価値はゼロ
「価値のない人間なんていない」なんて言葉は、いったい誰が言い出したのだろうか。
とてもじゃないが、僕はそんな言葉を信じられるような状況じゃなかった。
──具体的に言うなれば、パーティを追放された。
何故パーティを追放される事になったのか。
それは、ほんの数日前に遡る。
◆
「ユワレ。ステータスを開いてみてよ」
目の前に立った、金髪の美青年。
彼は両端に女性メンバーを侍らせながら、こちらをぎろりと睨みつけてくる。
いつもいつも彼は『勇者』であることを理由に威張りつけてきていて、正直嫌気がさすほどである。
「……えっと」
「ステータス、オープンだ。それくらいはできるだろう?」
不快な笑い声が響くのも、いつものことだけど……空気感はいつものそれと違っていた。
……まるで、自分に敵意を持っているみたいで。
[ユワレ]
職業:庭師、付与術師
体力:C
筋力:E
頑丈:C
敏捷:A
魔力:error
精神:error
幸運:E
スキル:[庭師:Lv20][裁縫:Lv14][料理:Lv32][付与魔法:Lv0][白魔法:Lv0][柔術:Lv0][呪術:Lv0][防御魔法:Lv0][スキル改造:Lv0][スキル保存:Lv0][威圧感:Lv0]
やはり。
ため息をつく勇者に言われないまでも、わかってしまう。
──あまりにも低すぎるのだ。
「呆れちゃったワ、筋力なんテ、町娘以下じゃなイ」
「ウィ。唯一マシな敏捷でさえSに行かず、幸運も浮浪者並みです。のみならずか、魔力や精神地はもっと酷い、エラーまで起こしているレベルですね」
「……せめて戦闘に使えるLv5以上のスキルが有れば置いてやってもよかったのに、お前は本当に使えないね。荷物をまとめるくらいの時間はやるから、出ていきなよ。雑用なら、その辺で獣人奴隷でも買うからさ」
心底失望したような目で見てくるパーティメンバーに背を向けて、俺は自分の持ち物を仕舞い込み、そのままギルドを出てゆく。
せっかく運が回って、勇者パーティに入れたのに。
僕は結局、能力不足ゆえに、雑用係すら引退することとなったのだ。
◆
ただ、みじめったらしい気持ちで街を歩く。
懐の中には金貨貨数枚と銀貨一袋、手作りの携帯食料があるからおそらく数ヶ月は飯を食えるだろう。
……その間に、新しい職業を探さなくてはならないが。
いっそのこと少しだけ身につけている人身掌握術で安い奴隷を数十名ほど買って勇者を暗殺しようかとも思った。
が、幼い少女ばかりのを送っても躊躇うのは勇者くらいだろうから、やめた。
──ならいっそ、僕が勇者になってみるのはどうだろうか。
彼の希少性を奪えば、あの二人を縛り付ける力も弱体化して混乱を起こすかもしれない。そうなれば殺すタイミングはいくらでもありそうなものである。
……そんな風に、おかしなことばかり考えながら歩いていた。
きっと僕は、おかしかったんだと思う。
この時、一番おかしかったと、そう自覚している。
「──助けて、誰か!」
路地裏から聞こえてきた声。
それに従い、僕はおかしな笑いを浮かべながらも、すかさず駆け出していった。
◆
「助けてぇじゃねえだろカス!」
がつ、と腹部につま先がめり込んだ。
最悪だった。助けを求めた事は、間違いなく失敗だった。
咳き込みながら、私は静かに手を握りしめた。
──失敗?この失敗は何が原因だ?
「……違約金、親が払えねえならテメエが払うんだよ。払えねえなら娼館なり奴隷なり売り飛ばすが、金はねえってことでいいな?」
「……や……や……!」
震える手でナイフを抜こうとしたが、しかし右手を踏み躙られてナイフは奪われた。
最後の抵抗は、する前に虚しく終わってしまったのだ。
殺される、という事だけが理解できる。
──目の前にいた男が突然腕の肉を切り落とされた事は、よく理解できなかったけど。
「………ッッッ⁉︎あぎ、腕、腕ェェェ⁉︎」
◆
出刃包丁で、人肉を切り落とす。
感触は豚肉のそれに近く、僕は真顔で切り落とされた肉を横に投げ捨てた。
『料理』スキルは、どうやら人肉にも使えるようである。
──コイツで実験できて、本当によかった。
「うん、身なりと体格のいいお兄さんたちだ。いかにもな『チンピラ』って感じだけど、そこそこ良い育ちなのかな?」
「……⁉︎て、テメエ……!」
何故目の前で仲間がそんな目にあったのか、理解できなかった一人が拳を振りかぶる。
だが彼は着ていた服を『異常な形に縫い付けられて』その場ですっ転んだ。
「……っ!舐めんなよ、俺は生憎だが……『剣技』って奴の使い手でな!Lvは20だ!」
男は背中から木剣を抜く。
殺人にならないように使われる、という武器としては異様なものながら、結局喧嘩には使えてしまう殺傷力を持つ武器の一つ。
それを前にして、僕は大きく微笑んだ。
「それは素晴らしいね。だけど……!」
八つ当たりのように、剪定バサミで木刀を輪切りにする。
そのまま目の前の彼の顔面に液体堆肥の瓶を浴びせ、咄嗟の反撃である大振りのパンチを顔面で受けつつ、相手の膝を蹴り上げる。
「僕の『庭師』も同じレベルだよ。木の棒くらい簡単に剪定できるもんでね!」
「化け物かよ……!」
唯一のアドバンテージは速さのみ、それを活かす。
僕は地面に落ちていた小石を数個仕舞い込み、ナイフを拾い上げると、そのまま相手に向けて突進した。
「料理してやるぜ、チンピラ……!」
「……っ!」
男の掌底でナイフをずらされる。
僕はそのまま顔面で男の顔面を強打するようにもつれ込むと、そのまま無茶苦茶にナイフを振り回した。
何かが僕の顔に降りかかる感触がした。
それは……ズタズタにされて剥がれ落ちた、目の前の男の皮だった。
「……っ!お前ら、退却しろ!」
「……ひ、ひっ……!」
「あ、ちょっと!」
もがき、苦しみながら逃げ出そうとする彼ら。
僕は彼らに石礫を投擲し、そのままナイフを片手に走り出した。
「あは。八つ当たり、付き合ってね!」
「いっ……」
無論、一人だけ……明らかに逃げられない人間がいる。
それは服を縫いつけられた、恐怖に縛りつけられた男で。
「──ちょっと、面貸してくれよ」
「ひぃ、や、やめ……」
僕は彼の両手を太ももにまち針で固定すると、そのまま路地裏の奥へと連行して行った。
◆
「やあやあ、お嬢さん。すごく災難だったねえ、災難すぎて目を疑ったぜ、正直」
「……ありがとう、ございます」
「良いの良いの、僕も災難だったんだしさ」
回復薬を取り出しつつ、笑顔を保つ。
彼女のいい飲みっぷりを眺めつつも、傷口には薬草を貼ることを忘れない。
「……あの、その足元の人って」
「うん、一人だけ過剰に痛めつけたらどんな反応するのかって気にならない?」
「……ならない、です。知ってますから」
なら、こうしておく理由はない。
後で彼女にインタビューしてみよう、それがいい。
彼の拘束を解くと、そのまま心が折れたらしい彼を追いかけもせずに解放する。
「だったらやめておこうかな。君は?」
「……『ステータス・オープン』」
少女もまた、その魔法を唱えた。
僕の傷口たる、その魔法を。
[シャーロット]
職業:逃走者
体力:B
筋力:C
頑丈:B
敏捷:C
魔力:C
精神:D
幸運:E
スキル:[短剣術:Lv1][逃走術:Lv3][隠密:Lv10][ブレス:Lv1][幻惑魔法:Lv2]
ステータスのバランスがいい。
華奢な印象の彼女だが、しかしどうにも全体的にステータスはそこまで低くない印象だ。
それどころが『冒険者平均レベル』を超えているモノも多く、なんというか……見た目以上だった。
僕も彼女に聞かれると思いステータスウィンドウを見せつけてみると、彼女は少し憐れむような目で見た後、首を傾げた。
「どうして戦えたのか、って?」
「はい。とても、戦えるステータスには見えず……」
「うん、戦えるステータスではないけどね……威圧感が存在しないから不意を打てるし、料理で肉は切れるし、裁縫で服は縫えるし、庭師で植物は切れるのさ」
Lv0。
才能がない人間が頑張って身につけようとした際に身につく『正反対の能力』であり、つまりこれが多ければ多いほど実生活には困る。
基本的にほとんどが自分に効果を及ぼさない、全く意味のないスキルばかりで。
「……はぁ。君も一緒に、仕事探さない?冒険者とかどう?」
「……いいん、ですか」
「うん、寧ろ是非なって欲しいくらいだよ、弱い僕を守ってくれ」
僕は彼女の手を取ると、そのままギルドへと戻って行った。