37話 中央殿の対決
「萌麗と陽梅を連れて下がれ!」
慧英はそう叫ぶと剣を抜いた。そして、いまや人外のものになりはてた東方朔の前に立ちはだかる。
「東方朔、この慧英易々とお前にやられると思うか」
慧英は東方朔に斬りかかった。的は大きい。慧英の剣は深々と東方朔に突き刺さった。
「ぬうっ」
『ぐあああっ』
そのまま横に切りさく。すると東方朔の獅子の胴体から血が噴き出す。
「やった、慧英様!」
紫芳がそれを見て声を上げた。どす黒い血は宮殿の玉座の周りに飛び散った。
「まて紫芳……何かおかしい」
『そのとおりだよ』
胴を切りさかれて苦しんでいたはずの東方朔がにやりと笑った。
キィキィキィ……なにやら耳障りな声がする。その声の主は小さな猿だった。その猿にはコウモリの羽根が付いている。黒い東方朔の血だまりから次々と湧き出すそれは中央殿の天井を覆った。
『吸血猿、この者達の血を一滴残らず吸い尽くせ……』
東方朔の命令に、吸血猿たちは一斉に飛んだ。慧英はまとわりついてくるそれを剣で切り落とす。
「紫芳、そちらにも行ったぞ!」
「はい、慧英様!」
紫芳は萌麗と陽梅の前に立ちはだかった。その両手から雷を発生させ、吸血猿を撃ち落とす。
「僕の後ろから出ないでくださいね!」
「紫芳、よそ見したら危ないって!」
「大丈夫!」
紫芳は後ろで心配する陽梅の声に応えるようにしてぐるりと稲妻を周囲に張った。
「これで来て見ろってんだ」
紫芳がそう不敵に笑った時、一斉に吸血猿が塊となってぶつかってきた。
「む……」
バチンバチンと黒焦げになって地面に落ちていく吸血猿。だが、そのぶつかった僅かな雷の隙間からも吸血猿は入ってこようとする。
「ぐあっ……」
ついに入り込んだ吸血猿が紫芳に食らいついた。
「紫芳!」
「駄目です、前にでちゃ!」
肩口や両手を噛まれ、血を流しながら紫芳は後ろの萌麗と陽梅をなおも庇う。
「萌麗様……」
「陽梅、私にしっかり掴まって!」
萌麗は腰にしっかり陽梅をつかまらせると、紫芳の襟首を掴んだ。
「高く!」
すると足元から木がぞくぞくと中央殿の床を割って生えてくる。
それは立派な樫の木だった。吸血猿を振り切って伸びていく木。
「きゃああ!」
「あわわ……」
「うーん」
萌麗は紫芳を木の上に引き上げると、そこに茨を張った。
「紫芳、これなら背中は天井と茨に覆われてる。ここからあの気色悪い生き物を撃ち落とすといいわ」
「萌麗殿……」
「……私達、仲間でしょ」
「――はい!」
そうして紫芳達は反撃を開始した。
一方、慧英はまとわりつく吸血猿をひたすら切り捨てていた。
「切りが無い……」
『ははは、息が上がっているぞ』
東方朔はそんな慧英の姿を楽しんでいるようでもあった。
『我が血族は無限に姿を現すぞ』
「それは厄介だ」
慧英は青の如意宝珠、辰星を取りだした。そして吸血猿の群れを水で押し流す。
『ははは、効かないよ。そんなもの』
「そうかな!」
慧英は剣を掲げた。その剣の先に雷が集う。
「これでもくらえ!」
慧英はばらまいた水にその雷を放った。水をつたい、吸血猿たちは一斉に感電死した。
「どうだ……」
『ふん、またいくらでも生み出すまで!』
「させるか……熒惑よ! 悪を滅せ!」
赤の如意宝珠がキラリと光を放つ。その光に触れた吸血猿は黒くボロボロと姿を消していった。
『くそ……』
「東方朔、決着を付けよう」
慧英の目が金色に光る。ザワザワと毛が逆立ち、彼は人化を完全に解いて龍の姿になった。
『真の神仙とはどのようなものなのか見せてやろう。このなりそこないめ』
『ははは、そのなりそこないに手を焼いていたではないか』
『だまれ』
慧英は東方朔の蛇の首元に食らいついた。そのまま中央殿から転がり出て、広場の真ん中に叩きつける。
『ぐっ……』
東方朔は地面に這いつくばったまま慧英を睨み付けた。
『ぐろあああああ!』
その声はすでに遠くまで逃げていた宮殿の者達の耳にも届いた。ぞっとするような声にさらに混乱は深まった。
『東方朔よ、お前はやり過ぎた。死をもって購え』
慧英は東方朔の体に巻き付いて締め上げる。バキバキと嫌な音がして、東方朔は口から血を吐いた。
『……これで不死かどうかわかるな』
『ぐぎゃああああ!』
東方朔の悲鳴が一際甲高く響いた。ゴキリッ、と首から音がして東方朔の目が白目を剥く。
そしてとうとう東方朔は動かなくなった。
『……やった』
慧英は再び人の形を取ると、後ろを振り向いた。
「萌麗!」
彼は中央殿に駆け出す。そして樫の木の上に避難している三人を見上げた。
「慧英様! 大丈夫ですか?」
「ああ!」
萌麗は樫の木を小さく苗になるまで戻して地面にたどり着くと、慧英に抱きついた。
「どうなることかと……」
「俺は神龍将軍だ。あのような化け物ごとき」
「よかったです」
萌麗の目からポロポロと涙がこぼれ落ちた。慧英は微笑みながらその涙を拭った。
「これであとは……皇帝を……」
そう、慧英が言いかけた時である。とてつもない大きな音がした。
「なんだ!?」
慧英は音のした広場の方に目を向けた。
「まったく……乱暴だなぁ」
そこには東方朔が無傷で笑っていた。
「許せないよ」
「なっ……お前は死んだはず……」
「そうだね。……どうやら私は不老の上に不死だったようだよ! 殺してくれてありがとう……はははは!」
「なんだと……」
それを聞いた慧英の額に冷や汗が一筋流れた。




