01 推しとの出会いは突然に1
意識を取り戻した山田 七海は、白い靄の中にいた。
正確には彼女の意識はまだ夢の中だが、彼女が夢の中で目を覚ますとそこは真っ白い空間で、白い靄に光が反射しとても眩しかった。
そう認識したと同時に、どこからともなく誰かの名前を叫ぶ声が騒がしく頭に響く。
(静かにして……)
耳を塞ぎたくなるような叫び声に、思わずそう感じた瞬間に彼女は目覚めた。
「フィリーネ様……!フィリーネ様が、意識を取り戻されたわ!」
七海の視界にまず飛び込んできたのは、栗色の髪の毛をきっちりと後で束ねている女性だった。
歳は二十歳の七海とさほど変わらないように見えるけれど、彼女の服装に違和感を覚えた。
フリルのついたカチューシャだけでも不自然なのに、黒いブラウスは襟だけが白くボタンを上まできっちりと留めており、白いエプロンの肩紐にはカチューシャと同じようなフリルがあしらわれている。
その三つを見れば、オタクならばすぐに目の前の彼女がどういった存在なのかわかるだろう。
(メイドさんが、どうして私の部屋に……?)
七海は、先ほどまで自室にて推しのイラストを描いていたはずだと、思い返す。
彼女は絵を描くことが好きで、SNSでは神絵師として崇められていた。
決して神レベルの画力でないことは本人も自覚していたが、SNSでは同担――同じキャラクターが好きな者の求める絵を描けてこそ神絵師と呼ばれる風潮がある。
七海は同担の夢と希望と妄想と性癖を具現化するべく、大学とバイトで忙しいながらも睡眠時間を削ってはイラストを描いてSNSに上げる日々を送っていた。
けれど、食事の時間さえも惜しみ栄養補助食品を片手に創作活動に勤しんでいた七海は、その日ついに栄養不足と過労が限界点に達したのか、椅子から立ち上がった直後に眩暈がして倒れたのだ。
「フィリーネ様の意識がすぐに戻られて良かったです……ご気分はいかがですか?どこか痛みますか?」
けれど、目覚めてみればメイドに抱きかかえられているではないか。
よく見ればこのメイドの瞳は、エメラルドグリーンだ。コンタクトレンズまで装着し気合が入っているようだけれど、こんな格好で不法侵入なんて怪しさしかない。
警察を呼んだ方が良いかもしれないと思ったけれど、ふとこの空間に意識を向けてみるとどうやら自室ではないようだと七海は気がついた。
メイドの後ろ、つまり建物の天井に焦点を合わせると吹き抜けと思われる高い天井からは、豪華以外の言葉が見当たらないほど見事なシャンデリアがぶら下がっている。
そこから視線を移動させて辺りを見回してみるとここは玄関ホールのような場所で、大理石のような石造りの室内は寒々しい印象だ。
メイドと執事のような服を着た男性が何人もいて「医者を呼べ!」と騒ぎ立てているので、どうやら七海は助けてもらえるようだ。
記憶は無いが不法侵入したのは自分のほうなのに申し訳ないと七海が思っていると、使用人のざわめきが一斉に止み、彼ら彼女らの視線は一点に集中された。
(急に、どうしたのかしら……)
七海も皆が見ている方向に視線を向けてみた。
目の前にある階段は奥の壁に向かって半階ほど上がると、左右に分かれて二階へ伸びている。
その片側から男性が降りてきた。
一人は執事服に身を包んだ白髪交じりの男性、もう一人は茶髪の若者――。
その若者と、彼が着ている黒地に金縁の衣装を見た瞬間に、七海の心臓は跳ね上がった。
見覚えのある彼がこの場にいるということは、もしかして彼の主も――。
期待をせずにはいられず、七海は忙しなく動き始めた心臓に手を当てながら最後に階段を降りてきた三人目に注目した。
手を当てた胸が、自分のものよりも随分と膨らんでいるような気がしたけれど、今の七海には彼以外に意識を向ける余裕がない。
前の二人から少し遅れて階段を降り始めた彼。
男性としては中くらいの背丈の彼は、たっぷりとしたデザインである王宮魔導士の制服のせいで線の細い見た目がより一層際立っている。
(あれでいて、脱ぐと意外と筋肉はあるのよね)
階段を踏むたびに揺れる髪の毛は、まるで湖の底のような深い青。黒い制服とのコントラストで、肌はより一層白く見える。
(あの透明感を描くために、何度試行錯誤を繰り返したことか)
左右に伸びている階段の合流点である踊り場に到着した彼は、さらに階段を降りるためこちらに体を向けたが、そこで七海は衝撃を受けた。
(成長している……!推しが成長を遂げているわ!)
七海に向かって歩みを進めている彼は、彼女の最愛の推しだ。
けれど七海が知っている推しは十六歳だったが、近づいてくる彼は二十五歳前後に見える。
どちらかといえば童顔の彼だったが、髪の毛と同じ深い青の瞳は凛々しくなっており、当時の面影は残しつつも大人びた顔つきに成長していた。
彼は七海を見据えながら階段を降りると、笑顔など母親の胎内に忘れてきたかのような冷たい表情で彼女を見下ろした。
どうポジティブに考えても歓迎されているようには見えないけれど、二次元にしか存在していなかった推しを目の前にして、七海は息をするのもを忘れて魅入ってしまった。