13 推しを自給自足したい2
最近のカミルは、足しげく使用人の休憩室を訪問していた。使用人には懐かない彼にしては珍しい行動だ。
「わわ~ん」
「あら、カミルいらっしゃい」
「今日も来たのね」
メイド達がいるであろう時間帯を狙って休憩室へ入ると、数名のメイドが迎えてくれた。
カミルが甘えるように一人のメイドにすり寄ると、彼女は心得ているようにテーブルに置きっぱなしのアレに手を伸ばす。
「カミルはほんっと、コレが好きねぇ」
「フォルクハルト様のことが、そんなに好きなのかしら」
「フィリーネ様がいらっしゃるまで、フォルクハルト様以外には懐かなかったものね」
フィリーネが作ったパラパラ漫画をメイドに見せてもらいながら、カミルは瞳を輝かせていた。
メイド達は勝手な想像をしているが、彼としては別にフォルクハルトを見たいわけではなかった。この動く絵に心惹かれているのだ。
あわよくば、自分とフィリーネがイチャイチャしている絵だと良いのに。カミルの思考回路は夢女子ならぬ夢犬となっていた。
何回かパラパラ漫画を見せてもらって満足したカミルは、休憩室を出て次はどこへ行こうかと考えた。
考えつつも、頭に浮かんでいる場所は一つだけなのだが。フィリーネは昼食を終えた頃だろうから、彼女の部屋を訪問して遊んでもらいたいという気持ちでいっぱいだった。
けれど最近の彼女は、アトリエと呼んでいる物置部屋に引きこもりっぱなし。
カミルが遊びに行けばそれなりに構ってはくれるが、彼女の楽しみを邪魔するのも悪いので最近は我慢をしていた。
フィリーネが屋敷に住む前のつまらない日々に戻ったような気分で屋敷内をうろうろしていたカミルだったが、今日は本当の飼い主が休みだったことを思い出したのでそちらへ足を向けた。
「わわ~ん」
声をかけながら書斎へ入ったカミルだったが、フォルクハルトはソファーにもたれながら読書に熱中していて無視である。
しかし飼い主がつれないのは今に始まったことではないので、カミルはめげることなく書斎と繋がっている自分の部屋からボールを咥えて持ってくると、フォルクハルトの膝に顎を乗せる。
フォルクハルトはやっと本から目を放して、上目遣いに飼い主を見つめているカミルに視線を向けた。
「……遊んで欲しいのか?」
「わんっ!」
カミルがボールをぽろりと落としながら元気よく返事をすると、フォルクハルトはしおりを挟んだ本をテーブルに置いてから落ちたボールを拾い上げた。
「珍しいな。フィリーネと喧嘩でもしたのか?」
「くっ……くぅ~ん」
自分がフィリーネと遊べないのは、彼女がフォルクハルトの絵ばかり描いているせいだと抗議してやりたいが、遊んでもらいたい欲のほうが強いカミルは甘えるような声をあげる。
二人が出会って約九年。七海がいた世界の犬ならば老犬の部類に入るが、この世界の犬は人間と同じくらいの寿命があるので、カミルはまだまだ子供であり遊んで欲しい盛りだった。
いつも時間の許す限りカミルのリクエストには応えてくれるフォルクハルトは、庭へと移動を始めた。
階段を下りているとちょうどメイドが玄関ホールを通りかかり、彼女が手に持っているフィリーネのパラパラ漫画がフォルクハルトの目に留まった。
フィリーネに絵の才能があるということは執事長から聞いていたフォルクハルトだったが、実際に描かれた作品を見たことはまだなかった。
自分から見たいというのも不自然だと思ったし、執事長もわざわざ持ってきてはくれなかったのだ。
けれど、フォルクハルトはとても気になっていた。最近よく、そのメイドが持っている絵を目にするからだ。
いつも少し離れた位置から使用人がその絵を持っているのを発見するのではっきりとは見えないが、自分が描かれているような気がしてならなかった。
その絵はフィリーネが描いたものなのか尋ねたいが、使用人達はすぐに通り過ぎてしまうのでいつもタイミングを逃していた。
これは『フォルクハルト様とフィリーネ様をくっつけようの会』による作戦なのだが、もちろん彼がそれを知るはずもなく、まんまと作戦にはめられてフィリーネが気になっていることにも気がついていない。
立ち止まったフォルクハルトを見て、カミルは飼い主があの絵を気にしていることには気がついたが、パラパラ漫画のありかを教えるつもりはなかった。悔しさでいっぱいになるから。
カミルにとってフォルクハルトは、大好きな飼い主でありライバルでもあった。
それから少し時間が経った頃、アトリエで絵を描いていたフィリーネはアメリアが持ってきてくれたお茶を飲みながら休憩をしていた。
「こちらのフォル様の絵も素敵ですね!」
「ふふ、ありがとう。この絵には背景にお花を描きたいと思っているの。後でお庭へスケッチに行こうかしら」
一度振り出しに戻ったフィリーネだったがその後も順調にフォル様のイラストは増えていき、部屋中に飾っては満足する日々を送っていた。
アメリアとどの花を描いたら良いかと話しながら何の気なしに外を眺めたフィリーネは、表情を変えてティーカップを木箱の上に置くと慌てて窓に駆け寄った。
「フォル様がお庭にいらっしゃるわっ」
何事かと思いながらアメリアも一緒に窓の外を覗いて見ると、フォルクハルトが遠くに投げたボールを、カミルが全速力で拾いに走っている姿が見えた。
「今のカミルはフィリーネ様に懐いていますが、それまではフォルクハルト様とよくこうして遊んでいましたよ」
(二十五歳になった今でもカミルとこうして遊ぶなんて、彼の可愛い一面を見てしまったわ。それに、私服姿を拝めるなんて……!)
基本的に見送りと出迎えでしかフォルクハルトを見る機会がないフィリーネにとって、目の前に広がっているのは夢のような光景だった。
それを逃すまいと思ったフィリーネは、素早くスケッチブックと鉛筆を手に取りスケッチを始めた。
カミルがボールを咥えて駆け戻ってくると、勢いよくフォルクハルトに飛びついて彼を芝生に押し倒してしまう。そのままフォルクハルトの顔をなめまわすカミルだが、フォルクハルトは嫌がる様子もなくカミルをなでまわした。
(カミル……、貴方最高よっ!)
二人が遊び終えて窓から見えなくなるまで、フィリーネは必死に描き続けた。
フォルクハルトがボールを投げる姿はうっとりするほど綺麗であり、休憩時にカミルを枕にして寝ころんでいる姿はきゅんとするほど可愛かった。
(なんて素晴らしいひと時だったのかしら……)
窓から離れたフィリーネは、スケッチブックを抱きしめながら先ほどまでの光景を脳内でリプレイさせた。
気がつけばアメリアは退室していたが、出ていく際に声をかけられたことには全く気がついていなかった。それほどフィリーネはスケッチに集中していたようだ。