聞く耳持たぬ速さで
「盗賊退治などはいかがでしょうかな?私としては是非とも二十歳の死刑解禁までには人を殺す感覚を覚えておきたく、この度は人を殺せる依頼を探していたのでございますがな」
「お、いいね。殴っていい?」
「ご自由に。ただし、私の受けたダメージはこの国の適当な貴族に分配されますぞ」
早朝、ギルドの食堂にて。
少し物騒な言葉ばかりを並べ立てながら、三人組の男女が話をしていた。
正確には一人だけずっと黙りこくっているため、話しているのは二人だけだったが。
「シャーロットはどうする?依頼やる?殴る?」
「……やりますしその辺の石でも使ってあとで殴りますよ。でも、その人はちょっと嫌いかもしれないです」
言いながら、ラスティーの目に焼き魚に添えられていたライムの汁を飛ばす。
そのダメージも飛ばしたのだろう、彼女は白濁した果汁を目から滴らせつつ、笑顔のままだった。
「はは、嫌われた精神のダメージも国王あたりに押しつけておきますかな。……それはそうと、スキル習得はさせておきたいところですな。彼女はLv0のスキルがなく、弱者として不完全ですから」
「おお、いいね。でも、そんなすぐに……って、『指導』スキル?」
「いかにも、私のスキルなら彼女に『習得できない』スキルを教える事が可能となりますな。私に対しても命令なしには殺しに来ない辺り、既に二つ……習得できないスキルの候補はありますが!」
と、そのままラスティーはシャーロットの顔を掴むと、突然キスをした。
……何故だかわからなかったのでとりあえず彼女の左瞼を一瞬で縫合し、そのまま肩を叩いた。
シャーロットに喉笛を掻っ切られていたが、その辺は気にせず彼女の足の甲を全力で踏み抜く。
「説明……してください」
「指導のスキルですが、どうも私の低レベルでしたら言葉で教えるのには時間がかかりそうでしてな。ですので、口頭での指導を使っているところを過去に見た事がありましたので、こちらを使いましたが、如何ですかな?」
「うん、ステータス開いてみたらいいんじゃないかな?」
と、今度は自らの唇をナイフで引っ剥がそうとしているシャーロットの手を止め、そのままステータスオープンを促す。
「……ステータス、オープン!」
不満そうな顔と、嫌そうな目。
しかしそんな表情は、一瞬にして上書きされる事となる。
[シャーロット]
職業:逃走者
体力:B
筋力:C
頑丈:B
敏捷:C
魔力:C
精神:D
幸運:E
スキル:[短剣術:Lv1][逃走術:Lv4][隠密:Lv10][ブレス:Lv2][幻惑魔法:Lv4][処刑人:Lv0][地獄耳:Lv0]
「……おや、指導しようとしたのと異なるものが伝わってしまいましたな。やはり口で教えても伝わるとは限らない」
「……あ、あ……!」
手をわきわきとさせ、ラスティーの方を向いたシャーロット。
しばし手を空中で振り回した後、彼女はしっかりと頭を下げた。
「ありが……ごめんなさい!あなたはこんなに最悪人なのに、第一印象だけで誤解してしまって!」
「はは、私が持病の『殺戮衝動』で襲いかかった事は事実ですからな。何、礼には及びませぬが、いつか私の嫁に……」
と、言いかけた彼女は突然言葉を中断すると、思い出したように羊皮紙を取り出した。
「……四件の盗賊狩りツアー。ついでに私の追い出された家を燃やして帰るなんてプランでいかがですかな」
「いいね、行こう!」
「はい、行きましょう!」
薬草茶の入ったカップを、軽く打ち鳴らす。
繊細すぎてどうにも締まらない盃と共に、僕らの1日の戦いが幕を開けた。
◆
「……使ってみようか、『地獄耳:Lv0』と『処刑人:Lv0』を、試しにさ」
「はい!……では、『地獄耳』の方を……!」
盗賊のアジトの入り口。
静かに姿勢を比較して彼女がスキルを発動させたと同時に、突然彼女の姿が消えた。
……どうやら、消える系統のスキルらしい。
「……あれ、なんか耳が痛いかも」
「おや、スキルの影響ですかな?」
が、どうやら単純に消えるだけではないらしい。
何やら奇妙な音がしたと同時に突然アジトが揺れたのだから、消えるだけの能力では説明がつかない。
何が起こったのか、と思っていると、今度はアジトがもう一度揺れ動き、さらにボロボロになったシャーロットが少し離れた場所から出てきたのが見えた。
……このままだと、アジトの倒壊に巻き込まれる。
「ラスティー!白魔法をシャーロットに!」
「わかりましたぞ、しかしこれは一体……?」
キンとする音と、『地獄耳』の反対のスキル。
その二つの情報だけではよくわからなかったが、しかしひとつだけ思いあたる事があった。
「……衝撃波。ソニックブームなら、もしかして……!」
「おや、スキルの概要がわかりましたかな?」
この建物すら倒壊する威力と、肉体すら崩壊する反動。
そして『話が聞こえる』スキルと『話が届かない』スキル。
つまり、このLv0のスキルは。
「強力なスキルだね。『音速を超える速度で動ける』のが恐らくはそのスキルの正体だ!」
建物が倒壊したのも、彼女が行って帰ってくるだけでボロボロになってしまったのも、恐らくはそれが原因だ。
むしろ、ソニックブームなんか受けてよくこの程度で済んだとすら思えてくる。
「……いや。こっちが『処刑人』の能力かな。『殺し方』を熟知した処刑人に対して、『殺し損ね方』を熟知しているっていうか……しかし、こんなボロボロになって帰ってくるなんてまるで被害者みたいじゃないか」
「へへ、やりました……!あと、私はLv0なので被害者ですよ、元から!」
手を繋ぎ、再び立ち上がる。
ようやく……三人のLv0が揃い踏みした。
少なくとも今は、そう思って笑っていた。
◆
この後の盗賊退治はLv0スキルだけでなく幻惑魔法を織り交ぜつつ人質のうち平民以下の者は巻き込まないようにして戦った結果、帰りは既に夜中となっていた。
遅い晩飯としてトウモロコシ粥やワームのソテーなどをひとしきり食べ終え、僕らは少し狭い部屋の中でまた眠ることにしたのだった。