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11 厨房の誓い(閑話)

こちらは使用人達の話ですので、読み飛ばしていただいても構いません。

 その日の深夜。

 静まりかえった屋敷の中で一ヶ所だけ、小さく灯りが揺れている窓があった。

 その窓は一階にあり、裏庭からしか見えない位置に存在している。窓にはカーテンがなく壁にはいくつものフライパンや鍋がかけられていた。つまり厨房である。

 いつもならこの時間はすでに厨房の火は落としてあり、料理人は明日の朝食を作るために早寝をしている頃だ。

 けれど中年の料理長ダニエルは、蝋燭の火だけを頼りに今日の残り物の料理を次々と皿に盛りつけていた。その近くではメイド達が取り皿やフォーク、コップなどを用意している。ここは厨房でもあり、使用人の食事スペースでもあった。

 ただ、いくら使用人の食事が後回しだといっても、こんな深夜になることはない。にもかかわらず、この場には十数名の使用人――警備で抜けられない者以外は全員集まっていた。


 執事長がワインの瓶を何本もテーブルに置くと、「おおお!」と周りから声を潜めた歓声があがった。


「私の奢りだ。明日の業務に支障が出ない程度に飲んでくれ」

「今日の作戦は失敗したのに、良いのですか?」


 執事長の珍しい振る舞いに驚きつつ、誰もが同じく抱えているであろう疑問を使用人の一人が代表して述べると、執事長は待ってましたとばかりににやりと笑ってみせた。


「今日の作戦は成功している」

「ほっ本当ですか!?」

「あぁ。フォルクハルト坊ちゃんは上手く表情を隠したつもりだろうけれど、私の目は誤魔化されなかったよ。坊ちゃんはフィリーネ様を意識しておられる。それは間違いない」


 執事長はフォルクハルトが生まれた時から彼と接しているので『坊ちゃん』呼びが抜けずにいる。士官学校を卒業した頃からそう呼ぶと本人に嫌がられるようになったので、普段は意識してフォルクハルト様と呼んでいるが、こういった場面ではついつい坊ちゃん呼びに戻ってしまう。

 彼にとってはいつまでも可愛い子供のような存在のようだ。


 そんな執事長の発言はとても信頼できるものだと、ここで働く使用人ならば誰もが知っている。

 皆、今日は失敗したのだと意気消沈していたので、彼の発言を聞いて一気にこの場は沸きたった。あくまで、フォルクハルトに聞こえない程度の大きさで。


「では、予定通り決行するのですか?」


 別の使用人がそう尋ねると、蝋燭の灯りで辛うじて見える執事長の顔が縦に振られた。


 いくらフォルクハルトに見つからないようにとはいえ、十数人が集まっているのに蝋燭一本とはさすがに雰囲気を作りすぎだと、この中で最も新人である護衛のハンスは思った。

 他の者は手馴れた様子なので、こういった会合は定期的におこなわれているのかもしれない。


「そのつもりだけれど、お二人の関係が進むかどうかはフィリーネ様の手腕にかかっておられる。アメリア、フィリーネ様のご様子はどうだった?」


 急に話を振られたアメリアは慌てて椅子から立ち上がった。立ち上がるとますます顔が見えにくくなるが、本人はそれに気がついていないようだ。


「フィリーネ様も好感触ではあったようです。お部屋に戻ってからずっと頬を染めたまま、うわの空でしたので。ただフィリーネ様は、ご自分に見向きもしないフォルクハルト様がお好きなようなので、フォルクハルト様が本気になられた場合、逆にフィリーネ様の興味が薄れないか心配です」

「その辺は、アメリアが上手く誘導してくれ」


 雑すぎる指示が出され、うなずきつつもアメリアは少し心配になった。

 フィリーネは大人しい性格で一時期はストレスで体が衰弱したほど気弱でもあるが、人の意見に流されるような性格ではない。

 むしろ、いつもフィリーネのペースに飲まれているのは、アメリアのほうだった。

 そんなフィリーネを上手く誘導なんて、できそうにはない気がした。


「それにしても、いつもフォルクハルト様の意見には逆らわない執事長にしては、珍しい提案ですね」


 ワインを近くのコップに注いでいた使用人が、そう尋ねる。執事長が持ってきたのは安物のワインではないが、使用人用のワイングラスなど無いのでただのコップになみなみと注がれていく。


「私はな……」と、執事長が声を詰まらせたので皆が彼に注目をした。


 執事長ともなれば、このローデンヴァルト侯爵家の行く末を案じずにはいられないのだろう。

 上司の命令だったとはいえ、フォルクハルトは一人息子だというのにこんな結婚をしてしまうし、彼の両親である侯爵夫妻はのほほんとした性格だ。

 執事長には侯爵家を支えなければという重圧がかかっているのではと、使用人達は思ったが――。


「私は執事長を引退する前に、坊ちゃんのお子様をこの腕に抱きたいんだ。そして、私自らお子様のお世話を――」


 今の執事長は、完全に『孫を早く見たい親』と化していた。隣では庭師ジムが、うんうんと賛同している。


 思っていたよりも私欲にまみれた計画だったので他の使用人達は若干シラケムードになったが、跡取りであるフォルクハルトの子供問題は大切なことでもある。誰も執事長の野望に異を唱える者はいなかった。


「そっ……それじゃ乾杯しましょうかっ。執事長お願いします!」


 執事長と庭師の孫トークがヒートアップする前に、使用人の一人が慌てて声をかけた。さっさと飲んで食べて寝なければ、明日の業務に支障が出てしまう。

 皆がコップを持って立ち上がると、話し足りないような顔をしつつもジジイ二人は立ち上がった。


「ではここにいる全員の賛同の元に、『フォルクハルト様とフィリーネ様をくっつけようの会』の設立を宣言する。お二人に悟られぬよう、水面下で行動するように。乾杯っ」


 皆は侯爵家の使用人として相応しい洗練された動作で、テーブルの中心に向かってコップを掲げた。


 ワインを飲み、作戦を話し合いながら思い思いに食事を始めた使用人達を見ながら、ハンスは一人だけ完全に置いてけぼりを食っていた。

 賛同の意思確認など、されていないぞ。

 そう思いながらも、上司には絶対服従精神が染みついている元下位魔導士は、心で泣きつつその会を受け入れるのだった。



 一方、フォルクハルトとフィリーネもこの日はなかなか寝付けずにいた。

 この時間帯に屋敷内で唯一眠りについていたのはカミルだけだったが、彼は寝る前にフィリーネにブラッシングをしてもらい上機嫌で眠りについていた。

 ただ、フィリーネはぽーっとしながらいつもより時間をかけてブラッシングしていたのだが、カミルは気持ちよくまどろんでいたのでフィリーネの様子に気がつくことができなかったようだ。

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◆作者ページ◆

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