに大人の俺はまだちょっと早いと思うな』
『そうかしら?兄様は可愛らしいもの。私のほうが姉に見えてしまわないか心配だわ』
『そんなぁ……。よっ……よ~し!俺もフォルク様のようにカッコイイ大人を目指すぞっ!』
この会場での出来事を思い出したフィリーネは、ふふっと笑った。
(ライマー兄様は、あの頃とあまり変わっていないわね)
可愛い雰囲気もあの頃のままだが、フィリーネを常に気にして助けてくれるのもずっと変わっていない。
貧乏な男爵家に生まれてしまったばかりに、虐めの対象となることが多かったフィリーネを大切に思ってくれたのは、家族以外では唯一ライマーだけだった。
そんな彼に対して、幼いフィリーネが淡い想いを抱いたこともあった。
それは幼い娘の単純な結婚への憧れと優しいライマーの存在が重なっただけのものだったが、貴族家へ嫁ぐための持参金も我が家には無いと知る年頃になってからは、そんな未来への期待も捨て去っていた。
けれどライマーがきっかけとなり、フィリーネはフォルクハルトと結婚することとなった。
決して彼女が思い描いていたような結婚生活ではなかったけれど、前世の記憶が戻った今はこの結婚に感謝していた。
一年だけの結婚生活でも、推しと暮らしたという事実はフィリーネにとって一生の思い出となる。
領地の借金を返した後は、その思い出を胸にひっそりと暮らそうと思っていた。
フォルクハルトは二度目の人生をライマーと歩ませるために多額の慰謝料を払うつもりだが、そんな彼の考えを知らないフィリーネはそれを全て領地の借金に充てるつもりでいたのだ。
(推しに詰んだ人生を助けてもらえるなんて……。私は世界一の幸せ者だと思うわ)
フィリーネが夜会会場で一人、そんなことを思っていた頃。
王太子専用サロンへ連行されたフォルクハルトとライマーは、この作品のヒロインから事情聴取を受けていた。