14 推しを自給自足したい3
一方カミルは、久しぶりに力いっぱいフォルクハルトに遊んでもらったので、満ち足りた気分で彼に洗われていた。外で思い切り遊んだ後は一緒に湯浴みをするのが、いつものパターンだ。
フィリーネと一緒にいるのは幸せだが、華奢な彼女に大型犬のカミルが飛びつくと怪我をさせてしまいそうだし、彼女が汚れるとメイドに怒られるので過度なスキンシップも自粛していた。
その点、フォルクハルトは何をしても受け入れてくれる。
彼に拾われた頃はメイドもあれこれうるさかったが、フォルクハルトが常にかばってくれたおかげで今の悠々自適なカミルの生活がある。
カミルにとっては、唯一全てを委ねられる存在だった。
「こうして一緒に湯浴みをするのも、久しぶりだな」
「わぅん」
「カミルの飼い主は変わったのかと思っていたが、違ったのか?」
「くぅ~ん」
カミルは違うと言わんばかりに、泡がついた頭をフォルクハルトのお腹にすり寄せると、フォルクハルトはふっと笑う。
「そうか。ならば、俺とフィリーネのどちらが好きなんだ?」
「わぅっ……」
カミルの頭がぴたりと止まる。
フォルクハルトは唯一絶対の飼い主だが、だからといってカミルの中でフォルクハルトが一番でフィリーネが二番というわけではない。
飼い主としての一番と、恋の相手としての一番。比べようがないこの二択に対してカミルが真剣に悩んでいると、フォルクハルトは声を出して笑い始めた。
滅多に笑顔を見せない彼だが、その貴重な笑顔をカミルの前では割と頻繁に見せる。それはフォルクハルトがカミルを信頼し合える家族として認めている証拠でもあった。
その信頼できる弟のような存在であるカミルが、二択を迫られて悩んでいる。それほど彼の中でフィリーネの存在が大きいことに少し驚いた。
執事長や他の使用人達もいつの間にかフィリーネと親しくなっているようだし、この屋敷で彼女を拒絶しているのは自分だけなのだと、フォルクハルトは改めて思った。
フォルクハルトに魔道具で毛を乾かしてもらったカミルは、ふっさふさの良い気分でフィリーネの部屋へと向かった。
彼女が平民の服を着ても良いと許可されているのは自室の中だけなので、いつも夕食前には絵を描く作業を終わらせて着替えている。そのタイミングで会いに行くのがベストだと彼は心得ていた。
「わわ~ん!」
声をかけてから器用にドアを開けると、思った通りにフィリーネは着替えを終えてソファーに座っていた。
「カミル、ふさふさになっているわね。それに石鹸の良い香りだわ」
カミルがソファーの横へ来ると、フィリーネはふさふさを堪能するようにカミルの首に抱きついた。
(きっとフォル様と一緒に湯浴みをしたのね。漫画やアニメでそんなシーンがあったわ……、湯気がもくもくで顔以外はよく見えない状態だったけれど)
それも描いてみたいと思ったフィリーネだが、今の立場ではメイドに隠し事はできない。例えセーフな絵だとしてもこの世界で湯浴み姿を描くなんてもってのほかなので、諦めることにした。
「窓からカミルとフォル様が遊んでいる姿が見えたので描いてみたのよ。どうかしら?」
フィリーネは先ほどまでメモの如く描き殴ったスケッチを、新しい紙に清書していた。
まだ一枚しか描いていないが、彼女が最初に選んだのはボールを投げるフォルクハルトだった。
二階のアトリエからではフォルクハルトの顔など見えなかっただろうが、そこは脳内変換されて正面からアップでスケッチしたような絵になっていた。
むしろ先ほどのスケッチは意味があったのかと問いたくなる絵だが、感動を形に残すという作業だったのかもしれない。
それを見たカミルは「くぅ~ん……」としょげた。
フィリーネの絵はカミルも大好きだが、描かれていたのはまたもフォルクハルトで、カミルと遊んでいた絵なのにフォルクハルトしか描かれていなかった。
「あら、気に入らなかったかしら?」
カミルの様子を見たフィリーネがどうしたのかと思い首を傾げると、カミルは慌てて首を左右に振った。
「わっわわわわん!わわわわん!わわわ~ん!!」
そして、必死に自分も描いて欲しいと訴えてみた。今回は誤解されないように、前足で何とか自分を指し示すのも忘れない。
「カミルの絵も描いて欲しいの?」
「わんっ!」
「ふふ、心配しないで。二人はとても楽しそうだったもの、カミルの絵も描く予定だったわ。出来上がったらカミルにプレゼントするわね」
「わぅ~ん!」
やっと自分の願いが通じたカミルは、大喜びでフィリーネにすり寄った。
それから数日後の午後。
玄関ホールのひんやりとした床で昼寝をしていたカミルの元に、フィリーネがやってきた。
「カミル寝ているの?絵が完成したのだけれど……」
フィリーネがそう呟くとカミルの耳がぴくりと動き、飛び上がるように起きた。
「わわん!」
「ふふ。お部屋に置いてあるの。見に行きましょう」
一刻も早く絵を見たいカミルは、フィリーネの歩く速度に合わせるのがもどかしくて先に彼女の部屋へと走る。
ドアを開けて中に入ると、ソファーの向かいにあるテーブルの上には三枚の絵があった。
そのどれもが、カミルとフォルクハルトが楽しそうにたわむれている絵で、カミルよりもフォルクハルトのほうがメインに見える絵もあり――。
カミルは思っていたのと少し違うなとは思ったが、初めて自分を描いてくれたことには大いに感激した。
「カミルの大好きなフォル様も一緒に描いてみたの。どうかしら?」
「くぅ~~ん!」
潤んだ瞳ですり寄ってくるカミルを見て、この絵を喜んでいることはフィリーネにはじゅうぶんに伝わった。
(こんなに喜んでくれるなんて、フォル様も一緒に描いて正解だったようね)
ただカミルは同担だと思っているフィリーネと、認識の差を埋めるのは難しいようだ。