38話 断罪
「さぁ、慧英! お前を食わせろ。安心したまえ、お前を食らったらあの小娘どもも綺麗に平らげてやるからな」
「抜かせ……」
慧英は剣を構え、東方朔に斬りかかる。
「またそれか」
東方朔はあえて避けもしなかった。拭きだした血は今度は無数の小さな蛇になった。
「う……」
足元から這い上がってくる蛇を、慧英は剣で切る……が切りが無い。
「熒惑!」
赤の如意宝珠の赤い火が蛇を焼いていく。
「どうする神龍将軍どの」
「貴様を倒すのみ」
「倒しても倒しても、私は蘇るぞ!」
東方朔はそう言うと、また蛇頭に獅子の胴体の化け物に変化した。
『がぁああああっ!』
そして一気に慧英を飲み込もうと食らいついてきた。
「ちっ」
慧英は一旦、東方朔から距離を取る。
『あんまりまごまごするのもどうかと思うね』
そう東方朔はパカリと蛇の頭を開いた。その口からどす黒い緑の液体が流れ出す。
『そうれ、吸い込むといい。東方朔様特製の痺れ薬だ』
「うっ、萌麗達、さがれ!」
びりびりとした感覚を覚えた慧英は後ろの萌麗達を下がらせた。
『人の心配をしている場合か』
「……ふん。緑の如意宝珠、『歳星』毒を消せ!」
歳星から緑の霧が発生する。慧英の手のしびれもこれですぐに治まった。
「天帝の秘宝の力をあなどるな」
『ふん……やはりその宝珠、我が物にしたい! 不老不死のこの身ならきっとそれもあつかえるだろう』
「お前のような化け物に使えるわけがあるまい!」
慧英はもう一太刀、東方朔に浴びせた。ぱっくりと獅子の胴体が切りさかれる。
『ははは、無駄だ!』
「……そうかな」
慧英は熒惑を構わず懐に飛び込み、東方朔の腹に押し込んだ。黒くボロボロと東方朔の体が崩れていく……その早さと同等に、東方朔の体は再生していく。
「く……くくく。無駄みたいだね」
東方朔はへらへらと笑うと、舌を伸ばして慧英の顔をぺろりと舐めた。
「望み通りに食ろうてやろう、龍はどんな味だろうか」
ぐあっと東方朔の顎が裂ける。そして慧英を今にも丸呑みにしようとしていた。
「その前にこれを食らえ!」
慧英はその口の中に黄の如意宝珠を放り込んだ。
「『鎮星』よ、この災厄をおさめよ! 『熒惑』よ、この毒蛇を滅せ!」
慧英は手を合わせると、如意宝珠に命じた。赤と金の光が東方朔の体からあふれ出す。
「あ……あああああ!!」
東方朔の体が崩壊をはじめた。ビキビキと音を立てながら、黒く岩のように塊になる。
「青の如意宝珠、『辰星』……不浄のものを流し、この地を清浄にせよ」
そして水の刃が東方朔だったものを切り刻む。
「……念には念を」
慧英は地面に降り立ち、東方朔の体の一部を足で蹴った。だがなんの反応もない。
「萌麗、紫芳、陽梅! 東方朔を倒したぞ!」
「慧英様!」
ようやく倒したと確信した慧英は三人を呼んだ。
「やりましたね、慧英様。ざまあみろだ」
「如意宝珠は数を揃えて初めて意味を成す……そのことを失念したこいつの油断があってこそだ」
慧英は安堵のため息をついた。人外も神仙も相手に戦場を駆けた慧英を持ってしても手強い敵であった。
「きちんと善行をつめば仙人になれただろうに……愚かな」
慧英は自力で仙丹を作り出した実力のある東方朔が悪の道にそれてしまったことを嘆いた。
「来世でまた、やり直せるといいですね……」
萌麗もまた、そういって東方朔のバラバラになった欠片に手を合わせた。
「萌麗、東方朔に情けをかける前にまだやることがあるぞ」
慧英はそんな萌麗に声をかけた。
「……ええ」
萌麗はもうボロボロになっている中央殿を見渡した。その中央の玉座には皇帝、そしてその横のには皇太后が取り残されている。
「私……行きます」
「ああ。俺が側にいる。安心しろ」
「ええ」
萌麗は玉座の方へと歩を進めた。
「あ……ああ……」
皇太后は腰を抜かしていた。東方朔と慧英の戦いで飛んできた瓦礫がぶつかったのか、頭から血を流し、埃まみれで髪もぐちゃぐちゃである。
「皇太后陛下」
萌麗は静かに声をかけた。
「ああ……東方朔……! 朔!」
「東方朔は死にました」
「そんなはずはない、あれは妾の……」
「……死んだのです。その罪によって」
「死んだ……」
皇太后の瞳から涙が一筋こぼれた。
「そんな……そうしたら妾はどうしたらいいのだ……」
「陛下」
動揺する皇太后はぶつぶつとあらぬ方を見つめて呟きだした。
「答えてください。皇太后陛下は先帝陛下を弑したのでしょうか」
「陛下を!? そんなはずはない。妾は陛下を心から愛しておる!」
涙と誇りにまみれた皇太后は急にはっきりした口調で萌麗の言葉を否定した。
「……愛していた?」
「そうじゃ、だから妾以外の女に走るなどありえぬ、そんな陛下は消えてしまえばいい……」
「だから、殺したと……」
「そなたが悪いのじゃ、香麗! そなたが陛下を惑わせた! 呆けて死んでいい気味じゃ」
「あの……私は萌麗ですが」
「ああ! また私を責めに来たのだろう!」
皇太后はすでに正気を失っていた。萌麗がいくら声をかけても萌麗の母にしか見えないらしい。怯え、頭を掻きむしり、奇声を発するその姿は明らかに狂っていた。
「……萌麗」
慧英の声に萌麗は振り返った。
「如意宝珠を使うか?」
「……」
萌麗は唇を噛んで首を振った。
「皇太后様は己の罪が彼女を裁くでしょう……」
「そうだな」
慧英は萌麗の手を握った。その手はとても冷たかった。
「萌麗、そなたのことだ。この皇太后も救いたいのだろう。だがな、この者の為に死んだものも苦しんだものも多い。易々と許してはならない」
「はい」
萌麗は慧英の手を強く、握り返した。




